さがしもの 十 サアカスへの誘い

「ほんっとうに、素敵なお店を紹介してくださってありがとうございます。通います!!」

 つづり書店を後にした後も予定外の大収穫からくる高揚冷めやらぬ問志は、購入した書籍の入った紙袋を胸に抱いたまま頬を上気させていた。


 何せ、今回手に入れた本は問志の関心を強く引いたもののほんの一部でしかなく、全てを手に取るには時間も持ち合わせもとても足りない。それが、問志にとっては途轍とてつもなく嬉しかったのだ。


「気に入ったのならよかった」と言う菊荷の物腰は問志とは反対に静かなものだったが、問志にはそれが心地よかった。


  ◆ ◆ ◆ ◆


 時刻は十四時半になろうかという頃。そろそろ喫茶店を見つけてクリィムソーダにお目にかかろうと二人が再び町を歩いていた時だった。


 ふと、問志は道の前方に人だかりが出来ていることに気が付いた。

 そしてその奥に、見慣れない紅白に塗り分けられた三角形の屋根が見えた。屋根の頂点には金色の星が飾られ、太陽の光を反射して輝いている。昔ながらの造りの建造物が立ち並ぶ中に現れたそれは、明らかに異彩を放っていた。


「菊荷さん、あれってなんだか知ってます?」

「いや、俺にも心当たりはないな。……覗いてみるか?」

「是非!!」


 人だかりに倣って二人が進んだ先にあったのは、巨大なテントだった。テントの入り口らしき箇所には、凝った装飾の看板が掲げてあるようだが、角度が悪くて文字は読めない。


 問志と菊荷は更にテントへ近づこうとするも、二人の前方は人の壁が出来ており、それ以上先に進むことは難しくなってしまっていた。仕方なしに人と人の隙間を縫って奥の様子を伺うと、そこではスタンドカラーのシャツに着物にベスト、それに袴と、書生のような衣装を身に纏い、からすを模した革製の面で顔を隠した道化師が大道芸を行っている真っ最中だった。


 烏面の大道芸人は、足場にするにはとても向かない、形も大きさも不揃いな木箱を幾つも重ねた上に片足だけで立ち、更にその上で色鮮やかな手毬を使ったジャグリングを群衆へと披露している。


 暫く問志達が彼または彼女の様子を眺めていると、烏面は片手で手毬遊びを続けながら、もう片手で誰かに手招きをし始めた。すると、最前列にいたのであろう十歳前後の少女が、母親に促されて烏面の近くへ一歩二歩と近づいていく。

 しかし少女の足が三歩目を踏み出そうとしたその瞬間、烏面の足場になっていた木箱が、大きく傾いた。


 ぐらりと傾く大道芸人の身体と、空高く放り投げられた幾つもの手毬たち。

 あわや失敗かと思われたのもほんの一瞬。烏面は、傾いた身体を空中で捻ってそのまま後方転回すると、難なく地面へと着地した。そして、頭上から落ちてくる手毬を一瞥もせずに全て掌の中に納めて見せたのだ。

「っすごい」と、呟く問志の眼は、すっかり烏面の人物に釘付けになっていた。


 周囲からも感嘆の声と拍手が上がり、烏面を取り囲んでいる。

 そうして、自身の持つ手毬を一つ、目の前で起こった出来事に驚き固まっている少女に手渡した烏面は、周囲に対してうやうやしい態度で一礼すると、足取り軽くテントの中へと消えてしまった。


 それと入れ替わるように未だ興奮覚めない人だかりの前へと現れたのは、色鮮やかなお揃いの衣装に袖を通し、顔を白く塗った少年少女の二人組だった。


 月の意匠を顔にほどこした少女は、人々の拍手に負けない良く通る軽やかな声で、「さあさあ、今お目にかかりましたのはほんの余興。我が満天座まんてんざが誇る団員による、絵にもかけない豪華絢爛ごうかけんらんな芸の数々が皆様をお待ちしています‼︎」


と言い、それに続いて、太陽の意匠を顔に施した少年が、落ち着いた聞き取りやすい声でこう言った。

「本日分の観覧券は夜公演のみ少々余裕がございます。昼公演の観覧券は、明日あすの分は残り僅かとなっておりますが、明後日以降は昼夜ともに余裕がございます。観覧券は向こうひと月分まで販売しておりますので、本日ご予定が合わない方は是非そちらもご活用ください!!」


  ◆ ◆ ◆ ◆

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