さがしもの 八 辛党?

 揚げパン屋の近くにあった適当なベンチに腰掛けて、問志は早速手に入れたばかりの包みを開いた。

 こんがりと狐色に揚がったそれは、つい先ほど店主が熱した油の中から引き上げたばかりで、厚手の蝋引ろうひき紙の上からでもしっかりと熱を感じる。


「では、いただきます!」

 からりと揚がった香ばしい揚げパンをかじれば、柔らかいパンの食感と共に、口内にじゅわりと広がるバターの甘みと塩気。そこにすぐさま、しっとりとしたこし餡の甘みが重なっていく。


「あれ?」

 問志は初めて食べる未知の味に舌鼓を打つも、自身が食べたものが、自身の注文したものではないことにすぐ気が付いた。何せ問志が頼んだものは、これとは真逆の味付けのものの筈だからだ。どうやら、菊荷が注文したものと取り間違えてしまったらしい。


 その隣で、菊荷は自身の口を手で覆ってうつむいていた。その額には、まだ春先だというのに汗がにじんでいる。

「橙埼さん?大丈夫ですか?」

 よほど苦手な味付けだったのだろうかと問志は思ったが、菊荷はうめくように「…………辛い」と、呟いた。


「本当に食べるのか。相当辛いぞ」

 口内で暴れていた辛味が収まりやっとまともに話せるようになった菊荷は、問志を心配そうに見ていた。

 その手には、問志と交換したあんバター入りの揚げパンの他に、追加で購入した冷たい緑茶が握られている。


「駄目そうだったら諦めます」

 菊荷がかじった断面からは、半固形状の真っ赤な具材がのぞいている。

 問志はそれを、小さく口を開けて食べてみた。


「…………イケますね」

「……イケるのか」

 口に入れた瞬間に感じたのは、程よい酸味と塩加減のトマトソースと、柔らかく煮込まれた鶏肉の旨味。その後、舌全体にピリリとした辛味が広がるが、問志としては丁度良いアクセント程度の辛味だった。

 その後も問志は汗一つかくこともなく、ぺろりと平らげてしまった。


「御馳走様でした!!美味しかった」

「……辛いの、強いんだな」

 菊荷は余程驚いていたのか、彼の手の中にある甘い揚げパンは一口も減っていない。


「そうなんですかね?」

「少なくとも、俺よりは強いな」と、菊荷はあんバターの詰まったパンを口に入れる。その表情は、文字通り舌に乗る甘みを心の底から噛みしめているようだった。

「そっちは何味にしたんですか?」


 菊荷は一つ目の揚げパンを食べ終わると、すかさずもう一つの包みにも手を付けようとしていた。

「あんバター。少し食べるか?」

「じゃあ、少しだけ」

 口の中に流れ込むあんこの甘さを感じながら、美味しいけれど自分ではこれを二個も食べるのは厳しいかもしれないなと、問志は思った。


  ◆ ◆ ◆ ◆


 商店街同士を結ぶ脇道を歩くものは少なく、住居の塀と塀に挟まれた道を、二人は並んで歩いていた。

「いやぁ甘いものもしょっぱいものもたくさん食べましたねぇ」

「そうだな。初めての食べ歩きはどうだった?」

「どれも美味しかったです!それに、初めて食べたものも沢山あって面白かったですし」

「なら良かった」

「ちょぉっとだけ食べ過ぎちゃった気もしますけど、うん、問題ないです」

「?そうか」


 問志も曲がりなりにも乙女の端くれであるからして、自身の体重に思うことがない訳ではない。

 対する菊荷はどうやら甘党で、しかもそこそこ量も食べるタイプの人間らしかった。今も、露店で購入した苺とミルクの飴の一つを口に放り込んでいる。


 表情こそあまり大きく変わりはしないが、品の良さそうな顔立ちに反して大きな口で甘い菓子をぺろりと平らげていく様は見ていて気持ちが良かったし、それに釣られて問志もついつい手が伸びてしまった。

 問志も決して甘いものが嫌いなわけではなかったが、こんなに一度に甘味を食べたのは初めてのことだ。


 紅白の飴を嚙み砕いた菊荷が唐突に、「もう直ぐ見える筈だ」と言った。

「例の本屋さんですか?」

「ああ。ほら、そこ」

 菊荷が指を指したのは、白い壁をつたに覆われた、二階建ての建物だった。





 



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