さがしもの 七 菊荷の馴染み

  ◆ ◆ ◆ ◆


 取り敢えず一番朝草っぽいところは見ておきたい、という問志の希望に沿って早々に朝草寺ちょうそうじへの参拝を済ませた二人は、の文字を掲げた豪華絢爛かつ巨大な朱塗りの門をくぐり、適当に選んだ道を歩いていた。その横を、こがね色の脚をもった俥夫しゃふが人力車を引いて通り過ぎていく。


 細やかな飴細工や琥珀色の蜜をまとったさつま芋を並べる屋台、鮮やかな色彩の玩具や、見ただけでは用途のよくわからない派手な見た目の絡繰からくりなど、朝草に立ち並ぶ店の数々は問志の働く芥子からし商店街よりも観光客向けのものが多く、それらは問志にとって心躍る要素の一つになっていた。


「真朱さんから話は聞いていましたが、本当に色んなものがありますねっ」

 問志の真っ赤な瞳は、菊荷と目を合わせたり周囲の様子をうかがったりと忙しなく動き、その度に星でも散らしたようにキラキラと輝いている。

「そうだな。俺も暫く来ていなかったから、随分新鮮だ」


 興味のおもむくまま、あちらこちらへ足を向ける問志と比べれば、その後を付いていく菊荷の立ち回りは随分と落ち着いていた。しかし、菊荷の方も時折不意に店の前で足を止めて、その度に先行していた問志が菊荷の元へと戻っては、彼が興味深そうに視線を注ぐものを一緒になって眺めていた。


「以前は、よくこの辺りに来ていたんですか?」

「まあな、昔近場に住んでいた」

「なんと」


 娯楽が多いとは決して言えない山奥からやってきた問志からすれば、帝都の中心部から離れた芥子商店街でも充分刺激的なものなのだ。町全体が遊園地のようにも感じるこの土地で生きるというものは、一体どんな心持ちがするのだろう。


「ただその時も、特別この辺りに詳しい訳じゃなかったな。もっぱら、贔屓ひいきの本屋に入り浸ってた。古本が一番多かったが、同人誌も結構置いてある。あと、珍しいものなら豆本も」

「同人誌?豆本?」

 聞き慣れない言葉に問志は首を傾げた。


「同人誌は、簡単に言えば出版社を通さず個人で制作した本のこと。豆本はその名の通り、てのひらに収まる位の大きさの本のことだ」

 問志は自身の掌を一瞥いちべつして、

「同人誌はなんとなく分かりましたけど、豆本って読めるんですか?お人形遊び用の本とかですか?」


「そういう使い方もあるらしいが、ちゃんと読めるぞ」

「えっ」

「興味があるなら案内するが」

「え、行きます」


 そんな面白そうなもの、見に行かない手はない。問志が間髪入れずに返事をすると、「そうか。それなら、やっと案内らしい案内が出来るな」と菊荷が言った。


  ◆ ◆ ◆ ◆


「少し早いが飯にしよう。平日でもこれ以上遅くなるとどこも混み出す」

 本屋に向かう途中ではあったが、懐中時計をのぞいた菊荷の提案に問志はうなづいた。


「朝草は、もんじゃ焼きやお好み焼きが有名だって真朱さんから聞いてたんですよね。あとは天丼も美味しいお店が多いって」

「洋食の店もよく見かけるな」


「橙埼さんは、朝草に来たらこれを食べる!!みたいなものはありますか?」

「俺か?そうだな……丁度この辺りの屋台なんかで中華まんとか、果物に飴をくぐらせたやつとか、メンチカツとか、ちょくちょく買ってた」


「……色んなお店のものをちょっとずつ食べるのもいいなぁ。観光地で食べ歩きって、ちょっとした憧れもあるんですよね。あ、でも、食べ物ではないのですが、喫茶店で出してもらえるという、クリィムソーダなるものも実は気になっていて」


「それなら食べ歩きして、喫茶店には休憩がてら本屋の後にでも行こう」

「いいんですか?」

「ああ」

「……そうと決まれば早速ですが、あれ、食べてみたいです!」

 問志が指差したのは、と書かれた看板を掲げる小さな店だった。

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