さがしもの 六 合流と秘密

 時刻は、あと数分で時計の針が午前十時を示す頃。骸骨鯨がいこつくじらの泳ぐ青い空の下、なんとか予定通りに待ち合わせ場所へと辿り着いた問志は、きょろきょろと辺りを見渡して目的の人物を探していた。


 朝草駅前にそびえる凝った造りをした真鍮製の時計台の周りには、問志と似た理由で集まっているのであろう人々で賑やかな様相を呈していたが、幸い問志は『くだんの彼』を直ぐに見つけることが出来た。


橙埼とうざきさん、お待たせしました」

 時計台と向き合う形で建つ建物の壁に背中を預け、文庫本を読んでいる人物に声を掛ける。すると直ぐに、本の中の文字を追っていた菫水晶すみれすいしょうの瞳が問志へと向けられた。前を開けたナポレオンコートと中に着た上衣の黒、それに肌の蜜色が、うねる骨色の髪を余計に白く見せている。

「待っていない。おはよう」

「おはようございます!!」

 待ち合わせの人物、橙埼菊荷とうざききくかと問志がこうして面と向かって話すのは、れで二回目である。


 取りえず移動しよう、ということにした二人は、朝草駅を出て人の流れに任せて歩き出した。

「身体の調子はもういいんだな」

「おかげ様でばっちりです。その節は、予定を組み直してくれてありがとうございました」

「別に、大したことはしていない。そもそも、礼をしたいと我を通したのは俺の方だ。それに加えて具合が悪いままの君を連れ出していたら、れこそ俺の立つ瀬がない」


 菊荷と問志が出会ったのは今から一か月程前のこと。菊荷の大事な装身具を手繰たくった三ツ足 からすが、榴月堂の敷地内に侵入した事がきっかけであった。無事に装身具が菊荷の手元に戻ってきた際、問志は菊荷に礼は何がいいかとたずねられ、帝都の案内を頼んでいた。


 本来であればもっと早い段階、其れこそ出会ってから一週間も経たない内に決行される予定であったのだが、問志は菊荷と出会った数日後に怪異の過発動を起こすようになってしまった為に在宅を余儀なくされ、結果 今日こんにちまで延期になっていたのであった。


「話は変わるが、その絡繰からくりは君の持ち物なんだよな?何に使うんだ?提灯ちょうちんに似ているが、真鍮製の火袋では内部の光を透過出来ないだろう」

 菊荷は、問志の身体から付かず離れず絶妙な距離を保ちながら中空に浮かぶ、真鍮の海月を眺めながらそう言った。


「あっ、れは、ですね。お母さんから送られてきたものでして。僕の実家は嶋根の山の中なんですけれど、少し前まで僕も其処そこに住んでいて、でも、ちょっと色々あって僕だけ帝都こっちで暮らすことになっちゃったので、僕としてはこう、愛着のあるモノで……と、いう感じで。あっ、でもちゃんと実用性もあるんですよ。本体の底の金具に風呂敷とか引っ掛けられるので、沢山荷物があっても両手が空きます」

 対する問志は、いくらか言葉をつまずかせながら菊荷の問いに答える。


「そうすると、御守りのような意味合いが強いんだな」

「そう、ですね。色んな意味で、御守りです」

「いいと思う。俺みたいに、何処どこぞの物盗りに手繰たくられないようにな」

 人通りが多い所では自分の手で持っていたほうが良いかもしれない。そう忠告する菊荷に問志は頷いた。それと同時に、問志は深い追及が無かったことに対する安堵と、嘘は言っていないが本当のことも話していない後ろめたさが自身の胸を撫でていくのを感じていた。



「三根岸の坊主は曲がりなりにもキキョウ局の人間だったから良カったが、自分がだト明かす相手は見極めろよ?」と、少女が自身のに言われたのは、つい昨夜のことだ。


「母はあまり隠していませんでしたが」

 槐の意図が分らず首を傾げる問志に、槐は話を続けた。

「あのな、山奥の田舎町で鬼と人間が一緒に暮らしていたら、契約してナい方が不自然に見えるもんだよ。だけど此処ここは、この國のかなめの都だ。その分人間も鬼も沢山居る。そうすりゃ、その分色んな主義主張価値観がある。此処まではわかるな?」


「言われれば、確かにそうですよね」

「不肖達を単純に嫌悪している連中なら分りやすくて助かるし、そういう連中の振る舞いはお嬢さんにも少なからず覚えはあるだろうさ。けどな、お嬢さんを利用する為に、腹の底の悪意をうまく隠して近づいてくル奴もいる。そういうの、お嬢さんは初対面で見極められルかい」


「……あんまり自信ないです」

「自覚があるなら結構。不肖が言ったことのことの意味もわかったな?」

「はい」

 ぎこちなく頷いた問志に、付け加えるように槐が言った。

「なに、別に隠し通セって言ってる訳じゃない。お嬢さんがお嬢さんなりに目利きして、相手を信用して、それで話そうト思ったのなら好きにスればいいさ。それで万が一があった時は、ちゃぁんと不肖が助けてやる」


 昨夜の槐からの助言を頭の中で反復はんぷくした問志は、自身の横で人の波をなんとなしに眺めている菊荷の横顔をちらりと覗き見た。


 問志は菊荷が自分を利用するような人間だと思いたくはなかったが、彼のことを良く知らないのも事実である。万が一があれば、槐にも迷惑を掛けるかもしれない。

 ____もう少し、橙埼さんの人となりがわかってから僕が鬼憑きであることは話そう。問志はそう、心の中で自分自身と取り決めた。

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