さがしもの 五 保護者たち

「問志ちゃん、そのまま少し動かないで。ああ、振り向かなくていいわ」

 居住者用の玄関で靴を履き終わり、立ち上がろうとした問志に真朱が背後から声を掛けてきた。


 寝香水でも付けていたのだろうか、真朱が自身に近づいたと気づいた瞬間、ふわりと花のような甘い香りが問志の鼻先を掠めていった。食堂に居た際には気づかなかった瑞々しいその香りは、何処かで嗅いだことがあるような気も、初めて嗅ぐ香りのような気もする。兎に角、無性にドキドキすることは確かで。

 言われるがまま動かないでいた問志の肩に、真朱の指が二、三度触れて直ぐに離れる。


「もういいわ、襟が少し裏返っていたの」

 問志が後ろを振り向けば、真朱が片手をひらひらと降っていた。ただそれだけの動作が、どうしてこうも優雅なのか。

「それじゃ、橙埼とうざきさんによろしく。楽しんでいらっしゃい」

「はいっ、いってきます!!」

 問志は真朱に笑顔を向けると、足取り軽く玄関の戸をくぐっていった。



「……で、そんなに気になるなら後でも付いていく? 」

 弾む心を妙実に語る問志の足音がいよいよ玄関から聞こえなくなった頃、真朱はやっと自身の背後、玄関口から見ると丁度死角になる位置の壁にもたれる同居人へと声を掛けた。


 寝巻代わりの簡素な部屋着に身を包んだ槐は、異論ありげに真朱を一瞥いちべつする。

「別に、お嬢さんの交友関係に口出しスる気はねえよ。ただなァ、出会って間もない男と二人っきりで出掛けるなんて、流石に不用心なんじゃねぇの。あの子に何カあった時、困るのは不肖なんだぜ?」


「ちゃんと調整器も連れて出かけたわ。いざとなれば火傷の一つや二つ負わせられる位の気概を持っているだというのは、アナタだって知ってるでしょう?それにアタシだって保険はかけているわ。はつけているし、相手の名前は掌握している。どうとでもなるわよ」

「……蝶引っ付けたんなら、其れを先に言っても良かったんじゃねえのかおひいさまよ」

「あら失礼」

「ぜってぇ思っテないだろ」


「もっと言えば問志ちゃん、嶋根しまねでは殆ど友人らしい友人に恵まれなかったらしいじゃない。折角偏見の目で見られない環境に連れ出したんだもの、出来るだけ自由にさせてあげたいの。彼女にとってくだんの彼が気の置けない友人にってもならなくても、その経験自体はきっと糧になる筈よ」

「そレはまあ、一理ある」

「それに、”万が一があった時”は、アナタが助けてあげるんでしょう?」

「……態々わざわざ当たり前のコとを聞くもんじゃねぇよ」


 真朱は愉しげに笑っている。対する槐は脱力したように小さくため息を吐き、重たい足取りで自室のある二階へ上がるための階段へと向かっていく。その背中に、真朱は念押しするように言葉を投げた。


「それで本当にどうするの?気づかれないまじない位、いくらでも出来るけど」

 振り向いた槐は口の端だけを緩ませ、呆れたようにわらう。

「……何年おひい様と一緒ニいると思ってんだ、其れぐらい知ってるよ」


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