さがしもの 二 静かな朝

「……うん?」

 自室に充満する、耳の中を刺すようなけたたましい目覚ましの音で、東雲問志しののめといしは目を覚ました。


 寝起きでぼやける視界は徐々に晴れ、視界いっぱいに広がるのは、すっかり見慣れた木目の天井と、乳白色の硝子で出来たドレスをまとう照明が一つ。それらを、カーテンの隙間から室内へ入り込んできた朝日が淡く照らしていた。


 頭の中に僅かだが、何かの活動写真を観た後のような、奇妙な倦怠感が残っている。きっと自分は夢を見ていたのだと問志は思うが、内容がまるで思い出せない。思い出せないと云うのは、魚の骨が喉につっかえているようで気持ちが悪い。

 少女は暫く目覚ましも止めず天井を眺めながら記憶の箱を探ったが、ついに諦めた。思い出そうとそればするほど、記憶の輪郭が曖昧になっていくのだから仕方がない。


 問志はようやく目覚ましを止めて、ベッドの上で上半身を起こして軽く伸びをした。卯月も近づき暖かくなったとはいえ、朝方はまだ肌寒い。昨夜ベッドボードへ適当に引っ掛けていた厚手のカーディガンを羽織ってからベッドを降り、足元の暖房器具のスイッチを落として自室のドアを開けた。


 本日、問志の居候先兼勤め先の榴月堂りゅうげつどうは定休日である。

 平日よりもいくらか遅く目覚めた問志は、榴月堂二階にある自室から一階へ降り、洗面所へと向かう。歯を磨き、夜の冷気で冷やされた水で顔を洗えば随分と頭の中も鮮明になっていくが、それと比例しての夢の残滓も洗い流されていくようだった。


 次に問志は朝食を摂るべく食堂へと向かう。八畳程の食堂にはまだ誰もおらず、薄暗いながらも朝特有の爽やかな静謐せいひつが満ちていた。

 少女は欠伸あくびを噛み殺しながら照明を付け、水を入れた薬缶やかん焜炉こんろの上に置いてダイヤルを捻る。


 それからテーブルの上に置いてあるラヂオの電源を付ければ、朝に相応しいニュースキャスターの落ち着いた声が、日々 極陽國きょくようこくで起こっている出来事を淡々と紡ぎ出す。それをBGMにしながら、問志は朝食を作り始めた。


 買い置きしてある食パンを一切れトースターに突っ込み、冷蔵庫から取り出した薄い塩漬け肉を数枚、熱した小さなフライパンに放り込む。

 静かだった食堂に複数の音が重なっていく。時間の止まった食堂に、色と時間が戻ってくるようだった。


 フライパンに追加で落とした卵に程良く火が通ったタイミングで、丁度薬缶も水が沸騰した汽笛を鳴らしだした。すぐに薬缶の中身を球体状の茶こし器が入った大きめのマグに注げば、酸味のあるすっきりとした香りが湯気と共に立ち上ってくる。


 こんがりと焼いたトースターにベーコンエッグ、それに柳の店で購入したレモングラスのお茶が本日の問志の朝食である。


 四人掛けのテーブルにそれらを並べ、問志は軽く手を合わせてから手を付け始めた。

 店の営業日であれば食卓には三人分の食事が並ぶのが常であったが、今朝は問志一人分だけである。

 店が開く日の食事の準備は基本的に三人で持ち回りの当番制、そうでない日の食事の用意は各自で。というのが、榴月堂の決まりの一つだった。元々実家で父と交互に食事の用意をしていた問志にとって料理は苦になることでもなかったので、特段不満もない。


『……次のニュースです』

 次から次へと湧き出る話題の数々を聞きながしながら、問志は先日出会った三根岸と、彼に星の庭と呼ばれた鬼のことを思い出していた。

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