さがしもの

さがしもの 一 冷たい夢

 此処は、とても寒い。


 押し込められた牢の中で少しでも身動きを取ろうとすれば、この身を縛るざらついた荒縄が皮膚を擦る。

 その度、冷たく凍え触覚が鋭利になった皮膚が熱を持ったようにひどく痛んだ。


 眠りにも落ちきれず、覚醒して暴れることも出来ない意識のふち。意味を持たないうめきだけを怨嗟のように吐き出す、微睡まどろみと呼ぶにはあまりにも苦痛を伴う時間を、自分はどれ程過ごしていたのだろうか。


「あーあ、いくら不肖でも扱いがなってないってわかるぞ、これは」

 ……時間の感覚さえ奪われていた私の意識が泥濘ぬかるみから引き揚げられたのは、それはそれは唐突だった。


 鼓膜を揺らす自分ではない誰かの呆れたような声と、何か乾いたものが力任せに引き裂かれる鋭い音。それから。

「っぁ……あ゛っ!!」

 今まで感じていたものとは比較にならない、焼けるような痛みと冷たさ。


 急激に覚醒した意識に伴い、身体をむしばむ痛みと寒さをはっきりと知覚した私は、荒縄の呪縛から逃げ出そうと暗闇の中で藻掻もがく。

 しかし、藻掻もがけば藻掻もがく程、痛みは熱を帯びて積み重なっていく。紛い物の熱は、この身を温めてはくれない。痛くて苦しい。寒くて気持ちが悪い。


「……今解いて差し上げますから、少し静かに出来ませんかねっ、とっ」

 声の主が何か言っているが、音としか認識できなかった。


 荒縄で拘束された身体を無理やり動かした拍子に、今まで触れたことのない、何かやわいものを爪の先で引っ掛けたような感触がして、私は一瞬だけ動きを止めた。その一瞬の隙をついて、柔いものが、私の頬に触れた。


 それが、私が初めて感じた、傷みではないだった。


「!?!?」

 それが存外強い力で私の顔を無理やり上を向かせると、今度は耳の直ぐ近くで先程聞いたものと同じ、何かを破く音が聞こえた。


 鋭い音とは裏腹に、黒一色の世界がはらはらと崩壊していく。視界が開けて、私の世界に色が付いた。


「どうも、お初にお目にかかります。○○○様」

 声が、頭上から降ってくる。

 私を見下ろす声の主は、血液で激情を煮詰めたような、真っ赤な眼をしていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇

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