星巡りの結末 十八 星巡りの結末
問志は答えられずに沈黙を貫くが、気長に待ってくれるほど鬼が甘くはないことも、緩く自身の身体に巻き付き始めた髪の束が物語っている。
彼女自身も忘れてしまった名を、いっそでっち上げてしまおうか。問志の頭にそんな案がよぎる。
自分では彼女の本当の名を答えることは出来ない。しかし、このまま沈黙し続けるのにも限界がある。
間違った名だと鬼が気づくことだって十分ありえるが、どの道正解を導きだせない問志にとってこれ以上の策は思いつかなかった。
沈黙を
「……さあ、私の名を」
でっち上げるとして、彼女をなんと呼ぼう。問志が
「その子じゃあ貴方の渇きは潤わないさ。そうだろ? 星の庭」
聞き馴染みのない言の葉が、聞き覚えのある声によって紡がれ問志の耳を掠めていく。
「こんな小娘と俺を間違われるのは悲しいが、なに、貴方の元に二十年近く辿り着けなかった罰だと思って甘んじようじゃないか」
三根岸の声だ。
彼の目覚めがどうやら間に合ったらしいことに問志は安堵するが、自身の身体やその周囲に
天井を見上げれば星の庭と呼ばれた鬼の眼はもう少女を見つめてはおらず、明後日の方向を向いている。姿こそ見えないが、視線の先にはきっと三根岸がいるのだろう。
「……きみ、なのかなぁ。ごめんね、もう誰かに会いたかったことしか思い出せない」
名前もわからないんだ、と嘆く彼女の声は今までより一層幼く弱々しかった。
「構うもんか。”会いたかった”と貴方が言ってくれただけで、俺が今どんなに救われているか」
「私はもう、君が会いたかった私ではなくなってしまっているかもしれないのに?」
「いいや、貴方は貴方のままだったよ。身体が起きちゃあくれなかったんだけどね、頭はずっと起きていたんだ」
失われた二十年を手探りで埋めるような三根岸と星の庭のやり取りを、一人
いつの間にか少女に纏わりついていた鬼の髪は
問志の腕を掴んでいたのは、槐だった。
「お嬢さん、怪我は……あー、まだ前回よりはマシかぁ?」
「僕はなんともないですけど、それより三根岸さん大丈夫ですかね。いくら起きたといったって、ついさっきまで気絶してたんですよ」
問志が三根岸の声がした方へ眼を向ければ、地べたに
問志の視線に気づいたのか、ふと男が
「君達には本当に感謝している。ありがたく二十年ぶりの
それだけ言って、再び彼は彼女へと向き直る。もうこれ以上は一瞬も彼女以外には使いたくないという、意思表示のようだった。
「言われなくてもさっさと帰るっテの。馬に蹴られて死ぬなんざゴメンだ。じゃあな」
槐はそう吐き捨てると、問志の腕を掴んで
「……あのっ、お元気でっ」
問志が首を捻ってなんとか言葉を紡ぐと、三根岸は
それを合図にでもしたかのように、髪の森は深さを増し、やがてすっかり二人の姿は見えなくなってしまった。
もう、僅かな囁き声さえも聞こえない。
帰路を急ぐ二人が踏みしめる道は所々に
そうして進んでいくと、星の庭が話していた通りの場所にそれはあった。彼女はそれを自身の指だと云っていたが、問志の眼には入り口のない塔に見えた。
途端、直接銀の塔に触れていなかった筈の問志の視界がぐらりと歪み、足元が抜けたような浮遊感が少女に襲い掛かった。数刻前に体感したものと、同じものだ。
視界は眼を開けていても黒く塗りつぶされていく。前回と違うのは、握りしめたままの調整器の冷たさと、自身の腕を掴んでいる槐の掌の感触だけだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……あれ、さっきの道じゃ、ない?」
いつの間にか閉じていた目を開いた問志の眼の前に在ったのは、黒い色をした水溜ではなく、夕日によって赤く染まる見慣れない小池だった。
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