星巡りの結末 十五 相対

 笑みの形をとる口元とは裏腹に、彼が向ける視線は真剣そのものだった。


 天井いっぱいに広がっていたのは、触手のようにうごめく沼色の長い長い髪の毛。その内の一束を身体に巻き付ける様にして空中に吊るされている、額に痣を持った男。そして、無数の髪の束の更に奥から問志と槐をうかがう巨大な眼球だった。


「これはまた、随分図体も核もデカい鬼がいたもンだ」と、槐が言う。

 鬼の眼球、もとい よい色をした童子石の直径は六メートルを超え、二階建ての家屋かおくに匹敵する大きさだった。形はごつごつとした表面を持つ歪んだ球体で、石の内部では問志の掌の上に乗る欠片とは比べようがないほどの数の光が瞬いていた。


 童子石の中心に向かうにつれて宵の紺青色こんじょういろは闇色に変わり、中心部分に関しては一切の星の瞬きも消えてしまっていた。それが金の睫毛まつげに縁取られた鉛白色えんぱくいろまぶたによって覆い隠され、そしてまたあらわになる。

 まばたきのたびに眼球からは欠片が剥がれ落ち、泥濘ぬかるんだ地面に飲み込まれ、人形と問志たちの上に降り積もっていく。


「三根岸さんっ、聞こえてますか!!」

 少女は吊るされた男、もとい三根岸へ届くように大声を上げるが、気絶してしまっているのか反応はない。


「_____ああなんだ、どうにもそわそわして眠れないと思ったら、人間か」

 頭上から、童子石の欠片だけではなく声が降ってきた。三根岸に代わって問志の声へ応えたのは、この空間のあるじたる鬼であった。

 その声は巨躯きょくに似合わぬ幼く高い声で、舌足らずな響きは起き抜けのようにも夢の中に落ちる直前のようにも聞こえる。

 ……その微睡まどろみを孕んだ響きは、常磐山ときわやまで少女が邂逅かいこうし、そしてその最期を見届けた桜色の鬼を思い起こさせるもので。


「どうやって入り込んだのか知らないけれど、此処ここに入る許しはあの子にしか出していないんだ。あの子に誤解される前に、さっさと出ていって」


 鬼の言うとは三根岸のことを指しているのだろうか。問志が確認を取るべく言葉を紡ごうとしたその刹那、問志と槐の頭上高くから彼らを見下ろしていた眼球、もとい童子石の中心が、焦点を合わせるかのようにぐるんと問志に合わさった。


「……いいや、違う!!此処ここはあの子しか知らない筈だ。以外が此処に来れる筈がない。か!!」

 鬼の声は、歓喜に満ちていた。


「っ、違います!!僕は初対面です!!多分!!」

 問志は即座に否定するも、鬼は止まらない。


「直ぐ君がだと気づかなかったのは私だけれど、そんな釣れないこと言わなくたっていいだろう。ずっとずうっと待っていたんだ。……あれ、違う。待っていない。二度と戻ってきて欲しくはなかったのに。私はちゃんと言ったのに。どうして、君は戻ってきたんだ」


 少しずつ場の空気が変わっていっていることを、問志の肌は敏感に感じ取った。

「おいおい、お宅の其処そこで伸びてる男だろうが。ついさっき自分で引き摺り込んダこともすっ飛んじまったか?」

 槐が傘の先端を未だ宙づりになったままの三根岸へと向ける。しかし鬼は槐に応えない。


「だけど駄目だな。駄目だってわかっているのにこんなに嬉しいなんて。嗚呼、愛しいわらべ。私のよすが。戻ってきてしまったのならば、どうかもう一度、私の名前を呼んでくれないか」

 鬼の眼にも耳にも問志以外は認識されていないとでもいうように、沼色の彼女はその長い髪の束をいくつも問志へと伸ばす。


「槐さん、ギリギリまで手は出さないでくださいね」と、問志は今にも仕込み刀を抜かんと構える槐を制止して、蛇のように蠢く髪の束の向こう、天井へとめいいっぱい声を張り上げた。


「僕は東雲問志しののめといしです。僕は貴方の名前を知りません。だけど、貴方の名前を知っている筈の人、三根岸兼次みねぎしかねつぐさんに案内して貰って、此処まで来ました」

「……私の名前を知らない?君はあの子じゃないのか?」と言った鬼に、問志は頷く。

「でも、あの子は背丈が高くなくて。顔つきだって、丸くて」

「三根岸さんと貴方が分かれてから二十年近く経っていると聞いてます!!」

「人間二十年もありゃそれぐラい変わるもんダろ、箱入りのお嬢さん。見た目の変化を不肖たちの認識でいちゃあ何人待ち人が居たって会えっこない」


 髪で出来た波が引いていく。


「……本当に?」

「本当だっての。ソれに、このお嬢さんは不肖のだ。勘違いで持って行かれちゃあ困るんだよ」

「だけど、こっちのかねつぐ?は、私に何も話してくれない。人形じゃないのか?私が使っていた人形アレと同じ」


「違います違います!!今ちょっと気絶してしまっているだけで!!あ、だからあんまり雑に揺らさないであげてください落ちてしまう!!」

 三根岸の身体は地面から五メートル以上離れている。下手をすれば死んでもおかしくはない高さだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る