星巡りの結末 十三 甘美なる死臭

「……鏡、全部駄目でしたねぇ」と、問志は少々疲労交じりの声で言う。

 一行は全ての部屋を回り切り、再び少女趣味溢れる部屋へと戻ってきていた。


 途中、大量の雛人形が所狭しと並んだ部屋に一体だけ檜扇ひおうぎの代わりに銀の鏡面を保つ鏡を手にした人形があった。

 しかしそれも、問志が人形に気づき手を伸ばそうとした直後に何処からともなく湧き出た赤い液体に飲み込まれ、あっという間に溶け消えてしまったのだった。


「全滅だったね。それに覚悟はしていたけれど、こうも空間自体が不安定になっている様を見ていくのは、なかなかこたえるものがある。……しかしお陰で、全ての順序を正しくまわることが出来た」

 これで彼女のもとへ行けると話す男は、安堵を噛みしめるような表情をしている。


「まだ安心すルのは早いぜ坊主。むしろ、こっからが本番だ。さあ、最後の扉は何処にある?」

 えんじゅの問いへ返事をする代わりに、三根岸は大きな飴色のクロゼットの前へと進み、植物の意匠が施された観音開きの戸に触れた。

 三根岸の節くれた手に力が入る。木材が僅かに歪み、鈍い音と共に扉は開かれた。それと同時に扉の奥から問志達を襲ったのは、ついぞ嗅いだことのないような異臭だった。


 甘ったるい匂いだ。腐って溶ける寸前の果実か肉が発するような、穢れを孕む強い香りに、問志と槐は咄嗟に衣服で鼻と口を覆う。クロゼットの奥からそれらの香りと共に、生ぬるい空気が流れ込んできていた。

 三根岸も一瞬動揺したように動きを止めたがそのまま一気に扉を開ききり、クロゼットに詰め込まれた衣類をかき分けながら、問志達を振り返る。


「中に入ってもないのにそんなんじゃたないよ、頑張っておくれ」そう言って、三根岸が少し困ったように笑った、その時だった。

 部屋の中を侵しつつあった甘い香りと生ぬるい風が一気に室内へ吹き込み、クローゼットの内側からずるりと異形の何か、繊維質な触手のようなモノが飛び出してきたのだ。


 問志が叫ぶよりも先に、槐が仕込み刀を振り抜くより早く、萌葱色もえぎいろの絹糸を幾つもり合わせて作られたそれは、何本も三根岸の身体に巻きつき、クロゼットの奥へ彼を引き込んでしまった。


 開け放たれた筈の扉が、急速に閉じていく。

 しかし槐が舌打ちと共に飛ばした白い焔は閉じゆく扉の片側にぶつかり、飴色を炭色に、そして灰へと変えていった。

「行クぞお嬢さん!!」

「っはい!!」

 槐が問志の腕を掴む。そして二人は三根岸を追って、扉の奥へと身体を滑り込ませていった。

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