星巡りの結末 十二 罅と白

 槐、問志、三根岸は一列になって部屋を突っ切っていく。

「おら、燃えたくなキゃあ退いた退いた!!」

 槐の怒号と共に、一行を囲むように白い焔が空中に現れた。侵入者に襲い掛からんと口を開けて牙をさらしていた蛇たちは、問志の見立て通り焔に怯えて怯んだようだった。何匹かの蛇が勢いを殺しきれずに焔の中に飛び込んで、身体を崩していく。


 黒い蛇達は白い光を恐れのがれるように鏡へと集まっている。そのお陰で、徐々に道が拓けはじめていた。

「蛇たち、鏡の中に逃げていってますよ!!」

「……私にはやはり見えないが、あの辺りに鏡だったものが在るのは、なんとなくわかったぞ」

「そのまま大人しくシてくれりゃあいいんだけどなぁっと!!」

 三根岸に飛び掛かろうとした影の蛇を、槐が蹴り飛ばして地面へと叩きつける。


 しかし、槐の希望的観測を嘲笑うように鏡に入った一筋のひびを、問志は見逃さなかった。

「あ、不味い、かも......?」

「何が不味いっテ?!」

「……鏡に罅が入りました」

「うわ、不味そうだなぁそれは!!」


 黒い蛇の群れを振り払いながら急いで三人がたどり着いた次の部屋への扉は、鉄で出来ていた。鍵が掛かっていなかったのが幸いではあったが、見るからに堅牢な造りをしている。その扉は室内の蛇を封じ込めるためか、それとも他者をこの部屋に易々と入れないためなのか。


「お嬢さん交代だ蛇避け頼んダ!!」

「はいっ!!」

 槐がふるっていた白い焔が、問志の持つ調整器に移っていった。すると六角柱の水晶の中に収まっていた焔が槐の焔を喰らい、急速に勢いを増していく。問志はそれを大きく振り掲げながら、蛇と割れゆく鏡の様子に注視した。


 その間に、三根岸と槐が身体を鉄の扉に押し付けるようにして開いていく。蛇は幸い問志が振り回す焔によって退しりぞけられてはいたが、細かいひびを増やし続ける漆黒の鏡が、少女の不安を加速させていく。


 ___そして、少女の胸騒ぎが現実となる瞬間が訪れた。


 背後から僅かに光の気配を感じた問志の意識が一瞬鏡から離れたのを見計ったように、鏡を縦に割く稲妻のようなひびがびしり、と入った。

 そして直ぐに、鏡が内側の圧力に耐えかねたように膨れ上がっていく。黒い影のような鏡は白い稲妻の罅を呑み込んで消したかと思うと、今度はぶくぶくと膨らみ、やがて原型を留めないほどに肥大化していった。黒いシャボンが溢れるような見た目をしていたそれは、一定の大きさまで膨らむとまた圧縮されていく。


「そろそろ本当に不味そうなんですけどまだ時間掛かります!?」

「もう少しだ!!」

 その時、圧縮されていた黒い泡がバチンと弾け、部屋中に飛び散った。思わず目をつむった問志の眼が再び開いた時には黒い泡はなく、代わりに其処そこに居たのは、部屋の半分をその体躯で埋めてしまう程巨大な白い蛇だった。


 まずい、と問志の脳内で警報が鳴りだす。

 白い蛇は、問志の振り回す焔を恐れる様子がまるでない。むしろ自身の巨躯と同じ色をした焔に誘われるように、ジリジリと問志達へと近づいてくる。本体の焔から離れた欠片が目の前をかすめても身じろぎひとつなく、むしろ綿飴わたあめでも食べるかのようにばくん、と裂けた口をめいいっぱい広げて焔を飲み込んでしまった。


「うわ喰いやがっタ!!」

 槐も白い蛇の出現に気づいたらしい。

 自信の背後から槐の焦りを含んだ声が聞こえたと思った次の瞬間、問志は羽織の後ろ襟を掴まれた。

 そのまま力任せに後ろへ引っ張られ、少女は転がるように鉄の扉の向こうへと押し込まれた。続いて三根岸、槐も続く。


 鉄の扉の向こうでは未だ白い蛇が此方こちらを見ている。そのまま、蛇が僅かに身体を後ろに引いたのが問志にはわかった。それは後退するためではなく、鉄の扉へ突進しようとするための、矢を引き絞る仕草だ。


 白蛇が問志達を目掛めがけて飛びかかるのと、鉄の扉が閉まるのはほぼ同時だった。

 鉄の塊を巨体が叩く音が聞こえたのは、ほんの一瞬だけ。扉の向こうで暴れているのであろう蛇の振動も何もかも、硬い扉は問志たちに何も伝えない。

「......ギリギリ間に合いました、ね」

「全くだ。……坊主、お前不肖達を巻き込メて運が良かったな?」

「あっはっは、キキョウ局員的に素直に肯定し辛いけど、正直予想より遥かにヤバくて焦ったね。君達が居なかったら詰んでた」

「笑い事じゃネえんだわ」


 危機的な状況を回避したことに胸を撫で下ろした問志だったが、自身が文字通り転がり込んだ部屋の様相を理解した瞬間、ぎょっと目を見開いた。


 さほど広くもない部屋の中、二人掛けの古びたソファに白骨化した遺体が一つ。頭蓋骨を貫通する穴の開いたそれは、血肉が完全に消失しているにも関わらず、器用に崩れることなく腰掛けていた。着ている衣服や体格からして、成人した男性だろうか。


「……三根岸さん、あれ、あの骸骨の方って」

「ああ、アレは何処かの誰かが現世うつしよから持ち込んだものさ。二十年前にも在ったものだよ。持ち込んだ本人は毎日のように通っていたらしいが、ある日ぱったりと来なくなったそうでね、彼女も彼をどうするべきがずっと悩んでいた」

「頭に銃痕のある死体を此処に持ち込ム時点で堅気じゃねぇだろうし、まあ、向こうで死んだか捕マったんだろうなぁ」

「だろうね。……ああ、此処の鏡も駄目になっている」


 ……二人は、この手のものに慣れているようだった。三根岸は白骨化したそれを大して気にする様子もなく壁に掛かった鏡を見て残念そうに呟くと、早々に次の部屋へと続く飴色の扉に手を掛けた。



  ◆ ◆ ◆ ◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る