星巡りの結末 九 三根岸の本懐


 二人と一鬼が進んだ先は、槐が元居たわし欄間らんまのある部屋だった。

「それで、これが私の身分証明さ」

 そこでここまでの経緯を話していた三根岸は、ふところからてのひらに収まる大きさの手帳を取り出した。黒い革で出来た表紙には”鬼人共生支援局”の文字と、桔梗の花に似た紋章が箔押しで刻まれている。その紋章は確かに、榴月堂に掲示してある血液売買の許可証に記された紋章と一致している様に見えた。


 三根岸が手帳を開いて問志達に見せれば、その中には確かに目の前の人物と同じ顔の男性の写真が貼りつけられ、その下には彼の名前も記載されている。

 しかし槐はそれを見ても、三根岸に対して鋭い眼差しを緩めなかった。


「そんなに怖がらなくてもよくないかい?確かに私たちの言うは君たちにとって都合が悪いことかもしれない。だけどそれは伽藍化が進んだ鬼の話で、君のように誰かにいてる鬼を誰彼だれかれ 構わず捕まえるようなことはしないんだから」


「信用シて欲しいなら、お宅らの実働部隊が何処に隠れているか教えて欲しいもんだね」

「いいや、私一人さ」

 三根岸の返事を聞いて、槐は更に目の前の男を睨んだ。

「嘘つけ。キキョウ局員の手帳は本人にしか開けない。だからアンタは確かに『キキョウ局の三根岸兼次』なんだろう。だケど、その手帳は調整器関連の部署に所属している連中、つまりは非戦闘員のもんだ。相当伽藍化が進んでいる鬼の、それも体内に、いくら局員だからって非戦闘員だけで入らせるほど上も馬鹿じゃあねえだろ。下手しなくても死ねるぞ」


「おっと、思っていたよりも私たちの内情に詳しいね?本当に私だけなんだ。ちょっと所ではない事情が有ってね」と、感心したように三根岸が言う。

「どんな事情ナんだか」


 三根岸は敵意がないことを主張するように両手を広げ肩の位置まで持ち上げていたが、槐の態度が変わらないことにため息を吐いた。

「やれやれ、警戒心が強くて困るな」

「こっちはお嬢サんの安否が掛かってんだ警戒心も強くなるわ」

「でも君、此処に引き摺り込まれてそのお嬢さんを危険に晒してないかい?」

「そレは悪いと思ってる」

「僕は大丈夫なので気に病まないでくださいね」

「…………ソうかい」

 槐は少々気まずそうに問志を一瞥いちべつだけして、再び三根岸へと向き合った。


「わかったわかった。全部話す。私はね、此処にいる鬼に会いに来たんだ。上からの命令が下る前にね」

 三根岸はそういって座布団の上に座ると、積み上がった本の塔を物色し始めた。そうして一冊の本、もといアルバムを手にしてページめくり始める。


「此処は現実世界に居場所がなかった人間の逃げ場所になっていたと言っただろう?二十年程前、私もその内の一人でね。あの頃彼女に出会えていなかったら今頃どうなっていたか」と、三根岸はあっけらかんと笑う。

「だけどちょっとした事故が起きて、彼女とはそれっきりになってしまったんだ。そこからようやく此処に帰ってこられたのが、正に今日この日だったと云う訳さ」


「……無事に会エたとしてソイツ、お宅のことをまだ覚えているか怪しイもんだが」

「だろうね。覚えていてくれたらそれは嬉しいけれど、彼女が安らかであるなら大した問題じゃないさ。さて、伽藍化の進んだ鬼はキキョウ局管轄のへ収容されるのが常。けれど彼女は色々と規格外だから、それが難しい。今日中にうちの実働部隊が此処に派遣される予定になっているが、伽藍化が進行しているとバレてしまえば、討伐を免れない可能性の方が高いだろう」


「お宅、伽藍化それも上に言ってねエのか」

「まあね。仮に彼女と私がこの後 血の契約を結べたとしても、伽藍化の進行具合によっては童子石の崩壊の歯止めになってくれない。最期になるかもしれない逢瀬おうせくらい、誰にも邪魔されずにたしたかったのさ。と言っても、昔話だけじゃそこの彼は納得しないだろう?幸い此処は私が彼女から与えられていた部屋だ。証拠になるものが、ほらあった」


 三根岸はアルバムに入っていた一枚の写真を槐と問志に差し出すと、被っていた中折れ帽子を脱いで自身の灰色の前髪をかきあげる。


「……なるホど、この坊主がお前か」

「そういうこと」

 さらされた男のひたいには青黒い痣が一つ。それは、写真の中から此方を見つめる少年の左額を覆うものと、色も形も等しいものであった。

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