星巡りの結末 八 迷子

 問志と三根岸は調整器から放たれる僅かな光を頼りに暗い部屋の中を進んでいく。

 その空間は調整器の杖を上にかざしても下に翳しても真っ黒で、平衡感覚も遠近感もおかしくなりそうな部屋だった。唯一の装飾といえば、床を舐める何か大きな生き物の形をした白い煙が、奥まで続いている位である。


 ある程進んで出口が見えたところで、問志は進行方向でくすぶる白い焔に気がついた。鎮火ちんかするのを待つばかりの小さい焔ではあったが、問志はそれに随分と見覚えがある。

 そして何より、そのほのおを足元に遊ばせたまましゃがみ込む、外套がいとうくるまった人影を問志はよく知っていた。

 近づけば、彼は数刻前に修理屋から受け取ったばかりの、古びた傘を抱え込んでいるのがわかった。


 槐さん、と問志が声を掛けるよりも先に、顔を上げた槐と問志二人の目が合った。

 思わず少女の身体がびくりと跳ねたのは、人形のように動かないでいた人物が急に動き出したことによる驚きか。それとも、暗闇の中光る満月色の瞳が、見たことのないよどんだ色味をしていたからなのか。


 鬼は少女を見つめながら、ゆっくりと一度目を閉じた。そうして再び目を開いて、いつものように口の端を歪めて笑う。


「ようお嬢さん、どこも怪我なんザしてないか?」

「……僕はなんともないですよ。それより槐さん、大丈夫ですか?」

「心配せずとも、不肖も御覧の通り、擦り傷一つつイちゃあいないさ」


 槐はさっと立ち上がると問志の前で舞台上の役者よろしくくるりと回って見せた。遠心力に従いふわりと浮き上がった白い羽織が問志の灯に照らされ、暗闇の中、より際立って見える。


「その鬼が『槐さん』か、成るほど 確かに柘榴色だ」

「そういウお宅は何方様どちらさまで?」

 三根岸の姿を槐の眼が捉えた。その眼差しは、問志に向けていたものより幾分か鋭い。

 三根岸が応えるより前に、問志が口を挟んだ。

「この人は三根岸さんと言って、キキョウ局の方だそうです」

「お初にお目にかかる、私は三根岸兼次みねぎしかねつぐ。”君たち”の味方、キキョウ局所属の人間だよ。ほら、証拠だってちゃんと……と、此処じゃあ何を見るにしたって見せるにしたって暗くって都合が悪いな」

「一旦この部屋から出てしまいましょう」


 問志と三根岸、それに合流した槐は、ひとまず明るい場所へと移動するべく、視界の内にある光で白んだ出入口を目指した。

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