星巡りの結末 七 煙草と血と灰
「こりゃあ、手掛かりのツもりか?」
蛇の居座る襖を潜った先が彼らの巣になっていたことが偶然ではないだとしたら、
襖を開けた途端に毒虫が溢れる事態を想像してしまった槐は、げんなりとした顔をしている。
とは言え、此処に留まる訳にもいかない。
槐がこの部屋に引き摺り込まれてから、いくらか時間も経過している。槐は自身と契約した
自分だけがこの場所に引き摺り込まれていただけならば彼女が真朱に助けを求めに走るだろうが、問志が巻き込まれていない保証はどこにもない。
もし彼女も此処にいて、先ほど自分が足を踏み入れかけたような場所に拘束されでもしていたら。
……彼女には無事でいて貰わないと困る。
なにせ、槐は問志が居なければ文字通り生きていけない身体になっているのだから。
◆ ◆ ◆ ◆
襖の前で立ち往生していた鬼だったが、蛇と蠍とでマシな方を選んで進むことにした。
万が一に備え傘に仕込まれた隠し刀をいつでも降り抜けるように準備してから、槐はゆっくりと
開かれた襖の先は、装飾のない殺風景な十畳程の白い空間だった。僅かに揺れる水面の向こう側に、槐の予想通り
入る直前、槐は持ち込んでいた傘の石突きで畳を数回軽く叩く。すると、畳と石突きのの間から小さな月白色の焔が吐き出された。槐の怪異だ。
自身の焔が問題なく扱えることを確認した槐は、今度こそ煤の蠍が客人を待ち構える部屋へと進んでいった。
「……此のまま杞憂で済んでクれればいいんだがなァ?」
天井の蠍へ投げかける様に放った槐の言葉を拾うものは此処にはいない。煤の蠍は実体を
蠍の部屋は外側から見ると遠近感を麻痺させる構造なのか、それとも槐が足を踏み込んだ瞬間に部屋が膨らみでもしたのか、数分歩いてもまだ端に行きつかない。
光源らしい光源もないのに自身の姿を確認することに不便はなく、足元を見れば不自然に、自身から伸びる筈の影も見えない。平面空間に閉じ込められたような錯覚を起こすこの部屋にもし閉じ込められようものならば、正気を保てない人間がいても責められないなと槐は思った。
出口と思われる黒く塗りつぶされた長方形が、少しずつ槐に近づいてくる。残りあと十数歩のところまで来て、いよいよ槐の杞憂が杞憂のまま終わろうかと思われたその時だった。
順調に歩みを進めていた筈の槐の脚が、ぴたりと止まった。背後から煙草の香りが漂ってきたのだ。そして遅れて、血と灰の香りが槐の心臓を無理やり締め付けていく。
凍えでもしたかのように僅かに震える右手を
白く無機質だった床は、槐の足元から徐々に
槐の身体が錆びついたブリキ人形のように、強ばりながら背後を振り返る。まるで抵抗を許さない呪いにでも掛かったかのように、振り向かない選択肢など用意されていなかったように。
血の気の引いた肌に埋まった黄金の月が揺れる様を、巨大な蠍だけが眺めていた。
◆ ◆ ◆ ◆
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