星巡りの結末 四 驚異の部屋たち

 この不可思議な空間には廊下と呼べるようなものがなく、部屋同士は襖や障子等の出入口で仕切られているようだった。ただし現世のそれとは違い、境界の向こう側は雨に打たれる水面の様に不明瞭で、境を越えなければきちんとその内側を把握することが出来なくなっている。

 最初の部屋を除いて二部屋分を問志達は移動していたが、未だ槐との合流は果せずにいた。


「槐さん居ませんね。こういう部屋ってあとどのくらいあるのか、ご存じだったりします?」

「全部で十だから、残りは七部屋だね。流石に全部の部屋を探しきる前に途中で合流したいが、どうなるかな。それに出口も見当たらない」

「此処にあった鏡も、真っ黒になってしまっていましたもんね」


 三根岸 いわく、この空間と此岸とを仕切る境界は、極光オーロラを浮かべる銀の鏡の形をしているのだという。

『本来であれば一つの部屋につき一つは此岸と行き来する為の鏡が在る筈』らしいが、問志達が今まで巡った部屋に存在する鏡は、どれもこれも鏡面がすみで塗り潰されたようになってしまっていた。

 試しに問志が鏡面に触れてみても変化はなく、鏡としても、境界としても役目を果たしてはくれず、伽藍化の影響で空間の仕組み自体も変わってきているのかもしれないというのが、三根岸の見解である。


 ____最初に問志達のいた部屋は、畳の上を魚が泳いでいること以外は人形職人の仕事場といった様子だった。


 二番目の部屋は整理整頓された一番目の部屋と違い、ビー玉や折り紙、それに積み木など子供の玩具が床に放置されて随分と散らかっていた。大人が乗れそうなほど大きな犬張子いぬはりこが本物の犬のように向かっては来たが、特に害もなく可愛らしくじゃれついてきただけであった。


 そして三番目、問志達が今いる部屋の様子は今までとまた違い、少女趣味的だった。可愛らしいテディベアがソファーに座らされ、テーブルの上に乗った空の花瓶からは、爽やかな花の香りがする。硝子戸がはめ込まれた棚には化粧品と思わしき瓶や小箱がいくつもあった。

 そして、ひと際目立つ豪奢ごうしゃな装飾が施された姿見は、今まで各部屋で探し当てたものと同じく表面が黒く染まっている。

 大きな飴色のクロゼットの中も、念のためと問志は覗いては見たものの、贅沢にレースやフリルがあしらわれた衣服が数着掛かっているだけであった。


「これ以上探しても何もなさそうだし、次に行こうか」

「そうですね、次の部屋こそは槐さんがいるといいんですが」

 問志は期待と願いを込めつつ、次の部屋へと繋がる扉に手をかけた。扉には鍵が掛かっておらず、ドアノブをひねり少し力を加えただけですんなりと外側へと開いていく。


 問志は開いた扉の隙間から次の部屋を覗き込んだものの、境界の向こう側は光源が一つもないようで黒く塗りつぶされていた。少女はそのまま扉を大きく開けたが、洋室の灯りが部屋の奥へ差し込むことはなく、只々ただただ 闇が続いている。


 三根岸も暗がりに目を凝らしていたが、すぐに諦め問志に移動をうながす。

「随分と暗くなっているね。灯りになるものを見繕わなくては」

「それなら、僕が持ってます」

 問志は後ろを振り返り、自身の側に控える真鍮の海月を見てそう言った。

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