星巡りの結末 三 鬼人共生支援局

「……怪異の中、ですか?この部屋が?」

「そうだよ。鬼の体内、と言い換えてもいいかもしれないけれど」


 問志は再び部屋全体を見渡した。

 四角い和室の壁は漆喰で塗り固められ、丸い窓の下には綺麗に整頓された文机が一つ。机の上ではぜんまい仕掛けの錆びた金属の魚が、水の入っていない水槽の中を弧を描く様に延々と泳いでいる。傍にある大きな棚には、しっとりとした材質で出来た人形の部品が、パーツ毎に幾つか収められていた。

 家具や机の乗った畳の上を魚の形の影が泳ぎ、障子紙には所々墨で花の絵が描いてあった。出入り口は部屋を挟む形で障子戸が二カ所ある。

 

「この空間の主たる鬼は、彼女自身が一つの異界なんだよ。そこに、私たちのような人間を招く。そうして招いた人間の記憶とほんの少しの願望を読み取って、自身の一部を作り変えるんだ。だからこの部屋も、こう望んだ誰かの記憶と望みの形に成っている筈だ」


「人間を招くのは、人間の血が欲しいから、ですか?」

「その通り。しかも彼女の内側に入る方法も、招かれる人間も限られている。現実世界に居場所がなかったり逃げたい人間からすれば、此処ここほど都合の良い場所もない。つまり、一種の共存関係が成り立つのさ」


「なるほど……?」

 三根岸の説明に納得しつつ、問志は別の疑問も感じていた。この男性、なぜこの鬼にこうも詳しいのだろうかと。もしかしたら、自分と同じように彼は鬼と契約をした人間なのではないのだろうか。単純に知り合いというだけかもしれない。それに、先ほどと言っていたのはなんだったのだろう。


 問志が疑問を覚えたことに気づいたらしい三根岸は、中折れ帽子を被り直しながら「君は随分思ったことが顔に出るなぁ」と笑った。

「私はキキョウ局の人間なんだ。朝草寺の小池の様子がおかしいと通報があったから、調査の為に来た」

「キキョウ局……?」

 何処かで聞いたことがあるような気もする。しかし、はっきりとした記憶を呼び起こすことが出来なかった問志は、首を傾げた。


「正式名称は”鬼人共生支援局きじんきょうせいしえんきょく”。略してキキョウ局。仕事の内容は名称の通り、鬼と人の共生に関わること全般で、怪異と思われるものの調査とか、売血店の承認や管理なんかも仕事のうちだよ」


 売血店の承認!問志はそれを聞いて思い出した。

 榴月堂りゅうげつどうの店の奥、血の売却を希望する人間を通す部屋の扉の横には、この店が認可を受けている証明書が額に納まっている。その書類に、三根岸が名乗った団体の名が記されていた筈だ。


「ああ、道理で聞いたことがあると思いました。僕の働いている店、鬼人共生支援局から営業許可を貰っているんでした」

「ウチで出している営業許可と言うと、売血認可か。なるほど君は広い意味での同業者だった訳か。……そうすると、さっきから君のすぐ後ろに浮いているモノは只の絡繰からくりじゃなさそうだ。調整器で合っているかな」


 三根岸の視線は問志の背後を見ていた。問志も三根岸に倣って後ろを振り向けば、海月くらげと花の蕾を混ぜたような姿の調整器がゆらゆらと揺れている。どうやら問志の調整器も、主人を追ってあの水溜みずたまりを潜ってきたらしい。


「え、此処までついてきちゃうんだコレ。ええと、三根岸さんのいう通りですけれど、一目見て分かるものなんですか?」

「私の専門分野だからね。すると、先にここに入り込んでしまったというエンジュサンは、君の憑き鬼かな」

 こくん、と問志は首を縦に振り頷く。


「わかった。ならば兎にとにかくずは君の鬼と合流しよう。出口を探すのは並行して。私も一緒に行動するが、構わないね?」

「構いません。よろしくお願いします」

 反抗する理由がない問志は、素直に三根岸の方針に従うことにした。それに、多少なりともこの場の知識のある人物と行動を共にした方が、きっと槐は早く見つかるだろう。


「こちらこそ。それと君の鬼、荒事は得意かい?」

 問志は常磐山ときわやまでの槐の立ち回りを思い返してみた。ものすごく戦い慣れているのかどうかの判断は問志には難しかったが、少なくとも容赦なく同族を蹴り飛ばせる位の度胸と身体能力は持っていた。

「苦手ではなさそうでした」


「ならばまあ及第点かな。正直言って、私はキキョウ局員ではあるけれど非戦闘員なんだ。彼女の庭たるこの場所で何かあった時、私一人だけの力では君たちを此岸に帰せるか怪しいものがある」

 鬼と言っても皆揃って荒事に強い訳じゃないだろう?と、三根岸が言う。


「あれ、でもここの鬼と怪異、人間と一種の共存関係が有るって」

「昔はね。現状、此処の主は伽藍化がかなり進行しているんだ。怪異も彼女自身も、相当不安定になっている」


 問志は、先日出会った橙埼菊荷から聞いた話を思い出した。伽藍化した鬼は暴走したり、植物状態になったりするものだと彼は言っていた。常磐山で出会ったあの桜色の鬼は少々特殊な事情持ちの様子であったから、そう考えると自分は伽藍化した鬼の一般的な様子を知らないのだ。


 三根岸は幼い子供に言い聞かせるように言葉を重ねる。

「わかっているのは伽藍化が進んでいることだけで、詳しいことは不明。そんな訳だから、キキョウ局職員として君たちを必要以上にここに留まらせるわけにはいかないのさ。そういう訳だから、ささっと移動しよう」と言って、三根岸はふすまの縁に手を掛けた。

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