わすれもの 八 二度目の紙の蝶

「三ツ足烏にひったくりされるなんて、運がいいんだか悪いんだかわからない話ねぇ」

 事の成り行きを問志と菊荷から聞いた真朱は青年に対して同情的だった。榴月堂敷地内に無断で入ったことも、咎めるつもりはないらしい。


「この子が話した通り、確かに失せ物探しはアタシの得意分野。だけど、あくまで副業ですらない個人的な特技だから、他言無用。それを誓ってくださるのならば、力を貸して差し上げましょう」

「承知した。誰にも言わないと約束する」

「ならば結構。なに、万が一の時は意地でも探し出してケジメをつけるから、お代はその時にたんまりと頂くわ」


「今は何も取らないのか?」

「言ったでしょう?副業でさえないと。でも、そうね名前くらいは頂戴しておきましょうか」

橙埼菊荷とうざききくかだ。随分軽く言うが、貴方が術師ならば名前さえあれば俺をどうとでもできるんだろう」

「あら、よく知ってるじゃないの。とうざき、ね。確かに聞いたわ。それじゃさっさと始めてしまいましょうか」


 真朱と話を進めていく菊荷は、先ほど柳に対して見せたような警戒心を彼女に対して向けることはなかった。


「アタシは失せもの探しに式神の蝶を飛ばすの。それが貴方の探し物へ貴方を導くけれど、アタシがするのは其処そこまで。追いかけるのは貴方自身の役目よ」

「それで構わない」


「それと、蝶を追うなら恐らく商店街を抜けることになるとは思うけれど、さっき言ったようにこれはあんまり広まると困るの。だから、その蝶は貴方にしか見えないように細工するわ。見失ったら厄介だけど、了承して頂戴」


「真朱さん、僕も追いかけます。僕にも蝶が見えるようにして貰えませんか?」

 手を貸すための条件を上げていく真朱の言葉に、問志がすかさず割って入った。思わず菊荷は問志を止めに入る。


「いや、流石にここまで手を貸してもらっただけで十分だ。これ以上見ず知らずの君の時間を貰うわけにはいかない」

「そう言わずに!!橙埼さん、真朱さんの蝶を追うのは初めてじゃあないですか。僕は一度見ていますから、あの蝶の動きとか少しはわかると思うんです。見失ったら大事ですし、手伝わせてくださいな」

「しかし」


「眼が多いに越したことはないわよ橙埼くん。問志ちゃん、夕飯までには帰ってきなさいね」

「わかりましたっ。…ふふ、槐さんにも出かけるときに全く同じこと言われましたよ」

「そうなの?付き合いが長くなると言動が似るって言うけど、まさかアタシと槐が似るだなんて、全くわからないものねぇ」


 当事者であるにも関わらず、蚊帳の外で問志が紙の蝶の捜索に加わることが確定した菊荷は、なるべく早く問志を家に帰そうと心の内で密かに決意した。


 真朱は僅かに感慨にひたる様子を見せつつも、鞄から正方形の和紙と万年筆を取り出した。何方どちら常磐山ときわやまで捜索を行ったときに使用したものと同じものだ。真朱の持つ万年筆は迷いなく和紙へ図形と文字を書き込んでいく。


「真朱くん、お茶は此処に置いとくからね。後で裏に片しといて」

 事の成り行きを見守っていた柳は、出窓を机代わりにしている真朱に声をかけると、茉莉花ジャスミンの香りで満たされた湯呑みを一つ、空いている棚の上に置いて自身は帳場の内側に戻っていった。そうして懐から新しい茶煙草を一つ取り出すと火をつけ、煙を室内にくゆらせる。


 途端、問志の嗅いだことのない香りが白檀を押し出して部屋を満たした。花の様な、香木の様な、甘く重いような香りだ。

 真朱の額にわずかに皺が寄る。

「…ちょっと柳さん、それアタシの前で吞まないでって言ったじゃない」

「嗚呼、そんなこと言ってたっけ。これは失敬。けれど、いいもんだろう?一本試してみる?」


「要らないわ。アタシの好みでもないもの。……さて、橙崎さん手を出して、掌を上に向けていて頂戴。アタシがこの紙を手に乗せたら目を閉じて探し物を強く思い浮かべて。そうしたら、”それ”が貴方を導くわ」


 彼女は万年筆を出窓に転がすと、紙を三角形になるよう折りたたんでいった。出来上がったごく簡易的な折紙にも見えるそれを、真朱は菊荷の開かれた掌に乗せる。三角形の羽を持つ蝶は、図形を描かれたことによって白と黒の斑ら模様を羽に浮かべている。

 菊荷は真朱に指示された通り静かに瞼を下ろしていた。


「それは蜜を探すしるべ。甘き糧なるものの欠片はへんのものに透過する帰路を」

 問志にとって聞き覚えのある言の葉が、真朱の口から零れた。


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