第26話 episode:26

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日が落ちた夏の空。




辺りはすっかり暗くなっていた。




浴衣選びを終えた4人は日本酒を片手に持った女に質問攻めをされていた。




女の名前は春野和子、この国で有名な茶道の家元にして大の日本酒好きである。




「それで?いったいどんな子なの?」




「?」




いきなり梨々花の肩に重みが乗る。




「焦らさなくてもいいじゃない~!」




「和子さん・・・腕重いのですけど・・・。」




「答えたら解放してあげる~!!」




麗・真琴・華恋を含めた3人は苦笑いをするしかなかった。




「優しい人とだけ伝えておきます。」




がっちりと肩を抱かれた梨々花は解放を求めて渋々答えた。




「あの梨々花ちゃんが恋をね~。」




みんな大人になったものね~!と和子は嬉しそうに遠い目をする。




「梨々花はしっかり答えましたわ。腕を外してくださる?」




「相変わらず冷たいな~!!」




なぜだか和子の腕は更に力を増した。




「それにしても、本当にいいのかしら・・・浴衣。」




「いいのよ~!!水臭いってば~!!」




「恩を売ってなにか企んでないですか?」




梨々花は疑いの眼差しを向けた。




「まぁ~!疑い深いわね~!詐欺師もびっくりするレベルね~!」




そういうと和子は梨々花の耳へと口を近づけた。


それと同時に梨々花にはアルコールの匂いが近づきクラッとした。






“1つだけ~頼みがあるのよ~。”






梨々花はその言葉に嫌な予感を覚えた。






和子の要求はいたってシンプルであった。




“来週から始まるテストに向けて麗に勉強をさせること。”




いかにも母親らしい要求であったが


これは梨々花が総理大臣になるくらい難しいことであった。




「和子さんそれは・・・。」




「いいじゃない~見たいのよ~あの子が赤点以外を取っているところを!!」




和子は目をキラキラさせて頼み込んできた。




「やるだけの事はやってみますけど・・・。」




これは真琴と華恋も力も必要そうだ。と梨々花は深いため息をついた。






その後、立派な日本家屋を後にした梨々花・真琴・華恋は3人で深刻そうな顔をした。




「和子さんの頼み、どう思う?」




「大変いいにくいが、むりだな!!」


「右に同感。」




「そうよね・・・。」




麗といえば、平均点よりも0点に近い点数を取ることで有名である。






「麗が勉強しているところなんて、見たことないぞ?」


「右に同じく。」



「けど~浴衣をみんな頼んだわよね?」




1人で解決できないと判断をした梨々花は強く訴える。




「うむ~やれるだけやってみるか!!」


「そうね・・・。」




やむを得ず3人は麗に勉強を教えることにした。






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「ただいま。」




真琴・華恋と別れて家の玄関を開けたとき、この家の女帝が靴を履いていた。




「あら、おかえりなさい。遅かったわね。」




「麗の家に行っていたわ。」




「そう。和子は元気だった?」




亮子と和子は学生時代からの親友であった。




「いつも通りね。」




「相変わらずお酒を嗜んでいたって事かしら。」




あれが嗜む程度なのかは疑問に残ったが、梨々花は亮子の荷物が気になった。




「どこか行くのですか?」




「明日からまた仕事が忙しいのよ。今日最終の飛行機でアメリカに戻るわ。」




親は相変わらず忙しい女であった。




少し寂しい気持ちもするが、今回の事を思い出すとやっと嵐が去るとほっとした。






「母親が旅立つというのに、あなたは寂しい顔一つしないのね。」




じゃあ、家の事は頼むわよ。




そう告げると付き人のマイケルと玄関から出ていった。






「梨々花様、おかえりなさいませ。」




亮子と入れ違いで桐が現れる。




「ただいま。お腹が空いたわ。」




「すぐにご用意をいたしますね。」




桐は一礼をすると不思議そうに梨々花をみつめる。




「顔に何かついているかしら?」




「いえ。なにやら寂しそうな顔をされていたので。」




梨々花は一瞬固まる。




「桐でもわかるのにね。あの人は梨々花の事を何もわかっていないわ。」




そういうと梨々花は自室へと戻った。






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「お兄ちゃんお兄ちゃん~今日の夕飯何?」




梨々花の家から数キロ離れた家で、とある兄妹コンビは夕食の支度を行っていた。




「今日はカレーだよ。」




「わぁ~今日もカレーだ!!楽しみだな!」




節約のため、週に一回はカレーが出てくるこの家であるが、妹のさちかは嬉しそうに飛び跳ねていた。




「いつも同じメニューでごめんな。今度はさちかの好きなハンバーグにするから。」




兄は優しく妹の頭をなでる。




「いいの!ハンバーグと同じくらいカレー大好きだもん!!それでね・・・お兄ちゃん・・・。」




妹はお皿を並べながら、何やら言いたげに兄の顔をみつめる。




「さちかどうした?」




「今度のお祭り・・・。」




幸太郎はさちかが知りたがっていることを悟った。




「大丈夫、梨々花も行けるって。」




その言葉を聞いてさちかはさらに飛び跳ねた。




「やった~!!お姉ちゃんとお祭りだ!!」




「さちか、お祭りが楽しみなのはいいけど。いい子にしてないとお留守番だからな?」




「は~い!!お兄ちゃん!何着ていこう!!」






「いつもの服でいいんじゃないか?」




「お兄ちゃんは乙女心をわかってない!!全然ダメ!」




急なブーイングに幸太郎は目を丸くする。




「そんな気合をいれなくても・・・。」




「お祭りっていうのは大切なイベントなの!」




最近の幼稚園児は乙女心なんて語るのか、と幸太郎は苦笑いをした。




「じゃあ、週末に洋服でも見に行くか。」




「うん~・・・洋服かぁ・・・。そうだね!!」




さちかは何か言いたげであったがそれ以上は何も言うことなく


用意されたカレーを机へと運んだ。




「よし、手を合わせてください。」




「おいしいカレーいただきます。」




「いただきます。」




とあるアパートのリビングで


佐々木家のディナーが2人きりで始まったのであった。






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「麗、お母さんにいい考えがあるのだけれども。」




一方、日本家屋の大きな家では酔っぱらっている母親と娘が夕食を口へ運んでいた。




「どうしたの?」




「明日連れてきてほしい人がいるのよ。」




「?」




麗は嫌な予感がしたが、その後に聞いた母の提案をいい案であると賛成した。




「麗に任せといて!!」




「ふふふ~楽しみにしているわ!!」










次の日、朝一番で麗が向かった先は、


佐々木幸太郎のクラスであった。




「麗ちゃんが来てる!」「今日も可愛いな!!」


「付き合ってみたい!」「誰に用なのかな~。」




相変わらず周囲はザワザワと忙しそうに言葉が飛び交う。




「幸太郎君!!」




今日の麗はミッションを遂行するため、周囲の目など気にも止まらなかった。




「またあいつに用かよ。」「梨々花ちゃんも麗ちゃんも・・・どうして?」


「あの2人どういう関係?」




「・・・え?俺?」




周囲が気にならない麗に比べて、幸太郎は周囲の目が突き刺さりため息をつく。




「ごめんね!急に!」




いつもの2倍ほどニコニコしている麗に嫌な予感を覚える。




「今日の夕方、私の家に来てほしいの!!」




この言葉で周囲の目が殺意に変わったことは言うまでもない。




「えっ・・・状況が理解できないのですが。」




「大丈夫!さちかちゃんも一緒にだから!!」




そういう問題なのか?なにが大丈夫なのか


全く理解できていない幸太郎であったが麗の強い眼差しに押されて、yesの言葉だけ伝える。




「私の家、どうやって説明しよう。」




「春野さんの家は知っています。」




「え?!まさかストーカー?!」




急にストーカーのレッテルを貼られた幸太郎は弁解する。




「まさか。この近くであの家を知らない人のほうが珍しいですよ。」




麗の家はこの辺では有名であり、都会の一等地に莫大な敷地を誇る自宅である。




(誰かがインターネットでも調べると出てくるって言ってたぐらいだぞ。)




「なんだ~!幸太郎君がストーカーかと思った!!じゃあ、学校終わったら家で待っているからね!」




梨々花ちゃんには内緒だぞ?




そう付け足した後麗はやってきた廊下を戻っていった。




(相変わらず嵐みたいな人だ。)




幸太郎は殺意にあふれた教室へ戻り、再び重いため息をついた。




「お前、なんなの。」




幸太郎の席では亮が頬をふくらましていた。




「なにが?」




「梨々花ちゃんだけでなく、麗ちゃんにまで!!」




こっちが聞きたいよ。




「人の気も知らないで、亮は呑気だな。」




「なんでお前の周りばっかり美女が集まるんだよ~!!」




「美女?だれが?」




「はぁぁぁぁ?!」




亮は目を丸くしたが、しばらくしてため息をつく。




「そうだったな・・・お前はそういう男だったな。」




「?」




世の中最終的には欲のない人間が強いのだな。と亮は学んだのであった。




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