第10章 Final Resolution

1.


 佳織は息を切らせて、それでもまっすぐ立って、ゼロナイン――幸太郎を見つめていた。

「お前、なんで来たんだよ?! 危ないだろ!」

 幸太郎の言葉にも耳を貸さず、佳織は口を開く。

「幸太郎……どうしてなの」

「なにが?」

「ちゃんと顔を見せて! 私の眼を見て答えて……っ!」

 怒鳴られて、幸太郎はフェイス・オープンする。妖魔の血の匂いがひどく鼻をつくなか、佳織の糾弾が始まった。

「なんであの子から幸太郎の声がするの?」

 ダブルオーを指差す佳織の眼が潤み始める。

「なんでって、俺のデータが欲しいって言われて――」

 自身の言葉で、幸太郎は唐突に腑に落ちた。

 病室でのお願いの、真の意味を。

(恋する乙女……メインアプリの変更……そっか、そういうことだったのか)

 そしてその沈黙を自分の無視と受け取ったのか、佳織が眼を怒らせて幸太郎に迫る。

「なんでそんなことするの? なんで私に内緒でそんなことするの?」

「内緒ってなんだよ! お前、7月から俺と日常会話なんてしてないじゃん!」

 幸太郎も怒りを爆発させる。男性参謀が幸太郎になにか命令しようとして副参謀長に抑えられているような声が聞こえるが、幸太郎はそれどころじゃない。

「っ、それは……」と佳織が口ごもる。

「なんだよ、言えよ」

「こ、幸太郎が……」

「俺がなんだよ」

 仲間たちが戦っている音を背に、攻守所を変え詰め寄る幸太郎。佳織が手を握り締める。

「幸太郎がハードル上げるから……」

「は?」

 ハードル?

「だってそうじゃない! 久美ちゃんに料理が一番うまいって言ったり! 空手の腕は綾のほうが上だなって言ったり! ……それに……」

「それに?」

「……メアリの胸じっと見て、あんなこと言ったり……」

「え? それがハードルなの?」

「そうだよ! 私は嫌なの! 幸太郎にとって、私が一番じゃなきゃ嫌なの!」

 声が途切れた。うつむく佳織。

「だから、幸太郎と距離を置いたの。このままだと私、幸太郎の一番にはなれない。そう思ったから……」

 佳織の眼から、ついに涙が溢れだした。

「だから、お料理の勉強して……ぐすっ……空手も稽古して、それで……」

 そんなこと、と言ってしまえばそうなのかもしれない。でも、俺の言葉をそんなに真剣に捉えてたんだ……幸太郎は眼の前で泣きじゃくる幼馴染に対して、言い表せないほどの愛おしさと感謝の念をかみ締めていた。

 同時に、すまないとも思う。こんな俺で。こんな俺に。

 そして、お礼を言うのではなく謝るのでもなく、幸太郎が佳織にかけた言葉は彼らしいものだった。

「ああ、うまかったよ」

 涙に濡れた佳織の黒い瞳に、幸太郎のバツの悪そうな笑顔が写っている。

「ごめん、佳織の作った料理を出てくる前につまみ食いしたんだ。久美ちゃんの料理より、ずっとうまかった」

 幸太郎は装甲越しで届きもしない頭を掻く。

「空手だって、ジョンから聞いてたんだぜ? 佳織が鬼の形相で修行してるって」

『 Oh,no! コウ、Shut up!』

(あ、そういえば『カオリちゃんに口止めされるけど』ってジョンが前置きしてたっけ)

 ジョンの抗議に謝って、幸太郎はくすりと笑ってくれた佳織に語り続ける。

「綾よりずっと強くなってるって言ってたし。このあいだだって勝ったじゃん」

 あれは綾が怪我してたからと佳織が謙遜するが、目元が赤い。

「じゃあ、今度の試合、勝てよ」

 幸太郎は、にっと笑う。佳織の目から今度は怒りからではない涙があふれ、声が出たのはしばらくののち。

「分かった。それと……ね?」

「ん? なに?」

 幸太郎が首をかしげると、胸の前に手を置いた佳織が恥じらいながら切り出した。

「その……ここはもう少し、時間を下さい。ほら、うちのお母さん、結構おっきいじゃない?」

 それを聞いてうなずく幸太郎を見て、また目に涙をためる佳織。

「お母さんをそんな目で見てたんだ……」

「ちょ、お前が振ったんじゃん!」

 にらみあうこと数秒、どちらともなく吹き出してお互いに近づく。

「大丈夫! 日々成長してるんだよ? これでも」

 体を寄せられて、さらに挑むように上目使いされて。急に女っぽくなった佳織のしぐさに、幸太郎の心拍数は跳ね上がる。

「だから――」

 佳織の言葉は、幸太郎の唇で止められた。眼を見開いて、そして、事実を受け入れたのち、佳織はゆっくりと瞳を閉じた。

 戦場で、ここだけの静寂。そこに流れたのは、幸太郎の腰に巻かれた筐体から流れる《綾》のアナウンス。

《アプリケーション・佳織を認識に成功。ようこそ、佳織》

 筐体表面に取り付けられた、バイオセンサー。それが佳織の、いや、幸太郎の誤解とわだかまりが解けたことを感知し、筐体を振るわせる。

 幸太郎が唇を離し、佳織と見つめあう。そして、時は満ちた。

「行ってくる」

「うん。怪我しないでね……がんばって、コタロウ」

 フェイス・クローズした幸太郎――ゼロナインの体を彩るラインが、佳織の声に反応して黄金色に発光する! 双眸をも山吹色に光らせて、ゼロナインは再び決戦に向かった。


2.


《綾、マスターは蹴り技なんかできないから、それは捨てて。久美は棒を使うとき以外はバッテリ管理。メアリ、爪だけなら出せるでしょ?》

 普段は寝ている《メアリ》をも起こし、統合管理アプリ《佳織》からの指示で各アプリが動作を開始する。

 幸太郎は機体の挙動に先程までとは違う何かを感じていた。

 不安なものではない。体感できる各スペックの向上はもちろんのこと、装着しているこちらを明らかに意識して、無茶なことをしないように守ってくれているような。そんな感じがするのだ。

(なんか、《佳織》がうまくやってくれてるんだな……っておい!)

 ゼロナインは従前からはありえない速度で疾走し、一番手近にいた金剛になぜか跳び膝蹴りをぶち込んだ!

《綾!》

《ゴメン、ついわざと》

 プリプリしている佳織パペットに、綾パペットが舌を出す。転倒した金剛にその勢いのまま覆いかぶさり、右の手刀で金剛の喉を切り裂いて止めを刺した。

 続いて傍にいたもう1体の金剛にゼロナインは挑みかかる。金剛の重く勢いのあるパンチを体捌きでかわす。実際は《綾》の操る機体任せの機動だが、《佳織》の制御も加わって、これまでの戦闘のときに比べて機体側に強引さが薄くなったような感じがする。幸太郎も稽古の成果が出たのかぎごちなさが少なくなったのだろう、ゼロナインは紙一重で金剛の攻撃をかわせるようになっていた。

 そして、隙を見てゼロナインが繰り出した左正拳突きが金剛の右肩を痛打。絶叫しグラつく金剛に、畳み掛けようとしたゼロナインの動きが一瞬止まったが、すぐに光をまとった右の手刀を金剛の胸に突き刺す。

「いま、《久美》が何かしようとしなかったか?」

 手刀を引き抜きながらのマスターからの問いかけに、《佳織》が苦笑いしながら答えた。

《はい。マスターに、スピニングバードキックをさせようとしていました》

「なんでみんな俺に格ゲーみたいなことさせたがるんだよ!」

 それに答えて、オリジナルに違わずさらりと《久美》が言う。

《ゲーマーですから》

《マスターが甘やかすからです。私だけでいいのに……ブツブツ》

 なんかほんとに佳織に文句言われてるみたいなんだけど。

 アプリにまで焼きもちを焼かれてゼロナインがいささかげんなりしているうちに、ダブルオーがワンゼロをかばいつつ長爪を1体屠っていた。これで残りは、長爪2体、金剛2体、そして緋角。その緋角が、ゼロナインたちに背を向けていた。

『 クソッ! 緋角が!』

 ワンゼロが吼える。緋角が、その立派な赤錆色のツノを振り立てて、猖穴めがけて突進していた。巫女たちが懸命の抗戦を続けているが、すでにプランは破綻し、穴を塞ぐ役割だった2名まで戦闘に参加。月輪が何本も乱舞し、『突光とっこう』とかいう光弾まで唸りを上げて飛び、緋角の脚には巫女たちが斬りつけたりしているが、有効打を与えるには程遠いようだ。

「逃げる……のか?」

『違うわ』副参謀長の声はあくまで冷静、あるいは冷静を装っている。

『穴が広がるのを邪魔させないため……来たわ』

 モニターをズームさせると、猖穴の周辺にある建物だった瓦礫が光っている。いや、禍々しい虹の七色に光っているといったほうがいいのか。徐々に発光を強めた瓦礫はやがてふっと燃え尽きるように姿を消す。その時、ゼロナインはその光から怖気をふるわせられるような“声”を聴いた。

「ちょ、今の何だ?」

 幸太郎の誰にともいえない問いに副参謀長が答える。

 現世にあり、やがてそのまま塵と消えてまた現世に輪廻するはずだった物が疫病神の手で汚し尽くされた無念の叫びなのだという。

『見て、穴が広がったわ。第2陣が来るわよ』

 副参謀長の言葉に合わせるかのように、モニターの隅に映像がワイプされた。

 その映像は、上空を旋回する無人機からのもの。先ほど叫びをあげて消えた瓦礫のあたりまで猖穴が広がった様子と、さらにその周辺の瓦礫などがあの禍々しい虹色に光り始めている様子を映し出していた。穴の縁に妖魔の手がいくつもかかっているのも見える。それはざっと見ただけで第1陣の倍近い数であった。

 副参謀長の指示で2人の巫女が反転し、猖穴へと向かう。だがそれは、緋角を押しとどめる力が弱まることとイコールである。男性参謀からの報告はさらに状況が過酷なものであることを示す。一番近い猖穴を塞ぎ終わった巫女たちがヘリと合流待ち。その増援が到着するまで少なくとも20分はかかるとのことだった。

『ゼロナイン、ワンゼロ。わたしたちは眼の前の妖魔をクリアしましょう!』

 ダブルオーの指揮の下、改めて妖魔に挑むゼロナインたち。だが、ワンゼロは身体に限界が来たのか動きが鈍ってきたため、自然他の2人がフォローせねばならず、クリアリングは進まない。

 その時、鷹取の巫女が1人、緋角の蹴りによる直撃を食らい、“羽衣”でも勢いを吸収しきれず吹き飛んだ。

「くそっ! このままじゃ、巫女さんたちが全滅しちゃうぜ!」

《大丈夫。緋角を倒せばいいんです》

 慌てるゼロナインに、事も無げに言ったのは《久美》だった。

「どうやって?」

『……頭を潰す。これが一番の早道ですけど』

 ダブルオーのおずおずとした説明にワンゼロは首を振る。緋角の頭まで、地上からおよそ5メートルと聞いている。たとえ3倍に増幅したって、幸太郎やジョンでは、いや、垂直跳びの世界記録保持者でも無理な高さだろう。

 手詰まりだ。誰もがそう思ったその時。

《ここでまたボクのターン!》

「メアリ?! まさか、獣人化?」

 幸太郎の及び腰に、《メアリ》は笑う。

《マスター、10メートルくらい助走して、目一杯ジャンプして!》

《ジャンプはわたしが増幅します》と《綾》。

《わたしの棒を使って高さを稼ぎましょう》と《久美》も申し出た。

《今のバッテリ残量なら、いけます》最後に《佳織》が総括する。

『オレたちは他の妖魔を押さえるぜ!』『 任せてください!』

「分かった! 信じるぜ、みんな!」

 即決。ゼロナインは走り出す。その心に躊躇いはない。

 奮起したワンゼロとダブルオーが左右に開いて妖魔との戦いを再開するそのあいだを、ゼロナインはひた走る。緋角の後姿が、みるみる近づく。

 そして、細く長く伸ばした棒を使って、棒高跳びの要領で跳び上がる!

 その刹那、ゼロナインの視界が突然開けた。

 跳び上がった瞬間、胴部以外の流体金属装甲を全て使って、背中に生えた黒く薄い翼。それが二度、三度と羽ばたき、ゼロナインを緋角の倍以上の高さまで昇らせる。だがそれは、急上昇で頭から血が下がり、眼の前が暗くなるのと引き換えである――

「く……っ」

 意識を失いかけたゼロナインの耳にかすかな声が届く。大事な人の目一杯の大声が。

「こーたろぉぉぉぉっ!!」

「か……かお……り……っっ!」

 現実に意識を引き戻されたゼロナインは、翼によって空中で前転させられながら、必死に手を動かしてボタンを叩く!

《 Final Resolution!!》

 《佳織》のコールと同時に翼は3枚の小ぶりなフィンへと変わり、ゼロナインは全身に装甲を取り戻す。その右脚に光が集まって円錐上の衝角が形成され、飛び蹴りの構えでゼロナインは急降下開始! 4体のパペットが最終攻撃の名を叫ぶ!

《カルテット・ストライク!!》

 自らの頭部に直撃コースであることを悟って向きを変え、緋角がゼロナインめがけて撃ちこんでくる光弾。それを四散させて緋角に迫る、神々しいまでの光を放つ衝角。

 逃れようとする緋角の動きに合わせてフィンで軌道を修正し、

「うりゃあああっ!」

 ゼロナインは緋角の頭部を貫いた!!

『やった!!』『 Yes!!』

 歓喜のあまり抱き合うもすぐに気付き、失神するダブルオーと慌てて抱き留めるワンゼロ。巫女たちが残敵の掃討に動き始める中、小さな地響きをたてて着地したゼロナインの変身が解け、幸太郎は2人の仲間と佳織を眺めながら尻餅をついた。


3.


 その後、救護車両からバッテリーを受け取って再度変身したゼロナインは妖魔の掃討をダブルオーと共に行った。ワンゼロはここでお役御免となり救護車両で手当てを受けるなか、増援も到着し戦闘は10分ほどで終了した。

 そして冷め切ったグリルドチキンセット――奇跡的に1つだけ、妖魔に踏み荒らされずに済んだ――と自転車を回収した幸太郎たちは部室に戻り、1時間半遅れのクリスマス・パーティーが始まった。

 正直へとへとだったが、ナギサの乱入と美鈴の参加により、パーティーは大いに盛り上がった、と幸太郎は思う。もっともジョンに、

『ナギサがな、あんなに緊張感一杯のパーティー初めてだった、って言ってたぞ』

 と言われたのだが、それはまた後日の話。

 夜9時を回り、幸太郎と佳織は一通りの後片付けを済ませて学園を出た。帰り道の家々が競うイルミネーションを冷やかしながら、手をつないで歩く。ちらちらとこちらを見てくる佳織が、幸太郎にはたまらなく可愛い。

「なあ、そこの公園、寄ってかないか? 門限まで、まだちょっとあるし」

 彼氏の誘いに、満面の笑みで彼女は答えた。

 ひんやり冷たい公園のベンチに並んで腰を下ろす。座ったとたん腕を絡められて緊張気味の幸太郎に、佳織が話しかけてきた。

「コタロウ」

「ん?」

「今日はお疲れ様。ちょっと、かっこよかったよ」

「あ、ああ。ありがと」

 佳織に褒められるなんて久しぶり過ぎて、幸太郎はうまく次の言葉が出てこない。

「最後に飛び上がったときはドキドキしたけどね。ほんとにもう、危ないことばっかり。全然進歩しないよね、コタロウって」

 頬を膨らませて横目でにらむ佳織。この5カ月の間さらされ続けた冷たい目つきとはまるで違う、潤みと熱を帯びた瞳に幸太郎は見とれてしまった。ようやく会話の糸口を見つけたのはしばらく経ってから。

「あのさ、1つ疑問なんだけど」

「ん? なぁに?」と佳織がポニーテールを揺らし、上目遣いに尋ねてくる。

「別に俺と距離を置かなくてもさ、料理の勉強とか空手の稽古とか、できるんじゃないの?」

「だめだよそんなの。あのままだとずるずる流されちゃいそうだったんだもん」

 佳織はそこまで言って、目をそらす。

「だって……ほら……コタロウ、優しいから」

「そ、そうかな? じゃ、じゃあ、そんな優しいコタロウから、はいこれ」

 やっと本題に入れた幸太郎はほっとしながら、カバンからラッピングされた小さな箱を取り出した。

「なに、これ?」

「クリスマスプレゼントだよ。佳織に」

 照れて頭を掻きながら佳織に手渡すと、佳織に当惑顔で開けていいかと聞かれた。もちろん幸太郎に否は無い。

 佳織が開けた箱の中には、ピンクゴールドでできた小さなハートの付いたネックレスと、同じくハートを模した指輪があった。

「これって……!」

「ああ、うん、ほら、佳織、欲しがってたろ? 去年のクリスマスのとき。だから」

 そう。それは去年のクリスマス、普段アクセサリを付けない佳織に初めておねだりされた、幸太郎にとって大事な約束だった。

 まさか、これを買うために……。佳織のつぶやく声を聴いて、幸太郎は開いた手で頭を掻く。

「うん。俺の小遣い溜めても、ちょっと手が届きそうになかったから」

「バカ!」

 どなる佳織の眼には、いまにも涙が溢れそう。

「あんな危険なことして、あんな危険な目にあって……! バカ、バカ」

 ポカポカ肩口を叩かれるのすら、心地いい。公園の防犯灯の薄暗い明かりでも、佳織の顔が真っ赤なのが分かるのに、もっとその顔をよく見ようと幸太郎がのぞきこむ。それに応えて佳織が顔を上げ、瞳を閉じた。そのまま、お互いの顔が近づく。

 恋人たちの甘いひとときを邪魔したのは、幸太郎の携帯だった。それもメールではなく、誰かがかけてきている。いらっと来て通話ボタンを押した幸太郎は、やたらハイテンションな女性の声を聞いた。

『ヤッホー、幸太郎くーん! メリー クリスマァァァァス!』

「弓子さん、切りますよ」

 新しい女名前の登場に佳織の眉が上がるのを見た幸太郎は、慌てて佳織にモニターの関係者であることを説明する。

『幸太郎君、緋角撃破おめでとう! ヒャッホーイ!』

「弓子さん、どこで見てたんです? お姉さんが、弓子はカレシと乱痴気騒ぎの真っ最中だって言ってましたけど」

『なーに言ってんのぉ!』

 酒が入っているのか、弓子のテンションは落ちない。

『無人機が撮影した録画映像で見たんだよー! ランチキ? アハハハハハ! そんなの昼の2時からやってるってば! 男どもが疲れて寝ちゃったから、ホテルに置き捨ててきちゃった。別口で第2部の予定だったのにぃ、いま緊急の会議中なんだよぉ。コータロー君、そゆわけでぇ、会議が終わったらおねーさんを慰めてほしいなぁ~』

 丁重にお断りして、幸太郎は電話を切った。疲れが、どっとぶり返してくる。

「なんていうか、はっちゃけた人、なんだね」

 横で耳を付けて、通話をしっかり聞いていた佳織は呆れ顔。

「ああ、うん」

 幸太郎は渋い顔で、また頭を掻いた。

 じゃあ私からも。メリークリスマス。

 そう囁いて瞳を閉じた佳織に覆いかぶさるように、幸太郎はそっと唇を重ね合わせた。

 2人の頬に、今更ながらの粉雪が舞い降り始めた。

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