第9章 大攻勢~ From the outside ~
1.
12月16日。鷹取屋敷の一室では、妖魔による2年ぶりの大攻勢への対策会議が、警察や自衛隊の関係者も招いて開かれていた。といっても、世間的には鷹取一族の妖魔討伐が認知されていないこともあり、夜8時からの秘密開催である。
この2カ月ほどの猖穴出現位置のマップや出現妖魔の数、戦果と被害、などなど。会議は1時間ほどで終わり、今は鷹取の総領と海原家の当主、参謀長以下の参謀部スタッフが会議室に残っている。
「結局、『総力で対応』で丸投げ、でしたね」
そう発言した海原家の当主予定者は、鷹取の総領よりさらに若く、2年前に大学を卒業したばかりの女性だ。その女性が青黒いロングヘアーを揺らして首を振り愚痴るのを受けて、総領は苦笑いで返す。
「ま、つまるところ私たち鷹取がどう体を張るかだけですもの。あちらさんには、今までどおり立ち入り規制や報道対策をキチンとやってくれれば十分だわ」
この1200年間、為政者たちの妖魔に対する方策は一貫している。
『鷹取家に丸投げして公儀は後方支援を惜しまない』
人外を持って人外を制す、というわけだ。それは銃火器が発達し、妖魔への対抗手段を容易く準備運用できるようになった現代でも変わらない。いやむしろその銃火器による誤射誤爆を恐れるがゆえ、より慎重にならざるを得ない。
総領の発言を聞いていた参謀長が参謀たちに向き直り問う。
「ここまでの妖魔の動き、どう見る?」
問いかけに応えて男性参謀が1人、挙手をした。
「ある程度の様子見をしてきているのではと推測します」
その発言に、対面に座っている男性参謀が反論する。
「これだけの規模で、兵力の逐次投入だというのかね? この地域だけじゃない。全国規模で件数が増えているんだぞ? 本格攻勢の前触れだと思うな、私は」
「副参謀長の意見は?」
男性参謀2人の発言を機にいくらか論戦が続いたあと、参謀長が自分の右隣に座る女性を指名した。
「本格攻勢の前触れ、という推測を支持します。このマップデータをご覧ください」
副参謀長が手元の端末を操作すると、この2ヶ月の発生位置と出現妖魔数が1週間単位で色分けされてスクリーンに表示された。週が進むごとに、位置も数も増えていく。
「なるほど。“威力偵察”というわけですね」と海原家の当主がいちはやく理解を示した。
威力偵察とは、ある程度まとまった戦力を敵の勢力下に限定的に侵攻させ、それに対する敵の対応時間や迎撃兵力などから敵の総戦力を測る、戦術上の選択肢の一つだ。
これまでの経験で、疫病神が妖魔を大量に速成できないことはわかっている。しかし、妖魔を捨て駒として使える疫病神にとっては痛くもかゆくもない戦術オプションだろう。
副参謀長の補足は続く。
「はい。さらに、緋角がこの2カ月間、週1でわざわざ場所と曜日を変えて出現しています。我々の対応が取りにくいタイミングを計っているのものと推測します」
副参謀長の示した情報に、会議室はしばし沈思黙考の態となった。やがて男性参謀の1人がやや嘆き節で口を開く。
「それにしても、敵の数が多いです。やはり8年前のあれが原因なのでしょうか」
男性参謀が眉をひそめて語る8年前のあれ。それは、弓子があえて幸太郎たちに語らなかった、疫病神顕現の際のアクシデントであった。鷹取の総領が机に肘を突き、眉間にしわを刻む。
「まったく、栗本め、余計なことをしてくれたわ」
栗本。戦国時代に族滅したはずの分家、山澤家の末裔を名乗り、禁断の秘術を駆使して疫病神を地獄の牢穴から引っ張り出した男。
彼の使った秘術により牢穴の口が広がってしまい、疫病神が現世に妖魔を送りこみやすくしてしまっていた。顕現から8年。牢穴の修復は進んでいないようだ。
「おまけに、私の大事な旦那様に深手を負わせて――」
「総領様?」
副参謀長が、ぎりぎりと歯軋りをする友人の頭を指差す。
「ツノ、伸びてますよ」
鷹取の総領の前頭部、整えられた赤黒い髪の間から、2本のツノがにょっきりと伸びていた。それは4年前、栗本との最終決戦の際、のちの“旦那様”を得る代わりに失ったものの代償であり、ヒトでなくなった証。
「いいの! 旦那様に撫でていただけば縮むんだから!」
総領のむくれ顔が、外から聞こえてきた音に反応してぱあっと輝く。それは敷地内巡回バスが正面玄関前に停車した音であった。
「帰っていらしたわ! じゃあ、あとはよろしくね」
既に統率者から妻の顔に変わった鷹取の総領は、一同への挨拶もそこそこに、いそいそと会議室を出て行った。
残された参謀長以下一同は、もはや慣れた様子で総領不在の検討を進める。ちなみに参謀長は鷹取家の男性長老に対する充て職で、重要な会議を主催すること及び高レベルの判断に決裁印を押すための存在であり、実質的なトップは副参謀長ということになる。
その副参謀長が主導した検討は小1時間ほどかかった結果、『今月後半から年末にかけて本格攻勢の可能性高し』という結論に達して、会議は閉じた。
2.
12月24日。終業式も終わり、学園は冬休みに入った。今日は英語演劇部恒例のクリスマス・パーティだ。夕方6時の時報がつけっぱなしのFMから流れてくるなか、部員たちは部室のセッティングに勤しんでいる。
「まったく、なんでイヴをお祝いするんだろうな?」
「まったくだわ。マンガやアニメも、そこの説明だけはないのよね」
米英コンビもこういう愚痴だけは気が合う。だが協調関係はすぐに終わり、やれ飾り付けが下品だの、机の配置が悪いだのと口げんかが始まった。その米英間の口撃を縫って、久美が盛り付けた料理を机に並べていく。
「うわ、今回もマジでうまそう!」
ジョンと一緒にクリスマスツリーの飾り付けを直していた幸太郎が、ヨダレを垂らさんばかりの勢いで料理を見つめる。久美が入部して以来、なにかしら理屈をつけて開かれるパーティの料理は、久美が一手に引き受けていた。
「あ!」
メアリの眼が驚愕に見開かれる。幸太郎が料理の一つをつまみ食いしたのを目撃したのだ。
「うん! うまい! 久美ちゃん、また腕が上がったんじゃない?」
そこまで褒めて、幸太郎は、部室内にいる全員が幸太郎をにらんでいることに気付いた。
「ん? なに? 俺、なにか――「こ!の!ぉ!激烈バカ!!」
疑問を感じながらもう1つ料理をつまもうとした幸太郎の後頭部に、綾が溜めを作った右拳が炸裂する。
「今日のは全部、佳織が作った料理なの! つまみ食いしちゃダメでしょ!」
「え? マジ?」
痛む頭をさすりながら、呆けた表情を見せる幸太郎。
「お前、聞いてなかったのかよ。このあいだ、そういう話してたろうが。みんなで」
ジョンは心底呆れたという顔だ。
「でもなんで、それがつまみ食い禁止になるんだよ」
ダメだこりゃ。幸太郎の反論を聞いた全員の表情をセリフで表すと、きっとこうなるだろう。
「バカだバカだと思ってましたけど、骨の髄までいっちゃってるんですね」
久美が心を傷めた様子で胸に手を置き、ため息をつく。それに反論しようとする幸太郎のこめかみを、綾が拳骨で挟んだ。そのままぐりぐりと拳をねじ込む。
「佳織の目の前で食べて! 褒めてあげるのが筋でしょこの甲斐性なしがぁぁぁ!」
「痛い痛い痛い!! 久美ちゃん助けて!」
「不本意ですが、お断りします」
久美はすげない。
「そのまま綾さんに頭割ってもらって、中に詰まってる削り節を取り除いたほうがいいですしね」
「久美、それ削り節ちゃう。おがくずや」
1年生女子による掛け合いと幸太郎の絶叫すら聞き流し、ジョンは柱時計を見やる。佳織はたしか、チキンを取りに街中の店に行ってるはず。
「ちょっと遅いな」
そうつぶやいて、ジョンは携帯を取り出した。
3.
日もとっぷり暮れたなかを、佳織は重い荷物に難儀しながら自転車を押していた。
思いのほか店が混んでいて受け取りに想定外の時間を要しているうえに、そもそもグリルドチキンセット3つは女の子の運べる許容範囲を超えている。そう思って自転車で行ったら帰途すぐにパンクしてしまう体たらく。
しかたなく、普段なら通らない廃工場のだだっぴろい空き地をショートカット中だ。
(やっぱり、素直に頼めばよかったかな)
佳織の脳裏に幸太郎の顔が思い浮かぶが、ポニーテールをぶんぶん振って追い払う。
(ふんだ。メアリとよろしくやってればいいじゃない。バカ)
佳織は、幸太郎が、自分に隠れて何かをするのが嫌なのだ。それは、幸太郎と付き合うときに伝えてあったはずなのに。
(バカ バカ バカ)
自然と零れてくる涙を拭った時佳織は気付いた。以前体験した、あの異様な雰囲気に。
聞き覚えのある咆哮に思わず右を振り向いた時、佳織の身体も表情も硬直する。空き地の奥に開いた猖穴から、妖魔が這い出ようとしていた。
「分かった! すぐ行くから逃げて! ……ああもうチキンなんかどうでもいいから!」
ジョンの急を告げる声に部室の喧騒は止んだ。イジられてヘコんでいた幸太郎が精悍な顔つきに変わる。
「佳織か」
「ああ、道場近くにある工場の跡地に妖魔が出て、カオリちゃんが追われてる!」
「行くぞ! ジョン!」
幸太郎はカバンごとサターディアを掴むと、走り出した。ジョンも続く。
「美鈴? 工場跡地に妖魔が出たって、いま幸太郎先輩と植民地の小せがれが駆けてったわ。佳織先輩が襲われてるみたい」
メアリが美鈴に電話している。久美が、幸太郎たちに開けっ放しにされた部室の出入り口を見つめて言った。
「ああいう反応は早いですよね、コウ先輩って」
「そうね」
綾は複雑な表情をして、それきり黙した。
4.
走って、走って、つまづきそうになって、また走って。幸太郎が工場跡地に到着した時、佳織は地に倒れ付していた。抱き起こして揺さぶると、うっすらと眼が開く。
「ん……幸太郎?」
「大丈夫か?」
「頭と脚に……何かが当たって」
幸太郎が佳織の右脚を見ると、血が流れている。その時咆哮と共に、金剛がコンクリートの壁を蹴り上げた。2人を襲うコンクリートの破片を、幸太郎は佳織をかばって背中で受ける。
「幸太郎! ……大丈夫?」
ああ、と力強くうなずいて幸太郎は佳織を腕から下ろし立ち上がる。金剛が近づいてきている。
「てめぇ……よくも俺の佳織を傷つけやがったな!!」
幸太郎は金剛をにらみつけ、赤いサターディアを腰に巻きつかせる。
「変身!」
コールと同時にサターディアを叩き込み、黒色の装甲をまとう。眼の発光と同時に、勢いのいい起動完了のメッセージが幸太郎を煽る。
《タイラント、起動! さあ、いきますよ、マスター!》
「綾の声……」
その声に佳織は唇をかむが、幸太郎――ゼロナインはもう既に金剛へと向かっていた。既に変身していたワンゼロと、金剛を攻める。
ゼロナインの機体は、初戦闘の時より格段に挙動が良くなっている。先日来の部員たちとの会話をバイオセンサーが感知し、好感度を勝手に上げていたのだ。現に今金剛が繰り出したチョップによる唐竹割りを、かすらせながらもいなすことに成功した。
だが、体の泳いだ金剛を捕まえてワンゼロが膝蹴りを叩き込んだ時、ふと猖穴のほうを見たゼロナインは、驚愕のあまり声が上ずるのを抑えることができなかった。
……5、6、7……
「ウソだろ、ウジャウジャ出てきちまったぞ! 緋角まで……」
緋角を先頭に、妖魔が這い上がってきている。その数、少なくとも10体。敵がついに勝負をかけてきたのだ……!
『ゼロナイン! ワンゼロ! 一旦引きなさい! 早く!』
男性参謀の声すら聞き取りにくくなるほどの咆哮が耳をつんざく。棒立ちになったゼロナインの前に、ワンゼロが立った。
『コウ。カオリちゃんを連れて、逃げろ』
「ちょ、バカ言うな!」
ゼロナインの制止は根拠のないものではない。期末テスト後もそれなりに2人は実戦を重ね、2人がかりでなら最終攻撃なしで長爪を倒せるまでになっている。逆に言えば、まだまだ多勢に無勢ということなのだ。もちろん単独での無双など夢のまた夢、であることは言うまでもない。それでも。
『へっ。いいから、ここはオレが食い止める。任せろよ、マイフレンド』
近づいてきた金剛を殴りつけて地に這わせ、ワンゼロは見得を切る。
「――すぐ戻るから。それまで、死ぬなよ」
『おう! オレはナギサの腕の中で死ぬって決めてんだ!』
《なにバカなこと言ってるんですか! マスターは死なせません!》
アプリのほうの《ナギサ》が叫ぶ。ゼロナインは少しだけワンゼロを見たのち、踵を返して佳織を背負って退却した。背後に、闘いの音を聞きながら。
戦場から5分以上は走ったところで、鷹取の紋が付いた救護車両と合流し、ゼロナインは佳織を引き渡した。車両の脇をパトカーに先導された人たちが、ゼロナイン達を不思議そうに見ながら通り過ぎる。走りながらの通信によると既に『工場跡地に立て篭もり事案発生』として周辺は警察が封鎖し、住民の避難誘導を始めているようだ。
『幸太郎!』
佳織が、すぐに戻ろうとしたゼロナインの腕を取る。
『行っちゃうの? あんな、あんな――』
「ああ。ジョンを助けに行かなきゃ」
なおも腕を放そうとしない佳織の、空手をしているとは思えない華奢な白い手を、できるだけ優しくゼロナインは腕から外した。
『やめて! どうして戦うの?』
「前に言ったろ」
フェイス・オープンして、幸太郎は笑った。
「お金が欲しいから。それに――」
なおも何か言おうとする佳織を制して、幸太郎はにっと笑う。
「結構楽しいんだぜ? これ。痛いし、命令はむちゃくちゃだけど、な」
そう言うと、幸太郎――ゼロナインは佳織に背中を向けた。“09”が次第に佳織から遠ざかっていく。
「大丈夫。幸太郎さんは、死なせません」
幸太郎の後ろ姿を悄然と見送っていた佳織に声がかかる。いつの間にか、佳織の隣に美鈴がいた。
「幸太郎、さん……?」
佳織が怪訝そうな顔になるのを構わず、美鈴は変身する。
《起動完了! いけるぜ、マスター!》
「っ!」
なぜ、美鈴の機体から、幸太郎の声が。
佳織の疑問を置き去りにして、ダブルオーもまた走っていった。
5.
とにかくこの敷地から妖魔を一歩も出さないこと。ワンゼロの目的は、そのただ1つ。
寄せては返す波のように、妖魔は繰り返し複数で襲ってくる。攻撃をかわし、脇をすり抜けようとする奴を蹴り飛ばし、正面切って向かってくる奴は殴る。ワンゼロは休む間もなく、まさに鬼神の如く戦い続けている。
おかげで、バッテリー残量はあと2分。
《この! 死ね!》
《ナギサ》は裏でバッテリ管理に専念し、《綾》が挙動を担当している。でも、やっぱりいささか動きが合わない。長爪のラッシュを受け流そうとしたが、右肩にもろに食らってしまった。ここまでにいろいろ食らって、体中が痛い。
ワンゼロのコンバットアプリ選択は裏目に出てしまった。
打撃支援アプリ《綾》は『殴られる前に殴れ』という攻撃偏重型で、防御にもウェイトを置いてくれるバランス型である《久美》と比べて、敵からの攻撃への対応が後手に回りがち。
《ナギサ》は現在ジョンと一番相性のいいコンバットアプリだが、本職はバッテリマネジメントなうえ、オリジナルのナギサに武術の心得がないため攻防への上積みがほとんどない。
よって、装着者であるジョンのスタイルにも合う《綾》で戦ったのだが。
(こんなことなら、もうちょっと真面目に攻略しとくんだったぜ)
ワンゼロはそう後悔しながら、左を抜けようとした長爪に裏拳を叩き込む。が、逆側にいた金剛のボディブローがワンゼロを直撃!
「ぐっ!!」
とっさに《綾》が装甲を操作したが間に合い切れず、吹き飛ばされたワンゼロは身体をくの字に曲げて前のめりに倒れた。肺の空気を全て吐き出させられて、おまけに口中に苦い胃液までこみあげてくる。
腹を抑えて起き上がれないワンゼロに、勢いを得た妖魔が迫る。バッテリの残りあと42秒。
「ナギサ…… sorry 、な」
ジョンは目を瞑った。
『なに勝手に死んでんだよ!』
通信の直後に頭上で轟音がして、ワンゼロは顔を上げた。覆いかぶさろうとしていたはずの金剛が、他の数体を巻き添えにして吹き飛んでいる。
振り返ると、ゼロナインとダブルオーがいた。ダブルパンチで金剛を吹き飛ばしてくれたようだ。
『悪りぃ、遅くなっちまったな。……えーと、マイフレンド』
「いや、ソコはためらうなよ」
痛みに耐えながらワンゼロは起き上がり、ゼロナインと拳を合わせる。そこまでが限界で、バッテリ切れによりワンゼロの変身は解除された。
「少し休んどけよ。後は任せろ」
「そうです。いま、救護車両が来ますから」
気遣う2人を制して、ジョンは爽やかに笑う。こういうのは休むと動けなくなるからな、と。
ポーチから予備バッテリを取り出し、交換する。そして、変身! 再び黒色装甲に包まれたジョンは右腕をぐるりと回すと、その勢いのままゼロナインのほうに右拳を向ける。
「さあ、行くぜ、マイフレンド!」
ゼロナインと勢いよく拳を打ち鳴らし、ワンゼロはダブルオーにも拳を向けた。
『あ……はい! My friend ……ですね』
ワンゼロとゼロナインの拳がぶつかっていい音を立てるのを見て、ゼロナインが吹き出す。
『なんで美鈴ちゃんの方が発音がいいんだよ、アメリゴ人』
「細かいこと言うな! ウナバラさんに嫌われるぞ!」
『~~~!!』
ジョンの予想通り動転したダブルオーは、背後から忍び寄っていた長爪をソバットで蹴りつけ、吹き飛ばしてしまった。
6.
『参謀部より学園組に伝達。あと8分で増援が着きます。それまで、持ちこたえてください』
男性参謀の落ち着いた声が通信機から聞こえてきたのは、しばらく妖魔とやり合ってからのこと。続いての説明によると、都内各所で“猖穴”の出現が起きており、都内在住の巫女は総出で対処中。県境付近の“猖穴”は近隣の県からの増援を得て対処中。
こういった敵の本格攻勢のときに指揮官席に座る海原家の当主予定者である女性も、鎮圧に駆けずり回っているとのこと。それゆえ先の指示になるのは分かるのだが。
「はいはい。なんか、参謀さんにも弓子さんにも『持ちこたえて』しか言われないですね」
ゼロナインが《久美》にスイッチして黒棒で長爪と対峙しながらぼやく声に、現場への到着が早すぎるのよと副参謀長が笑う。指揮官が出陣中のため代理として忙しいはずなのに、余裕のある声音はなんとなく安心感がある。
『そういえば、ミス・ユミコは?』
ワンゼロが緋角の光弾をかわし、長爪に拳を叩き込みながら質問すると、副参謀長の、今度は達観したような声が聞こえてきた。
『今日がなんの日か知ってるでしょ? 今頃ホテルの部屋でカレシ4人と乱痴気騒ぎしてるわよ』
Wao ……とオーバーリアクションで肩をすくめるワンゼロ。ダブルオーの呟きが聞こえる。
『……カレシ4人……ランチキ……』
「――って、ダブルオー! なんで硬直してんの?!」
ゼロナインは、ダブルオーを爪にかけようとした長爪に黒棒を突き込んで追い払った。
『あ、ご、ごめんなさい! こうた……じゃない、ゼロナイン』
律儀にぺこりと頭を下げると、ダブルオーはゼロナインを殴りつけようとした金剛の前に、お返しにとばかりに立ちふさがる。そのまま金剛の腕を取ると、重いその図体をものともせずきれいに一本背負いを決め、金剛を地面に叩きつけた。
ダブルオーの次の標的は手近にいた長爪。ワンゼロに気を取られているそれに走りより、右ストレートを繰り出す。間に合ったかに見えた長爪の防御は砕け、腕が折れた長爪は苦痛の絶叫をあげたが、返しの左フックで顔の下半分を吹き飛ばされ、膝から崩れ落ちた。
「なんか、強くなってないか? ダブルオー」
自身も金剛の左肩を痛打しながら、ゼロナインが驚嘆する。
『当たり前よ。恋する乙女は強いんだから。メインアプリも変わったし、ね、ダブルオー?』
副参謀長の明らかにニヤけた声が聞こえ、またダブルオーが硬直したぞ?
「え?! 美鈴ちゃん、カレシいるの?」
と呆けた後頭部をワンゼロにドツかれ、嘆かれた。
『お前の頭ん中って、本当におがくずとおっぱい星人しか詰まってないんだな……』
「詰まってねぇよ!」
『あら、じゃあ私も、幸太郎君の彼女候補に加えてもらえるのかしら?』
副参謀長の、弓子とは一味違う色気のある囁きが通信機越しに届いた。
『さ、コメディパートはここまでよ』
なにやらワタワタしているダブルオーを放置して、副参謀長の声色が変わる。
『作戦を説明します。2分後に巫女6名が、猖穴と緋角のあいだに展開します。展開と同時に、そのうち2名は穴を塞ぎ、残りの4名は緋角たちを抑えます。あなたたちはその4名とともに妖魔を挟撃してください』
「了解」と答えたものの、ゼロナインは疑問を拭いきれない。この敷地、サッカーコートが8面は優に入るように見える広大なもの。緋角と妖魔たちは前掛かりで攻めてきているため猖穴との間はたしかに空いているが、どうやってそんな短時間で展開するんだ?
その答えは、空からやってきた。タンデムローターのヘリが1機、ゼロナインたちの後方から上空をフライパスする。
『ジエータイ? Marine Corps?』
『いえ、うちのヘリです!』
旋回してきた海原家のヘリは、高度を保ったまま、今度は進入方向に対して垂直に戦場を横切ろうとする。そのヘリの、後部ランプドアが開いて――
「飛び降りた?!」
ランプドアの端を蹴って、女性が次々に飛び降りてくる。
『 What's happened?!』
『大丈夫です! “羽衣”で着地しますから』
ダブルオーの説明どおり、女性――鷹取や海原の巫女たちが、飛び出した後すぐ右手を何もない空中にかざすと、鈍く光る帯のような“羽衣”が現れた。それを女性たちは掴み、地面のほうへ導くと、“羽衣”は膨らんで大きなクッション状に形を変える。
空中で前転して足から着地した巫女たちはそのクッションに守られ、つんのめりそうになった1人以外は全員瞬く間に展開を完了してしまった。
「でたらめにもほどがあるぜ……」
あきれてゼロナインがつぶやいた時、緋角が向きを変え始めた。猖穴を塞がれることに気付いたらしい。ダブルオーから指示が来る。
『そうはさせない! 我々はワンゼロをフォローしつつこちら側の敵をクリアします!』
残りは緋角を除いて長爪3体、金剛4体。いずれもここまでの戦闘で、すべて手負いだ。こちらはワンゼロが、先のダメージが当然ながらまだ抜けていない。
「よっしゃ! 気合入れていくぜ!」
《不本意ですがマスター、バッテリ残量が僅少です。交換を推奨します》
《久美》のコメントに気勢をそがれてモニターを見ると、あと3分弱しかない。
「あ、さっき佳織を送ってったからか……」
『交換してください。援護します』
ダブルオーがワンゼロと共にゼロナインの前に立ち、妖魔を引き受ける。
ゼロナインはいったん変身を解除し、予備バッテリとの交換を始めた。汗と焦りでなかなか蓋が開かず苦労したが、なんとか予備バッテリを押し込んで、サターディアを起動。腰に巻きつかせる。
「よし! いくぜ! 変身!」
黒色の流体金属装甲が全身を包み、幸太郎をゼロナインへと変身させる。拳を握り、開き、また握る。そして駆け出そうとした時――
『幸太郎!』
振り返るとそこには、佳織がいた。
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