第6章 それぞれの暴走

1.


 12月11日。何かと気鬱な期末テスト週間は、ついに終わった。その昼休み、幸太郎とジョンは屋上で、あいもかわらず寝転んで昼飯がてらのダベりをしている。さすがに寒いが、教室でできない会話はここでするしかない。

「ジョン、お前、どうだった?」

「いやぁ、地獄だったぜ」

「そうか、だめだったか……」

 この時期の話題は、もちろんテストの出来だ。自分のことは棚に上げて、本気でジョンの行く末を案じ始めた幸太郎の顔を見て、ジョンが笑う。

「違う違う、ことのほかうまくいったぜ、テストはな」

「? じゃあ、なにが地獄なんだよ」

「お前が送ってくれた期末対策を見てたことが、ナギサにバレちゃって」

「ああ……」

 期末試験開始の2日前。佳織から“ Tyrant ”用アンケートデータが送られてきた、と専用サイトからメールがあった。そして、幸太郎のパソコンには、一言『バカ』とだけ書かれたメールに『バカなコタロウでもできる期末試験対策.zip 』が添付されてきたのだ。

 佳織がくれた対策のおかげで、今回の期末テストは幸太郎も今までよりはましだった気がする。

「おまけにな」ジョンのぼやきはまだ続いていた。

「パペットにうちの部活の子が混じってるだろ。それを見られてさ」

 幸太郎はジョンのどことなく嬉しそうな困り顔を、つくづくと見やる。

「……ナギサちゃんって、けっこう嫉妬深いんだな」

「カオリちゃんだって相当なもんだと思うぞ」

「そういやそうだったな。けど、なんでそこで佳織が出てくるんだ?」

 今度はジョンが幸太郎の顔をまじまじと見て、深いため息をつく番だった。

「なんだよ」

「……なあ。最近さ、カオリちゃんとアヤちゃん、おかしくないか?」

 ジョンの質問に幸太郎は最近の2人を思い起こすが、特になにか揉めていたようには思えない。

「なんていうか、緊張感があるんだよ。ナギサもそう言ってたし」

 ジョンが真顔で問うてくる。

「あの日、なにがあったんだ?」

 “あの日”とは、空手の試合のあった日のことだろう。

「別に。あの日の夜、弓子さんとのブリーフィングで話したとおりだよ」

 同時に嫌な記憶がぶり返し、幸太郎は顔をしかめた。弓子にガッチリ説教されたのだ。

『タイラントの装甲なら、金剛の攻撃を2発か3発は耐えられるわ。それを放棄してどうするの! ギャンブルも大概にして! 死にたいの?』

 ジョンもあやうく説教されるところだった。武道場にサターディアを持ってきていなかったのだ。だがそれは、道場のきまりで『携帯ゲーム機持ち込み不可』であることを説明し、事なきを得ていた。

「はぁ……ま、テストも終わったし、今日からまたモニター生活だな」

 期末テストの前と期間中はさすがに戦闘もキャラ攻略も免除されていた。おかげで、サターディアに触れてすらいない。

 部屋に帰ったらまず、佳織と綾のデータを取り込まなきゃ。幸太郎は眼を閉じ、今日の予定を反芻する。そんな幸太郎の仕草にかまわず、ジョンが話しかけてきた。

「コウ。お金、溜まったか?」

 ジョンの心配顔に、足りないな、と眼を開けた幸太郎はため息をつく。

「悪りぃ、貸してくれ」

「ああ。俺のことは気にすんな。Take it easy ! だぜ」

 いつもながらの気のいい返事。ジョンは気持ちのいい男だ。

「そろそろ買いにいくんだろ? 明日、持ってくるよ」

 幸太郎はジョンの好意に、素直に頭を下げた。

 


 ジョンが教室への帰りに、前々から疑問に思っていたらしいことを聞いてきた。

「そういえばさ、コウを助けてくれた女の人って、鷹取の、えーと、トウリョウだっけ?」

「総領様だよ」

「ああ、それそれ。その人、すっげぇ強かったんだろ?」

 そう言われて、幸太郎は思い出す。あの柔らかい声と微笑みに実にアンマッチな、圧倒的な攻撃。そもそもいつの間に幸太郎たちのそばに来たのかまったく分からなかったことも含めて、佳織や綾も不気味がっていた。

「えーと、鬼のチカラだっけ、そんなのがあるならさ、なんで、ウナバラさんはタイラントで戦ってるんだ?」

 ジョンの問いかけに答えられない幸太郎だったが、そう言われてみれば不思議な話ではある。

「そうだよな。なんか、あっちのチカラで戦ったほうがいい気がするよな。飛び道具もあるしさ」

 説明会の場で美鈴が見せてくれた“月輪”を思い出しながら、幸太郎は頷いた。

「あれ、いいよな。“緋角”とかいうの以外は、向こうも飛び道具ないらしいしさ」とジョンも応じる。

「うん。それに正直な話、タイラントとしてはジョンのほうが強くね?」

 幸太郎がそういって笑った時、背後で息を呑む音が聞こえた。

 振り向くとそこには、階段の上がり端にある教室の角に隠れた美鈴がいた。角からのぞく美鈴の左目から、涙がじわりと溢れる。そのまま美鈴は消え、階段を駆け下りる足音を幸太郎が聞いた刹那、背中をぶたれた。

「コウ! 追いかけるぞ!」

 急かすジョンと共に美鈴の教室まで行ったが、美鈴は姿を現さなかった。体調不良で早退したと知ったのは、久美からの怒りのメールによってだった。

 そして放課後の部室。幸太郎とジョンは久美に、これでもかというくらい締め上げられた。普段は朗らかなメアリにまで、にらまれている有様。すでに正座させられて20分経過。足も心も痛い。

「まあまあ。美鈴ちゃん、だっけ? その子が隠れて聞いてるなんて、2人とも思わなかったんだし」

 綾のフォローは久美にはねつけられた。そういう問題じゃないんですと言う久美の背後に、またも怒気の陽炎が立ち昇る。

「久美ちゃん? ちょっといいかな?」

 佳織が剣呑な目つきで久美に問う。なんで、そんなに怒ってるの、と。

「佳織さん。分かって聞いてるんですよね?」

 久美のその回答は、幸太郎にはさっぱり意味が分からなかった。佳織が、そして綾とジョンまで顔色を変えるのを眺めながら、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つのみであった。


2.


 夕方。ようやく説教から開放されて、ふらふらで幸太郎は自室に帰ってきた。ベッドに寝転んで全てを投げ出したいのを、ぐっとこらえる。

「なんだってんだ、いったい……」

 久美のあの一言が部室に恐慌を巻き起こした。それくらいは、鈍い幸太郎でも分かる。

 いつにも増して眼の端を吊り上げ、いまにもキれそうな佳織と綾。

 天を仰ぎ、なるほどな、と誰に言うともなくつぶやくジョン。

 なにやらヒソヒソと話し込んでいる久美とメアリ。

 その誰に聞いても、『いや別に』。

「まあいいや、取りあえず、佳織と綾のデータだな」

 パソコンを起動し、サターディアを充電がてらUSBで接続する。タカソフの会員専用サイトのさらに奥、『VIP会員様専用』にアクセスし、すでに送信されてきていた佳織と綾のデータを筐体に取り込む処理を開始する。

 両方で30分ほどかかるとモニターに表示が出たため、寮の夕食を食べに行って戻ると、無事に取り込みに成功していた。

 さっそくあの草原を確認する。元気に跳ね回り、久美のパペットとデュエルしたり、メアリに髪をくしゃくしゃにされて空に逃げられ発狂している綾のパペット。そして画面の脇に、幸太郎は見つけた。いや正確には、違和感を、だが。

「あれ? なんでこんな色に……」

 幸太郎が佳織のパペットに触れようと液晶画面に指を伸ばしたとき。サターディアが電子音を発する。参謀部からの緊急連絡だ。幸太郎は舌打ちをすると、通話ボタンのほうに指を滑らせた。



 夜7時。幸太郎とジョンは鷹取家の車両に乗せられて、学園がある市中央部から30分ほどの、市東部の河川敷に来ていた。妖魔が多数現れたため討伐の増援に呼ばれたのだ。警察による封鎖を越え、寒風吹きすさぶ川原に降り立つ。

「よし! 行くぜジョン!」

『お、おう』と先に変身したワンゼロが、戸惑っている。

「ん? どうした?」

『いや、ダブルオーがいないな、と思って』

『ダブルオーは自宅待機よ』

 弓子の声が、幸太郎の持つサターディア脇のスピーカー越しに聞こえた。なんだか弓子の声も怒っているように聞こえるのは被害妄想なのか。幸太郎はそう思いながら変身した。

《タイラント、起動!》

「え? 綾?」

《なんですかマスター? わたしでは不満ですか?》

 モニター上で、綾のパペットがむくれている。

「いや、別にそういうわけじゃ――」

『佳織ちゃんのアプリは、起動不可になってるわよ』

 先回りした弓子の言葉に、幸太郎は戸惑った。

「ちょ、どうしてですか?」

『いいから! 戦闘開始!』

 弓子は強引に会話を切ってきた。幸太郎は釈然としないまま、既に始まっている戦闘へと身を投じた。敵は長爪2体、金剛3体。こちらは鷹取の巫女2人、海原の巫女1人。

 長爪の1体に走りより、右正拳突きを打ち込む。鷹取の巫女に気を取られていたその長爪は、見事にゼロナインの拳を食らい、吹き飛んだ。

(やっぱ、殴る蹴るは綾のほうがうまいんだな)

 そんな感想を抱きながら、別の金剛が繰り出した裏拳を、ゼロナインは機体任せで後ろに飛んで回避する。着地が乱れてバタついたゼロナインに別の長爪1体が迫るが、鷹取の巫女が月輪で牽制してくれたため、ゼロナインは体勢を整える余裕を持てた。

「今度はこっちか!」

 ゼロナインは筐体のDボタンを押して《久美》にスイッチ。黒棒で長爪に挑みかかり、1体には防がれたものの、もう1体の横っ面を張り飛ばすことに成功。ぐらついたその長爪を、鷹取の巫女が赤白い光の刃で袈裟懸けに切り下げた。

 一方、ワンゼロはゼロナインの20メートルほど西で、海原の巫女1人と共に金剛2体と対峙していた。海原の巫女を襲うと見せかけた金剛の蹴りがワンゼロを襲う。

「おおっと!」

 装甲を《ナギサ》が厚くして対応し、防御の構えを取るワンゼロ。だが、海原の巫女がワンゼロの前に手を差し出す。

 海原の巫女の襟に漂う『羽衣はごろも』と呼ばれる帯。鷹取の血力で作り出した鈍く光るそれが手に従って伸び広がり、金剛の蹴り足を包んで勢いを完全に殺した。

 その巫女が攻守を入れ替え、金剛に殴りかかる。青白い光の壁が金剛に叩きつけられ、死亡寸前の金剛がたどり着いた先、そこはワンゼロの攻撃範囲。目一杯体重と勢いを乗せた右回し蹴りを食らい、金剛は地面に叩きつけられて動かなくなった。

 金剛のもう1体はとワンゼロが振り向くと、鷹取の巫女が2人がかりで月輪を乱れ撃ちして切り刻んでいる。

 残る長爪1体に、《綾》に戻したゼロナインが最終攻撃を発動!

「行くぜ、綾!」

《 Final Resolution!》

 右拳に溜めた光を、鷹取の巫女が長爪に作った胸の傷に拳ごと叩き込む。長爪は爆散し、戦闘は終了した。


「お疲れ様」

 変身を解除した幸太郎とジョンに、鷹取の巫女の1人が声をかけてくれた。お疲れ様でした、と返し、幸太郎はおずおずと切り出した。

「あの、1つ、教えてほしいことがあるんですけど」

「ん? なにかしら?」20歳前後と思しきふくよかな女性は、快活に応じてくれた。

「あの、皆さんって、その、いわゆるお金持ちのお嬢様、ですよね?」

 幸太郎の問いに女性は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに仲間と一緒に笑い出した。

「うふふ、そうね、世間的には、そうなるわね」

 揃って水準以上の美女たちに笑われて赤面しながら、幸太郎はかねてから聞いてみたかった質問を続ける。

「どうして、戦うんですか?」

「! そうね」

 女性は即答した。

「鬼の血が騒ぐから、かな。それにね、ウチも海原も『働かざる者食うべからず』って家訓だから」

 ちゃんとお手当ても本家から貰えるのよ。そう言って、女性は屈託なく笑う。長爪の攻撃を『羽衣』でもかわしきれず、腕に怪我をした女性も。幸太郎もつられて笑いながら、そんなものなのかな、と違和感を感じていた。

『タイラントの2人はすぐに車に乗って! 別の場所に妖魔が出現したの!』

 そんなところに弓子から入った突然の通信。幸太郎とジョンはヤレヤレという顔をしたが、続いた通信に顔色を変えた。

『美鈴ちゃんが1人で戦ってるのよ! 急いで!』

 慌てて車に駆け寄る2人。だが。

 背後から放たれた光弾が車両を直撃! 燃え上がる車の熱気を避けて地面に伏せた2人の背後で、鷹取の巫女が唇をかんだ。

「緋角……!!」

 猖穴から這い上がってきたのは、6足を配した腰部に人型の上半身を乗せた姿の、全高5メートルほどの妖魔。疫病神による現世侵略の指揮官的位置にあるとされる、緋角ひかく

 その頭部左右に生えた一対の角が発光し、光弾が打ち出された。かわしきれなかった海原の巫女の足にそれは命中し、巫女は悲鳴と共に倒れ付す。緋角と同時に、長爪と金剛も2体ずつ這い上がってきている。

「コウ! 変身だ!」

 ジョンの反応は素早かった。

「変身!」ワンゼロは倒れた巫女を救い出すべく走り出す。美鈴の安否を気遣いながら、幸太郎は腰に着けたポーチから予備バッテリーを取り出して交換せねばならない。もどかしい時間をすごしたのち、幸太郎はやっと変身できた。

『今、増援を呼んでるわ! できるだけ持ちこたえて』

 弓子の指示は、相変わらずの無茶振りだ。

「総領様は? あの人なら――」

 ゼロナインの言葉を受けて、弓子に声の似た女性――以前ふと聞いたところによると、姉で、副参謀長だという――は断言した。

『総領様は、この程度の敵ではお出ましにはならないわ。この間はたまたま近くにいらっしゃったからよ』

「ちょ、どうしてですか?!」

『私が全部やっちゃったら手下が育たないじゃない、だそうよ』

 弓子のあきらめ口調に、ゼロナインは納得がいかない。

「そんな無茶苦茶な! 海原さんのほうにも援軍が行ってるんですよね? こちらにも本当に援軍が来るんですか?!」

 副参謀長の声色が厳しさを増す。

『ゼロナイン。ワンゼロを援護しなさい。ダブルオー不在の場合、あなた方の指揮権は参謀部にあります』

「納得できませんよ! 俺たちに死ねって言うんですか? そんなの嫌です!」

『あらあら。命令不服従は、夜明け前に銃殺よ?』

 副参謀長の声が、ゼロナインの返答を聞いた途端にさっきまでとはうって変わって楽しげなものに急変する。

「へっ、なにが銃殺ですか! そんなの、この日本でできるわけないじゃないですか!」

 鼻で笑ったゼロナインだったが、副参謀長の次の言葉は、彼に言葉を失わせた。

『そう、社会的に許されないわね。だから銃殺した後、あなたの社会的存在を鷹取と海原の力で消し去るのよ』

 あまりにも楽しそうに言われ、ゼロナインは動揺する。

「な……っ……!」

『人の命はお金より重いわ。でもね? 人の記憶は、お金や命より軽いのよ。肉体的、精神的苦痛が伴えば、なおさらね』

 モニターにこそ映っていないが、副参謀長が嗤っているのが目に見えるようだ。

「そんな……こと……」

『あなたの素敵なお友達が、いつまで、いいえ――』

 副参謀長の声色に愉悦の色がさらに濃くなる。

『いくらまで、あなたのことを憶えていてくれるかしらね?』

「佳織は、いや、みんなはそんな奴らじゃない!」

『ゼロナイン』

 副参謀長の声はあくまで静かにゼロナインの耳に響いた。

『ワンゼロを援護しなさい』

『ゼロナイン! 援護頼む!』

 ワンゼロにも呼ばれて、ゼロナインは憤懣やるかたない気持ちを抑えて仲間のもとへ走った。その勢いのまま《綾》による左正拳突きでワンゼロに取り付いた長爪を殴り剥がす。

「行け! ワンゼロ!」

『すぐ戻る!』

 ワンゼロは足を負傷している海原の巫女を背負い、安全圏へと走り出した。追いすがろうとする長爪にゼロナインはタックルし、長爪ともども地面に転がる。不運にも下になってしまったゼロナインに、長爪が爪を突き立てようと刺突を繰り返す。装甲を厚くして耐え逃れようとゼロナインがもがいていると、鷹取の巫女が長爪を蹴り飛ばしてくれた。

『大丈夫?』

 起き上がったゼロナインへ、鷹取の巫女が声をかけてくれる。

「はい! 納得いってませんけど」

 その返答に、くすっと笑って鷹取の巫女がゼロナインを励まそうとした。

『もうすぐ増援が来るわ。そうすれば――』

「危ない!!」

 鷹取の巫女の死角から、彼女を狙って放たれていた緋角の光弾が迫り、ゼロナインはとっさに巫女を突き飛ばす。

「うわぁぁぁ!」

『コウ!!』

 巫女の身代わりとなって、光弾の直撃を受けたゼロナインは吹き飛ばされ、土手のコンクリ製階段に打ち付けられた。後頭部を強打して意識が薄れる。ああ、ダメだ……

《なんとここでボクのターン!》

(メアリ?)

Therianthrope Mode獣人化モード, boot up!》

 薄れていく意識の中、幸太郎はメアリのパペットが姿を変えていくのを見た……


3.


 幸太郎の名を叫びながら駆け寄ろうとしたワンゼロは、3歩進んだところで立ち止った。ゼロナインが起き上がっている。

 いや、それだけではない。頭部と眼は前に向かって鋭角に尖り、その鋭角部分は上下に割れ、牙状の突起が並んでいる。両手の指は長爪ほどではないが鋭く伸び、足の指も同様の形状に変化していた。

 両手を拡げてゼロナインが吼える。まさに獣のように。

「コウ! コウ! 返事しろ! コウ!」

『幸太郎君は失神しているわ! 《メアリ》! やめなさい!』

 弓子がマイクに向かって絶叫しているのが手に取るように分かる。が、その必死の制止もむなしく、ゼロナインは疾走を開始した。一番近くにいた長爪に向かい、踊りかかる。

 長爪が伸ばした迎撃の手を、なんと空中で掴んで噛み付き、着地と同時に引きちぎった。絶叫する長爪の口の中に右手をまっすぐ伸ばして突き込み、永久に黙らせる。

 次の獲物は金剛2体。緋角の光弾をひらりひらりとかわしながら、その内の1体に急接近したゼロナインは、右足で金剛の腹を蹴り上げる。光を纏った鋭角の足先は、金剛の硬い皮膚などまるで意に介さず貫通。

 それでも腹を貫いた脚を両手で掴んだ金剛だったが、それが裏目に出た。ゼロナインはそのまま金剛を脚で持ち上げてくるりと複雑な旋回をすると、近くにいた別の金剛にオーバーヘッドシュートの要領で上から叩きつける。ぐちゃりとお互いの頭部が砕け、金剛は2体とも息絶えた。

 その時、緋角が動いた。光弾を放ちながら後退しているではないか。残った長爪はゼロナインが手の爪で切り刻んでいる。

(なんだ? 緋角の動きが変だぞ?)

 いぶかしむワンゼロに、副参謀長からの指示が飛んできた。

『緋角が穴に戻るわ。追撃禁止よ、ワンゼロ』

 護衛の妖魔を全て撃破され、緋角は潮時と判断したようだ。緋角は格闘戦でも、長爪と遜色ない動きと、金剛をはるかに凌ぐ腕力と脚力を持つ。硬さも金剛並みのこの大型妖魔は、一方で、多勢に無勢という判断ができる知能も持ち合わせていると推測されている。

『獣人化モードのゼロナインを脅威と判断したのかもしれないわね』

 副参謀長の独り言に、男性参謀が何か答えている声が聞こえてくる。

 しかしワンゼロは、一息ついた次の瞬間走り出した。ゼロナインの攻撃の矛先が、鷹取の巫女たちに向こうとしているのだ。

『変身解除コマンドで機械的に解除して! 停止信号が効かないの!』

 弓子の喉がかすれている。

『総領様より総員に通達。ゼロナインへの攻撃を許可します』

 男性参謀の抑揚のない指示を聞き流しながらワンゼロは走る。

「そんなこと、させねぇ!」

《でも、どうやって止めるんですか、マスター?》

「んなもん、決まってんだろ!」

 ぐんぐんゼロナインが近づく。巫女の1人を足蹴にしようとして、急接近するワンゼロに気付いたようだが僅かに遅い。

「殴ってだっ!!」

 言葉と共に、左フックをゼロナインのテンプルに叩き込む。ダイレクトヒットから装着者を守るため防御の構えをとったゼロナインにパンチは防がれたが、その動きが止まっている隙に懐に潜り込んだワンゼロは、筐体のL・Rボタンを同時押し3回でサターディアに流体金属装甲を吸い込ませた。

 変身を解除され、気を失っている幸太郎を抱きとめる。ワンゼロは、ふうっと大きく息をついた。

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