第3章 ぼやきとエロと初戦闘
1.
説明会翌日の昼休み。幸太郎とジョンは購買で買ったパンをかじりつつ、校舎の屋上で寝っ転がっていた。目の前には、背面にそれぞれ大きく『09』、『10』とペイントされたサターディアを掲げている。
「はぁ、どうしてこうなった」
ジョンが、今日何回目かのため息をつく。
「まったくだぜ」
と幸太郎も、今日はボヤキ節だ。
「でも、やるんだろ?」というジョンの質問に、幸太郎は深いため息をつく。
「まあな。それにしてもなぁ……」
「だよなぁ……」
昨日はあの衝撃の説明の後、装着しての訓練や報酬の説明、各々の機体名称とコールサイン――機体のシリアルナンバーから、幸太郎機はゼロナイン、ジョン機はワンゼロ――を決めて、説明会は終了した。終わったのは午後6時。なるほど早朝から始めるわけだ、と学生寮に帰りがてら思ったものだ。
それにしても、だ。この“ Tyrant ”システム、ちと酔狂が過ぎないか? ジョンと、それが一致した感想だった。幸太郎たちが身に着けて、スクリーンで見たあの異形の者と戦わなければいけないというのに。
「ほんとにやるのか、コウ?」
ジョンが幸太郎のほうに顔を向け、聞いてきた。
「うーん、怪我すんのはやだけどな」
でも、お金が欲しい。“あれ”を買うには、両親が住宅ローンの返済でカツカツの幸太郎にとって、彼の貯金と小遣いじゃ全然足りない。
学園は、外でのバイト絶対禁止。『お金がないなら奨学金を借りろ。学生寮に入れ』これが学園の方針で、各種モニターに対するささやかな報酬は例外である。幸太郎にとっては佳織の、今は一方的に絶縁されてるカノジョの願いをかなえるために、どうしてもやらなければならないことなのだ。
「ところで、ジョン。なんでこの子が入ってるんだっけ?」
幸太郎が持つ筐体の液晶画面には、緑の草原がCGで描かれている。その中に、SDキャラ“パペット”が1体。金髪のショートカットに、着ているのはこの学園指定のセーラー服。そしてなぜか背中には翼が生えていて、時々ふよふよと宙を舞っている。
「ああメアリか。なんでだったか聞きそびれたな、そういえば」
ジョンが、久美のクラスメイトであり親友でもある英国人女子生徒の名を出すと、幸太郎はうなった。
「メアリ……SDでもいい乳してんなぁ」
「お前、ほんとブレないよな……」
ジョンはため息をついて、疑問をぶつけてきた。
「なあ、一度聞きたいと思ってたんだが、巨乳なんて脂肪の塊のどこがいいんだ?」
「なに言ってんだよ。あの盛り上がりがいいんじゃねぇか。そもそもお前の国なんて、プルンプルンのブヨンブヨンだらけじゃん」
幸太郎の鼻息を荒くしての反論に、ジョンも反論で応じる。
「だからこそだよ。日本の女の子にそれを求めるなんて。そりゃ昨日のミス・ユミコはご立派だったけどさ」
ジョンはなにやら思うところがあるようだ。
「日本女子の、あの慎ましいプロポーションがいいんだよ。俺は断じてそう思うぜ」
「ああ、そういえばナギサちゃんは、つるぺただったな」
「 No! TU RU PE TA 、Noooo!」
ジョンはこの同学年の彼女のことになると、とたんに我を失う。やおら幸太郎のほうを向いて起き上がり、青年の主張が開始された。
「ナギサのどこがつるぺたなんだ! ほっそりしていて、出ているところはそれなり。それがナギサなんだぞ!」
「……来るべきではありませんでした」
突然、寝転ぶ幸太郎の頭上――いや、この場合屋上の出入り口か――から降ってきた嘆きの声に、ジョンの演説は中断を余儀なくされた。
2人が視線を向けると、手にサターディアを持った久美がすぐそばに立ち、いつものきれいな瞳で2人を見つめている。その表情はいつもの取り澄ましたものではなく、暗い。
「男子の会話なんてこんなもんだとは思ってましたけど、まさか昼日中にこんな破廉恥な単語を叫んでるなんて」
うう、と返す言葉もなく黙り込む2人。なんとか話を変え、かつこの姿勢でいられる時間を引き延ばそうと、幸太郎は久美の先手を取った。
「どしたの、久美ちゃん? なにか用だった?」
「先輩たちのサターディア、『セツグラ2』が起動されてますね? さっき、データを送りました。もうすぐ反映するはずです」
そう久美に言われてサターディアの液晶画面を見ると、CGの草原に清楚なたたずまいのパペットが追加されていた。
「 Thank you、クミちゃん!」
ジョンが歓声を上げる。幸太郎も釣られてお礼を言うが、どことなくうわの空になるのは否めない。
「非常に不本意ですが、先輩たちのモニターに協力してくれと頼まれましたので」
「誰に?」というジョンからの問いに、久美はそっけなく答えた。
「美鈴とメアリに、です」
久美が提供したものは、パペットだけではない。まじめに入力しても2時間はかかるアンケートの情報(全身写真3面、ボイスサンプル込み)もだ。その目的は1つ。タイラントに必要なコンバットアプリを提供すること。コンバットアプリはタイラント装着者をサポートし、戦闘効率を上げるために必須なのだ。
そしてその媒介となるのが『セツグラ2』。いや、それに実装されているフレンドモード、通称“リア充モード”である。
キャラを1人クリアすると出現するこのモードは、プレイヤーの周りにいる人間をデータとして取り込んで、キャラとして登録できる。ちなみに男女は問わないため、攻略してもよし、ただのモブ扱いしてもよし。ハッピーエンドまで行けば、たしかどこかの遊園地で使えるパスポートがペアでもらえたはずだ。
これが何ゆえ“リア充モード”などと呼ばれるのかは、少し考えてみれば分かるだろう。クラスメイトなどの異性に、
「ギャルゲーの攻略キャラにしたいから、このアンケートに答えて」
などと頼める人間が、いったいどれだけいるというのだ?
さらに、攻略キャラとして登録された暁には、プレイヤーがなにかアクションを入力すると登録した本人にメールが送られ、リアクションを返信せねばならないシステムとなっている。メールそのものの無視も可ではあるが、それでは攻略ができない。自然、登録はプレイヤーの彼女/彼氏、もしくは異性の遊び友達となる宿命だ。
幸太郎とジョンは、この“ Tyrant ”用に改造されたリア充モードを使って、周りの女の子たちから膨大なアンケートの入力データをもらい、攻略キャラとして登録して愛を育む――つまり本人にリアクションを返してもらう――ことで自分専用アプリとして新密度を高め、自らの戦闘に生かさねばならない。
『システムを活用するためには、同年代の異性と多数コミュニケートでき、かつ時間に余裕のある、あなたたち学生が適任なのではないか、ということよ。いるでしょ? 周りにいっぱい』
弓子には、なぜか挑発するような仕草で言われたものだ。ちなみに、わざわざ攻略サイト参照不可としてまでキャラを1人攻略させたのは、自分の考えでキャラを攻略するコツをつかんでもらうためらしい。
言いたいことは分かる。でも、それを『はいそうですか』とさっくり実行できるほど、幸太郎もジョンも女の子慣れしてるわけじゃない。まして、クラスメイトや部活の女子に攻略キャラになってくれなんて。
酔狂にもほどがある。屋上でぼやき合戦をしていた理由の1つがこれだったわけだ。
「ところで、コウ先輩?」
久美の淡々としたしゃべり方が一変する。
「見てますね? わたしのスカートの中」
「! そ、そんなことないよ、うん!」
ばれた勢いで跳ね起きる幸太郎。普段は物静かな久美を怒らせると怖いことは、この7ヶ月あまりで十分身に染みている。
「のぞきましたね? 乙女の絶対領域……」
スカートの端を押さえ、ニーソのふちまで隠そうとする久美の眼に、涙がたまる。
「見てないってば。ほんとだって」
「うう、染みの付いたやつなんか履いてくるんじゃなかった。恥ずかしい……」
ついに顔を両手で押さえ、泣き出す久美。
「いや、染みなんて付いてなかったと思――「 殺 」
誘導尋問に引っかかったと悟ったが、時既に遅し。蹴り飛ばされた幸太郎は半回転してフェンスまで飛び、逆さ磔の刑となった。
2.
放課後の部室で、幸太郎は昨日の説明会のことを話していた。居残り補習のジョンがいないので、幸太郎1人で説明することになってしまった。
「――というわけで、妖魔と戦うことになりましたとさ、まる」
茶化した口調で締めた幸太郎は周囲を見渡した。
呆然と幸太郎を見つめる佳織。胡散臭げな表情がありありとわかる綾。いつものすまし顔でお煎餅をかじっている久美。いずれも無言であることに変わりはなく、そのことに居たたまれなくなった幸太郎はいつもの口げんか仲間に声をかけた。
「何だよ綾、その眼は」
「……あんた、かつがれてるんじゃないの?」
うちの理事長が妖魔退治の一族で、その手伝いのためにモニターを雇って、ギャルゲーの機能を使ってアプリ集め? 本気でそんな奇天烈なこと信じてるのかと、幸太郎は綾に哀れむような目つきで言われた。
そんなこと言われてもと幸太郎は抗弁する。美鈴に見せてもらったあの技は、じゃあ何だったのか。
「あたしはそれ見てないからなんとも言えないけど。というかそれ、本当にコンクリだったの?」
「意外と疑り深いんですね、綾さんって」
と口を挟んできたのは久美。さっそく綾が食って掛かるのを手で制し、淡々と話し始めた。それによると、そもそも久美と美鈴が仲良くなったきっかけは、入学当初に妖魔と戦う美鈴を偶然目撃して久美が助太刀に入り、その後美鈴の涙ながらの告白を聞いたことからだそうだ。
「なかなか信じてもらえないそうです。だから綾さんの疑問はごもっともだとは思いますけど、でも現実なんです」
久美の落ち着いた声色にすっかり勢いを削がれて黙ってしまった綾に代わって、佳織が感に堪えないといった表情で久美を見やった。
「ていうか久美ちゃん、よくそんな得体の知れないもの相手に戦う気になるね」
「でも、あの蹴りならやれるかも」
幸太郎がそう何気なく言った瞬間、部室の空気が奇妙な雰囲気に変わる。綾が幸太郎に問いかけてきた。その声はあくまで低い。まるで飛びかかる前の猛獣の姿勢のごとく。
「コウ、いつ久美ちゃんの蹴りを見たの? それとも食らったの?」
幸太郎の全身に嫌な汗が流れる。さあ、幸太郎のターン、“必死の言い訳”発動!
「え、み、見たことも食らったこともないよ! 久美ちゃん運動神経いいし、久美ちゃんの脚ならすごい蹴りが繰り出せるかなって」
「そうですか、ショーツだけじゃなくて脚までじっくり見たとおっしゃる」
久美のターン、“爆弾娘”発動。幸太郎のライフはこのあと部活終了時間までじっくりいたぶられてゼロになっていくのであった。
もうすっかり日も暮れた中、幸太郎たちは帰路についていた。
幸太郎の足どりは重い。モニター関連の説明だけで済まそうと思ったのに、屋上での一件があっさりバレたせいで部室は針の筵だった。殊に、いま幸太郎の後ろを歩いている佳織から発せられる殺気がヤバイ。
「なあ、綾」
幸太郎は先頭を歩く綾に、後ろから声をかける。
「なに? のぞき魔」
「というわけで、綾からもデータを――」
「お断りよ」
道場での練習で傷めたらしい右足を軽く引きずりながら、綾はにべもなかった。
「……それとこれは、別の話として考えてくれないのかよ」
「考えてるわよ。だから、お断り」
さっぱり意味が分からずきょとんとする幸太郎を見て、綾はため息をつく。
(はぁ……なんで佳織に真っ先に頼まないのよバカコウ……)
「なんか言ったか?」
「なんでもない! ――?!」
幸太郎に答えるため後ろを振り向こうとした綾が、右を向いたまま固まった。
「どうしたの、綾?」
幸太郎と綾が会話している間に追い抜いていた佳織が綾と同じ方向を見て、短い悲鳴を上げカバンを落とす。その視線の先を追うと、もとはスーパーマーケットが建っていたと聞く空き地に、妖魔が地面から頭を出していた。
幸太郎は昨日の説明会でのレクチャーを思い出す。確か“長爪”とかいう、軽量級の妖魔。それが2体、空き地の奥に開いた穴から這い出してきているのだ。
幸太郎は慌ててカバンからサターディアを取り出すと、エマージェンシーコールのコマンドを入力する。
『どしたの? ゼロナイン』1分と経たず、弓子の声がスピーカーから聞こえてきた。
「え、えーと、妖魔が2体、眼の前にいます! 学校から帰る途中なんですけど、どうしたらいいですか?」
『なに言ってんの! 変身して!』
弓子の答えは明快そのもの。だが。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
『ワンゼロが近くにいないわね。どこ?』
幸太郎のためらいなどお構いなしに、なにか端末らしきものを操作している音をさせながら、弓子の質問が飛んできた。
『ジョンは居残り補習です。俺一人でやれって――』
『ダブルオーには参謀部から連絡してもらったわ! ワンゼロにはメールしたし。最低限、2人の到着まで持ちこたえて!』
どうにも噛みあわない会話を幸太郎と弓子が続けているうちに、長爪が地上に立った。
人型に分類されているように、腕二本に脚二本が裸の胴体から生えている。眼は見事なまでの三白眼。鋭い牙のみ生えた口や長く太い爪もあって、人間に間違えられることはないだろう。それがこちらを見て、威嚇の唸り声を上げ始めた。
一方、幸太郎は動かない。
『ちょっと、ゼロナイン! なにやってるの!』
弓子の怒声が、筐体のスピーカーから飛ぶ。我に返った幸太郎だが、どうにも自分が直面している状況に入り込めない。
「ちょ、待ってくださいよ。いきなり戦闘なんて、そんな――」
『なに寝ぼけたこと言ってるの? 学校帰りってことは、周りに友達がいるんでしょ? あなたしか、守れる人がいないんだよ?』
弓子のその言葉を聞いて、幸太郎は自分の周りを見回した。
呆然と空き地を見つめる綾。いつもどおり超然としているが青い顔の久美。そして、幸太郎を見つめる、佳織。
佳織と幸太郎の視線が絡む。
「――くそっ! 分かりましたよ! やります!」
幸太郎は長爪のほうを向き、赤いコントローラーを腰に巻きつかせた。長爪がこちらに向かってきている。急がないと。
「変身!!」
やや慌てながらサターディアをはめ込んだ筐体が幸太郎の声を認識し、液晶が発光する。筐体から出た黒い液体――ナノマシン入りの流体金属装甲――が幸太郎の全身を包む。眼が発光して戦闘準備完了を告げるまで4秒ちょっと。幸太郎はタイラントに変身した。
《“ Tyrant ”システム、起動完了》
「なんで久美ちゃんの声が……」
幸太郎――ゼロナインの頭部から流れたアナウンスに佳織が目を見張るが、初陣の彼に周囲を気にする余裕はない。
両拳を握り、開き、もう一度握り締める。
佳織が息を詰める気配を感じるのは、それが気合を入れる時の幸太郎の密かな儀式であることを、彼女だけが知っているから。
ゼロナインは走り出した。位置的に左の長爪のほうが近い。まずこいつを殴り倒して、次に右のをやる。ゼロナインは「やっ!!」と掛け声も勇ましく右拳を長爪に打ち込もうとするが、長爪は左腕で迎え撃ってきた。
「がっ!」
クロスカウンターとなり、攻撃を食らうゼロナイン。同体格なら爪の分妖魔のほうがリーチが長い。まして武術の素人であるゼロナインの踏み込みでは、殴り合いなど当たるはずもない。
側頭部をしたたかに打たれてゼロナインはよろめいた。頭がガンガンする。
『幸太郎!!』
佳織が叫ぶ声がスピーカー越しに聞こえる。くそっ、なんて切なそうな声出すんだよ。
その時だ。
《不本意ですが、わたしの本領発揮ですね》
なんとか転倒を防いで体勢を立て直した幸太郎の視界、タイラント内部のモニターの隅で、久美のパペットが飛び跳ねた。
「え? なに?」
《もう忘れたのですか? わたしは棒術支援アプリですから》
次の瞬間、ゼロナインの右手に全身から流体金属装甲が集まる。エルボーガードやニーガードまで削ってある程度の塊になったそれは次に棒状に伸び、すぐに1.5メートルほどの黒い棒が形成された。
《不本意ながら尺が足りませんが、装甲との兼ね合い上致し方ありません。行きますよ、マスター》
「わわっ?!」
ゼロナインの身体が、まるで弾け飛んだかのように前に加速した。棒をまっすぐ前に突き出したまま、先ほどの妖魔にぶち当たる。手で棒を払おうとした妖魔は目的を果たせず、先端に光を纏った棒を胸に食らって吹き飛んだ。
「ちょ、ちょと待って! 痛い痛い」
《次》
ゼロナインは土ぼこりを上げて急制動をかけると、そのまま別の長爪に向かって跳躍した。空中で棒を上段に構えたゼロナインは、降りざまに長爪の脳天めがけて振り下ろす。だがこれは読まれていたらしく、長爪にバックステップでかわされた。着地して動きの止まったゼロナインを鋭い爪が連続で襲う。体捌きでかわそうとしたゼロナインだが、どうにも動きがぎごちなく、1発くらってしまった。
《マスター、まじめにやってください》
「そ、そんなこと言ったって」
痛打されたわき腹を押さえて動きの止まったゼロナインに、弓子から助言が来た。
『ゼロナイン、アプリの挙動に従って。それから、バッテリ残量が少ないから、無駄な動き禁止』
そう言われて幸太郎は、眼の前のモニターを見て愕然とする。
残り9分7秒。
「なんで、こんだけしかないんですか?! 確か30分は持つって」
長爪の攻撃から逃げ回りながらゼロナインは思わず叫んだ。
『えーと……昨日帰ってから充電してないでしょ?』
手元のモニターでテレメトリでも見ているのか、弓子が攻め口調でなじる。
『バッテリ管理をちゃんとしろ、って――』
『よう、コウ。待たせたな』
その声に振り向くと、学生カバンを肩に担いだジョンが、にっと笑って立っていた。
『ワンゼロ! 早く変身して! ゼロナインのバッテリ残量が頼りないわ!』
『 Yes , ma'am!』
ジョンは素早く腰に青いサターディアを巻きつかせ、コールと同時にサターディアを筐体に叩き込み変身した。システム起動完了のアナウンスがナギサの声で流れる中、ジョン――ワンゼロは右腕をぐるりと回すと、ゼロナインのほうへ向かって走りより、追撃に来た長爪を蹴り飛ばす。
『さあ、ここからは俺に任せな、マイフレンド!』
親友の頼もしさが、“10”が白く浮き出た背中からも、通信機からも伝わってくる。幸太郎がおもわず感激していると弓子の怒声が聞こえてきた。
『このアホガイジン! あんたも10分しかないじゃん!』
『 Oh , God ……』
大げさに天を仰ぐワンゼロ。アメリゴ人らしいオーバーリアクションに、弓子のため息交じりの通信がかぶる。
『はぁ……予備バッテリは?』
「あ、教室に置き忘れた」『寮に置いてきました、ma'am ! 』
『このスカポンタンどもめ……』
弓子は心底呆れたという口調だ。と、そこへダブルオーも到着。
「2人はバッテリ残量に注意しつつ、バックアップを」
とゼロナインたちに指示を出すとそのまま2人の脇を通り過ぎ、長爪と戦闘を始めた。
(ふう、やれやれ、助かった)
ほっと胸をなでおろした幸太郎。だが、そうは問屋、いや参謀部がおろさない。
『こちら参謀部。ダブルオーは2人の援護をお願いします。ゼロナイン、ワンゼロは戦闘再開』
無線から聞こえてきたのは、どことなく弓子に似た、しかしより大人っぽい女性の声だった。了解と短く答えて、ダブルオーが2人を見やり、無言で促す。
「分かったよ分かりましたよヤリャイインデショやりゃあ!」
『コウ、お前、いま確実にヤラレ役っぽいぞ』
ジョンの言葉は冗談なのか、笑いを含んでいるようにも聞こえる。が、幸太郎にそんな余裕はない。
「うるせぇよ! ――うりゃっ!」
棒を構えて長爪の1体に走りより、打ち据える。さすがにリーチで勝ったからか、長爪の反撃も届くことは少ないが、その少ない反撃を、やはりぎごちない体捌きのゼロナインは受けてしまう。
『幸太郎、転がって避けて!!』
佳織の悲鳴に近いアドバイスもむなしくよろけて尻餅をついたゼロナインに追い討ちをかけるべく覆いかぶさってきた長爪に、いつの間にか援護に戻ってきたダブルオーが左フックをお見舞いする。カウンターで顔面に入ってくぐもった悲鳴を上げる長爪に、さらに右ストレートを叩き込むダブルオー。これが効いたらしく、ふらふらし始めた長爪を見てダブルオーが叫ぶ。
『今です!』
「お、おう!!」
立ち上がったゼロナインは、腹部に装着されたコントローラーのA・B・C・Dボタンを同時に叩いた。残りのバッテリすべてを使う、最終攻撃の発動!
《
久美のいつもの冷静な声でアナウンスが流れると同時に、棒の先端に、通常攻撃とは比較にならない光の塊が形成される。そして、またしてもゼロナインは長爪めがけて弾け飛ぶ!
「ま、またこれかよ!」と悲鳴を上げる幸太郎をきっぱり無視して疾走した機体は、動きの鈍った長爪に棒を突き込む。上から殴る。下からカチあげる。怒涛の連続攻撃は1分ほど続き、長爪の身体は四散した。
一方ワンゼロも、最終攻撃を発動した。光の溜めを作る時間を勘違いした長爪が、攻撃のため駆け寄る。ワンゼロは冷静に間合いを見極めて、左上段蹴り一閃! 長爪は頭を粉砕されて、果てた。
3.
バッテリが切れて、変身も解除された。流体金属装甲を吸い込み終わって腹からぽろっと落下する筐体を、幸太郎とジョンは慌てて受け止める。
「ふう。海原さん、お疲れ」
こちらは自分で変身を解除し空き地の奥を見つめる美鈴の後ろ姿に、幸太郎は声をかける。すると、ビクッと遠目にもわかる痙攣で美鈴は答え、空き地の外に走り出ると久美の影に隠れてしまった。
「いや、あの、ありがとな。助かったよ」
その言葉に、またびくっと震えた美鈴が久美の左腕越しに片目だけ出すと、コクコクとうなずいた。綾が幸太郎をにらんでくる。
「コウ、あんた、あの子になにしたの?」
「してねーよ! 初対面の時からずっとああなんだって!」
「なるほど。コウ先輩の変態性癖を嗅ぎ取った、というわけですね」
今日はよく久美ちゃんに絡まれる日だな、と幸太郎は苦笑いして反論する。
「俺がいつ、久美ちゃんに性癖を披露したんだ?」
「え? 今日の屋上での出来事、もう憶えていないのですか?」
ジョンが不毛な掛け合いを止めに来た。
「アノー、チョットイーデスカ? ウナバラさん、あの猖穴どうするんだい?」
そういえば開いたままだったことを思いだした幸太郎も美鈴のほうに向き直ると、美鈴になにかゴニョゴニョと耳打ちされた久美が代弁する。
「いま、鷹取家の人がこちらに向かっているそうです。その人たちが儀式を行なって、穴を塞ぐそうです」
微妙な代返に微妙な納得顔のジョンを、綾がニヤニヤしながらからかい始めた。
「ジョンもなにかしたのね。ナギサに言い付けてやろうかしら」
「 No ! ナギサに、ナギサにだけはご勘弁を! お代官様ぁ!」
緊張が解けたせいか、無駄口に流れる一同。それを眺めていた幸太郎は、ふと視線を感じて振り向いた。佳織と目が合う。が、何か言いたそうに唇だけ動かして、彼女は下を向いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます