第2章 説明会

1.


 放課後の部室。綾は紅茶を机に置くと、だるそうな顔でゲーム機をいじっている幸太郎に絡んできた。

「で、一生懸命、非実在青少年を攻略していると」

「なんだよ綾、俺だってやりたくてやってるわけじゃねーって」

 衝撃の小包到着から1週間が経った今日は、佳織部長を先頭に体力づくりと発声練習。週3日程度はやっておかないと身体がなまっちゃうし。佳織はそう言って、だらけ気味の部員を追い立てて学園周辺のランニングから始めた。それらが終わったのは1時間半後。フケたり脱落する部員がいないのは、部長の人徳かもしれないな。幸太郎はそう思いながらジョンを相棒にして黙々とこなしていった。

 部室に戻って今日のお茶会を開始。みな体操服かジャージ姿でくつろいでいる。そんななか、菓子と紅茶の香りにむせながら、幸太郎とジョンは届いたサターディアで『セツグラ2』をプレイしていた。

 学校からの宿題も普通にこなさねばならない上に、2人とも正直言ってギャルゲーなんて趣味じゃない。だからなかなかゲームが進まないのだ。

「何が悲しくて、触らせてもキスさせてもくれない電脳少女を攻略せにゃならんのだ」と幸太郎はおもわず吐き捨てる。

「……なんか、まるで現実では女子を攻略したくてたまらないみたいな発言だわね」

 綾に若干引いた眼で見られた幸太郎が言い返そうとしたとき、久美が幸太郎に質問してきた。

「コウ先輩。どうして、この子を攻略対象に選んだのですか?」

 久美の真っ直ぐな瞳に見つめられて、幸太郎はどぎまぎする。

「え? なんでって……」

「この子、攻略難易度Sの強者さんですよ?」

 昨今流行のいわゆる『紙芝居ゲー』と違い、このゲームはちゃんとフラグ管理をしないとハッピーエンドにたどり着かない仕様だ。久美はそう幸太郎に教えてくれた。そして、なぜそんなことを知っているのかと驚く佳織に久美は答えた。

「ゲーマーですから」

 さらっとかつ淡々と。彼女はいつもこうだ。そして幸太郎がやり過ごそうとした嵐を再度呼び起こしたのも、さらりとした久美の発言だった。

「ああそうか。コウ先輩は、おっぱい星人でしたね」

 その瞬間、部室内の温度が明らかに氷点下まで下がる。幸太郎が攻略中のキャラは、5人のキャラの中でもトビキリ巨乳の女の子だった。幸太郎の狼狽しきった声が部室に響き渡る。

「く、久美ちゃん! どこでそんな下品な言葉憶えたんだよ?!」

「コウ先輩は、相変わらず忘れっぽい人ですね」

 久美はたおやかな仕草で、両手を自分の胸に置く。

「先輩が言ってたではありませんか。メアリの胸をあんまり凝視するからたしなめたら、『俺、おっぱい星人だから!』って」

「 Oh、忘れてたのかよ ……」

 ジョンが後退を始める。部屋の温度は、絶対零度まで下がろうとしていた。

「よし、分かった」と綾が立ち上がりしな、ポンと手を打つ。

「なにが?」

 恐る恐る幸太郎は聞いてみる。綾から返ってきたのは――

「死ね」

「なんでだよ!」

「あんた、ほんとに分からないの?」

 綾が両手を腰に当てて、幸太郎をにらみつけてくる。

「い、いや、そりゃ綾は確かに無いほうだけどさ、人それぞれに似合う体型というものが――」

「わたしのことじゃない……っ!」

 赤面の綾が繰り出した右フックが幸太郎の横っ面にHITし、幸太郎は書き割りのほうへ吹っ飛んで行った。

「コウ先輩、最低です」

「ニポンのオンナノコ、コワイデスネ」

「なんでそこだけカタコトなんだよ!」

  とジョンを巻き込もうとする努力もむなしく、幸太郎はその後もネタにされ続けた。ドタバタの間、佳織が無言のままでいることに気づくこともなく。



 部活が終わって、既に日も落ちた中をみんなで校門へと向かう。世間話に興じていた久美がふと校門のほうを見やり、釣られて同じほうを見た幸太郎は「誰、アレ?」と声を上げた。

 校門の陰に1人の女子生徒が隠れ、右目だけを出してこちらを凝視している。校門脇の街灯の明かりが逆光になって、ちょっと怖い。

「あ、美鈴。一緒に帰る?」

 久美が声をかけると、その女子生徒はこくんとうなづき、また凝視を再開した。なにかに怯えているようだ。

「ん? ああ、そうか」

 久美は幸太郎とジョンのほうをちらと振り返り、また校門の陰に向かって声をかける。

「大丈夫だよ。噛み付いたりしないから」

「俺たちは犬か?」と嘆く男子2人である。

 女子生徒はしばらくの逡巡ののち、ようやくそろそろと全身をさらした。青黒いロングヘアーを後頭部でまとめ、後ろに流している。久美に似て均整の取れた身体つきの、しかし明らかに挙動不審の少女に久美は駆け寄って、手をつないだ。

「さ、一緒に帰ろ。先輩、お先に失礼します」

 先輩部員たちに挨拶をして、久美は美鈴と呼ばれた女子生徒と帰っていった。交差点の角を曲がりしなに美鈴がちらりとこちらを見たが、すぐ久美に手を引かれて角の向こうに去っていく。そのちょっと儚げな印象の後姿を幸太郎たちは見送り、自分たちも帰途に着いた。

 が、綾が動かない。あごに手を当て、考え込んでいる。どうしたの、と問いかける佳織に、綾は曖昧な微笑を浮かべた。

「いや、今の子、どこかで見たような……」

 そりゃ、同じ学園の後輩なんだし。そう混ぜ返した幸太郎をさっくり無視して、綾は佳織に話しかける。

「何年か前にコウや佳織と一緒に会ったことがあるような気がするのよね……」と。

「んー……2年前くらい?」

「そうそう、そのくらい」

 佳織の問い返しに綾はうなずく。そしてなぜ自分に聞いてこないのかと綾に詰め寄る幸太郎は、ばっさり切り捨てられた。

「だって、コウ、思い出せないでしょ?」

「んなこと……はい」

 あっさり白旗を上げる幸太郎をからかいながら学生寮の近くまで来たところで、叔父の家に下宿している綾と別れる。

「んじゃ、わたしはここで。ジョン、佳織、また道場で」

 空手の大会が近いらしい。おかげでジョンのほうがゲームは進んでいないようだった。


2.


 11月24日、月曜日。幸太郎とジョンは、学園の体育館で行われるという説明会に来ていた。振替休日なので運動系の部活も使っていないからであろうが、朝7時30分に来いとはどういうことなのか。

「ふわあ、眠い」

「コウ、クリアできたか」

 ジョンが心配顔で聞いてくる。

「夜中過ぎまでかかってやっとクリアしたぜ。まったく」

 強者とやらに翻弄されまくった2週間を思うと、幸太郎は無性に腹が立つ。というか、攻略サイト参照不可って。

「くそ、あの巨乳め!」

「あたしのこと?」

 突然背後から声をかけられて幸太郎たちが振り向くと、そこには20代後半と思しき女性が1人立っていた。

 身長は160センチくらいだろうか、鳶色の髪を短くまとめた愛嬌のある顔立ちの女性である。それよりなにより幸太郎の目を引いたのは、その女性の胸だった。メロンが入っているかのような立派な胸をそらして、女性は再び彼らに問いかけた。

「鵜飼幸太郎君と、ジョン・シュトラッセ君だね? 初めまして。説明会の司会と説明役を勤める仙道弓子せんどう ゆみこです。よろしく」

 そして女性は、にこりと微笑む。

「あのー幸太郎君? そんなにガン見されると、お姉さん、恥ずかしいんだけどなぁ?」

「あ、ああ、すみません」

 と慌てて胸から視線をそらした次の瞬間、幸太郎の鼻腔を、ふわりとシトラスの香りがくすぐった。視線を元に戻すと、手を後ろで組んだ弓子が、彼の眼と鼻の先に接近してきているではないか。

 ガン見するなと言われても、幸太郎の目はどうしても弓子の胸に行ってしまう。胸元の大きく開いた薄手のセーターは当然のことながら肌色成分満点で、双丘の谷間にある暗闇に意識がすうっと吸い込まれていく。

「きょにゅー好きとは聞いてたけど、よっぽどタマってるんだね?」

 弓子はくす、と笑うと上目遣いに幸太郎を見つめ囁きかけてきた。

「そこの体育器具庫、行こっか」

 その時横合いから男性の声がかかり、幸太郎の意識は魅惑の暗闇から引っ張り出された。

「仙道主任、総領様に言われましたよね? 食べちゃだめ、って」

 いかにも常識人っぽい壮年の男性にたしなめられ、弓子はぺろりと舌を出した。

「うふふ、そういえばそんなこともあったかも知れないですね」

 そして幸太郎とジョンは弓子と男性に案内されて体育館の中へ。

 そこには、長机に椅子が2つ。その向こう1メートル先に大型のスクリーンが設置してあり、その向かって右脇にも長机と椅子2つが配置されていた。そして、スクリーンの左脇には――

「なんだ、ありゃ?」

 それは、コンクリートの塊だった。縦、横、高さすべて2メートルほどか。

「何かのパフォーマンス用か?」

「あの中からバーンと出てくるとか?」

 スクリーン向かいの椅子に座りながら幸太郎とジョンは囁きあう。ゲームのモニターの説明、だよな。これ。

「さて、タイラントの説明会に、ようこそ。私はこのタイラント計画におけるソフト開発側の統括主任よ。この方はハード開発側の責任者で、鷹取重工の門脇さん」

「よろしく」門脇と紹介された男性が丁寧に頭を下げる。

 弓子の司会で、唐突に説明会は始まった。

「2人は、サターディアに同梱した書類は読んでくれたかな?」との弓子の問いに、困惑しながら2人して首肯する。

「そんじゃ、ま、百聞は一見にしかず。ここで美鈴ちゃんの登場! ぱちぱちぱちー」

……

 あれ?

「おーい、みーすーずちゃーん、隠れてないで、出てきてよ。説明が進まないじゃない」

 弓子の再度の呼びかけにようやくそっと、コンクリ塊の陰から青黒い髪色のロングヘアーがのぞいた。

(えーと、確かあの子って……)

 幸太郎の記憶が巻き戻され、1週間前の部活帰りまで遡る。久美と手をつないで帰った、挙動不審の――

「美鈴ちゃん、ほら、ちゃんと出てきて」

 その間に、弓子が少女の細い腕を引っ張ってスクリーンの前まで連れ出していた。少女は美人といっても過言ではない端正な顔を真っ赤にして、うつむいたまま縮こまっている。

「えーと、自己紹介……は、まだ無理か。この子は海原美鈴うなばら みすずちゃん。“ Tyrant ”システムの先行試作機、ダブルオーの装着者よ」

「え? え? なんですか?」

 少女の名前から先の説明がまったく理解できず、幸太郎とジョンはキョドる。そんな男子2人を置き去りにして、弓子は意外にしっかりとくびれた腰に両手を添えて、命令を美鈴に飛ばした。

「さあ美鈴ちゃん! 変身して」

「こ、ここで、ですか……?」

 登場からこっち、ソワソワモジモジしっぱなしの美鈴が耳まで赤くなる。

「そうよ」と弓子はにべもない。

「美鈴ちゃん、今、キミの目の前にいるのは、これからの仲間なんだから」

 “仲間”という言葉に美鈴が明らかな反応を見せた。それでも目を閉じ、すぅはぁすぅはぁ、と深呼吸をして。

「――いきます」

 再び開いた眼に、幸太郎は見た。今までとは違う強い意志の光を。

 美鈴はヒップバッグから真紅に塗られた物体を取り出し、腹部に押し当てる。

「あれ、サターディアのコントローラーだよな?」

 ジョンが幸太郎に向けた問いを、弓子が引き取り、肯定する。その受け答えの間に美鈴が筐体前面にあるSTARTボタンを押すと、筐体の側面から黒い液体が帯状に伸び、美鈴の細い腰に巻きついた。

「え?」

「変身――!」

 いつの間に取り出したのだろう、美鈴がサターディア本体をコントローラーにはめ込んで変身をコールすると、サターディアが反応した。液晶部分が発光し、次の瞬間筐体側面のあらゆるスリットから先ほどの黒い液体が噴き出す。

 黒い液体はまるで意思を持っているかのように美鈴の体表を覆っていく。手、足、頭、ロングヘアーの先まで到達し、頭部はフルフェイス状の卵形にメカニカルな模様の入ったものになった。

 顔面と思しき正面に逆三角形の双眸と、ぎざぎざの入った口らしき凹凸が形成され、身体の各所にシルバーのラインも浮き上がって――

「これがタイラント。あなたたちには、同じように変身して妖魔と戦ってもらいます」

 呆然として言葉もない男子生徒2人に、弓子はいたって朗らかに告げた。


3.


「さて、そもそもなんであなたたちにこのモニターを依頼したかというと――」

「主任――」

 説明を始めた弓子を門脇が止める。

「2人とも、石化してるよ」

 幸太郎とジョンは眼前の超展開からいまだ立ち直れずにいた。弓子と門脇の会話も右から左へ抜けていく。

「あらあら。美鈴ちゃん、フェイス・オープン」

 横を向いた弓子の指示で眼の前の黒ずくめの顔が割れ、美鈴のほっそりとした顔が現れた。

「で、右手を口の前に持ってきて」

 と更なる弓子の指示に従う美鈴だったが。

「んじゃいくよ? はい、投げ、キッス!」

「~~~!!」フェイス・クローズ。

「 Oh、そこは是非やってほしかったデース」ジョンは復帰した。

「幸太郎君はまだなんだ。しょうがないなぁ」

 たゆんたゆん。幸太郎の顔先30センチで、弓子の胸が揺れる。

「うわぁ、バレーボールみたいだ……」

「コウ、Good morning! 」

 清々しいくらいのおっぱい星人ね、と弓子が上下動を止めて笑う。気のせいか、美鈴がすごい形相でにらんでいるように見えるのは、タイラントの強面のせいだろうか。

「さて、ギャグパートはここまでにして」

 弓子は自席に戻ると、口調を改めた。

「まず、鷹取家のことなんだけど」と弓子は、学園の運営者の名前を口にした。

「鷹取家については、この学園の運営者である財団の持ち主ということと、財閥を支配している一族、ということは知ってるわよね?」

 はいと素直に肯定する2人。

「その鷹取家の本来の顔。それは、この1200年間妖魔と戦ってきた一族、というものなの」

 また分からない。

「妖魔? なんですか、それ?」

 幸太郎の問いに答え、スクリーンに映し出された映像を見て、2人は声を失った。明らかに2人が知っている動物とは違う、禍々しいフォルム。いまだかつて聞いたことのない咆哮。

「これが妖魔よ」

 弓子が説明する。妖魔は地上に出現する“猖穴”と呼ばれる穴から這い出てくること、妖魔はその力で猖穴の周りを更地にし汚すため行動すること、汚すことにより猖穴は広がり――

「彼らの主である“疫病神”が現世に顕現するわ。現世をすべて汚し、己の巣とするために。その顕現が実際に起こったのが8年前と4年前」

 驚愕する2人に情報が染み込むのを待って、弓子は続ける。その両方の顕現共に、様々な偶然と当事者の決死の努力が重なった結果、奇跡的に1人も死者を出すことなく疫病神を地獄に追い返すことができた。だがそのさらに100年前に疫病神が出た時は、鷹取家の5分の1、分家である海原家の4分の1が戦死してしまったという。

「わたしのひいおばあさまとその妹も、討死にしたんです」

 と美鈴が補足してくれた。

「ここまでで、なにか質問は?」

 弓子の問いに、ジョンが勢いよく手を挙げた。

「その、タカトリの人たちはどうやって戦ってるんですか? カラテ? サムライブレイド?」

「……これ、です」

 美鈴がやや躊躇いがちに言った数秒後、彼女の頭上30センチほどに、鈍く光る三日月型の発光体が突如姿を現した。

 次に美鈴が顔をコンクリ塊に向けるとその三日月は高速で回転しながら飛び、コンクリ塊の角を10センチほどさっくりと削って、消えた。

「今のは、月輪がちりんという技よ」今日一日でもう何回声を失ったか分からない男子2人に、弓子は説明する。

「ほかにもいろいろあるけど、まあそれの紹介が今日のメインじゃないから」

 弓子は軽く咳払いすると、本筋の説明を再開した。

「で、今、美鈴ちゃんが装着しているものなんだけど、本来は護身装具なの」

「ごしんそうぐ、ですか……」

 幸太郎は眼の前の黒ずくめを見つめてつぶやく。

「そう。さっき美鈴ちゃんが見せてくれた技を使うには、鷹取の人が持つ“鬼の血力ちから”が必要で、それは女性しか使えないの」

 その時美鈴が身じろぎをした。気まずそうな表情が気にかかった幸太郎だったが、弓子の説明はお構い無しに流れていく。

 美鈴が装着しているものは本来、巫女以外の人、つまり鷹取一族の男性、鷹取の血を引いていない人――つまりお嫁さんやお婿さん――あるいはその人たちを警護する人たち、そういった人たちが使うため開発されたものであり、それを対妖魔討伐に転用しようというのが“ Tyrant ”計画なのだそうだ。

 そして弓子から、試験投入されたタイラントの戦績が芳しくないことを告げられた。妖魔にある程度までの損害は与えるのだが、こちらも受ける損害が大きい。しかも不稼動に追い込まれるのはいつも、鷹取家に勤務する警護組織からの出向者ばかり。

「それで、今までの戦闘データを検証した結果、方針を一部転換することになったのよ。美鈴ちゃんと同じ翔鷹学園の生徒にモニターをやってもらうことになった、というわけなの」

 妖魔討伐の本隊は、あくまで鷹取一族だ。だが人手が足りない。簡単に巫女は増えないからねと弓子は言う。

 「このシステムを量産して投入できれば、一般人を雇って妖魔討伐ができるようになるのよ。ま、それ以外の目的も、ちょっとあるんだけどね」

 と弓子にウィンクされた美鈴が、なぜかまたコンクリ塊の向こうに隠れてしまう。

 どうにも恥ずかしがり屋のようだが、

「……いや、ちょっと待ってくださいよ」

 幸太郎が、そのまま流れそうになった勢いを止める。

「なんでそこで、俺たちなんですか? ジョンはともかく、俺、まったく戦闘能力ありませんよ?」

 だが幸太郎の抗弁は、また美鈴の腕を引っ張っていた弓子にあっさり否定された。

「身体能力はかなりのものが出てるわ。状況判断力もまあまあ。芯がしっかりあって、それでいて状況に合わせられる柔軟さもあり、と。ああ、これはジョン君も同じ評価よ。勉強方面はちょっといただけないけど」

「そんなの、どうして分かるんですか!?」

「この学園の、あなたたちに関するデータを総合した結果よ。学園の運営者が誰か、知ってるって言ってたわよね?」

 弓子のウィンクに、幸太郎は苦笑いする。

 しかし、しかしだ。

「そんなモニター、到底受けられませんよ! だって、やられりゃ怪我して、下手すりゃ死んじゃうんでしょ?!」

「あら、契約書にはその旨ちゃんと書いてあったでしょ? 同意ももらってるし」

「そんなのどこに――」

「書いてあったぜ、コウ」

 いきり立つ幸太郎に冷や水を浴びせたのは、なんとジョンだった。

「えーと、何条か忘れたけど、個人情報の開示は2ページ目で、身体が追うリスクに関しては3ページ目にあったぞ」

「あら、さすがアメリゴ人。ちゃんと読んでるのね。偉い偉い」

 と弓子が眼を細める。

「States は訴訟社会ですからね。契約書はスミズミまで読め、って Dad に言い聞かされてるんですよ」

「ああ、『アメリゴの子供が最初に覚えるセンテンスは I sue you. だ』ってジョークもあるくらいだからね」

 門脇の言葉に、弓子もジョンも HA HA HA HA と笑っている。

「で、でも、そんな契約書に同意した覚えがないっスよ?」

 幸太郎は既に涙目。

「お前、本当になんにも見てないんだな。サターディア本体のパッケージを開けるときに――」

「ああーっ! あれか!」

 それは、パッケージに添付してあったシールの文言。

『開封した場合、このモニターとしての契約に同意したものとみなします。』



「コウは燃え尽きちゃったんで置いといて、まだ質問があるんですけど、いいですか?」

 ジョンがとても生き生きとしている。頼んだぞ、マイフレンド。幸太郎は精神的ダメージの回復に専念中である。

「その前に、あたしのほうから1つ、ジョン君に聞きたいんだけど、いいかな?」

 弓子が楽しげにジョンを見つめる。

「どうして、そんな条項があるのを知ってて、モニターを引き受けたの?」

「ピーン、と来たからです」

 ジョンは、にっと笑った。

「これ、どう考えてもゲームのモニターじゃない。なにか、えーと、荒事? でいいんでしたっけ? そういうのだって。アホなガイジンの直観ですよ」

 ジョンは脚を組んで続けた。

「まあ、まさかタイラントじゃなくて、ギャルゲーだけが入ってるなんて思いませんでしたけど。ところで、なんであんなものが入ってるんですか?」

 その質問はまさに弓子の当を得たものだったらしい。弓子の実に楽しげな説明を聞いたジョンはあごを机に落とし、幸太郎はさらに視界が白くなっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る