第29話 解

 松明の炎が揺らめき、その祭場を照らしだしていた。

 月の光は、ただただ穏やかにそこに在る。


 水面は、既に静まっている。


 夥しいまでの血液が、泉を染め上げていく。

 数刻前の出来事が、太郎の脳裏に過ぎる。


 ──なんの儀式かは知らないが、既に仲間を呼んだ。お前たちの企みは即刻暴かれるだろう


 まず、刺客が放った銃弾が、囮となった青年の胸を撃ち抜いた。抵抗もせず、太郎は最期の役割を全うした。


 水面が揺れる。


 武器すら構えず倒れ伏した彼に、刺客の女は息を飲み……確かに、動揺した。


 ──無事、誘い込まれたようですね


 水面が揺れる。


 凛と響いた声の後、おそらく刺客は応戦しただろうが……結果は目に見えていた。

 ただの人間が、一体一で大神かれらに勝てるわけがない。


 ──なぜ、おごってしまったのか。なぜ、強さを見誤ったのか……。まったく、ヒトとは分からぬものです


 嘲るような、憐れむような、声音。

 やがて、銃声はふつりと途絶え、当たりを静寂が支配した。


 水面が揺れる。


 流れ出した血液は、静かに太郎の命を奪い続ける。とうに限界を迎えていた肉体が、終焉を待つかのように漂っている。


 水面が揺れる。


 水面が揺れる。


 水面が揺れる……。


「兄さん」


 きらり、と、銀の刃が月光を照り返した。


「次郎か」


 金の瞳が開かれ、慈しむよう細められる。


「覚悟は、決まったか」


 太郎の問いに、影は答えない。

 纏っていた白衣は、泉のほとりに脱ぎ捨てられている。


 ぱしゃり、と、水面が弾ける。


「兄さん、不思議なものだな」


 刃が煌めく。


「あれだけ悲しくて嫌だったのに、今は納得してるんだ」


 平坦な、いつも通りの声音が響く。


「左様か」


 だから、兄も、いつも通り応えた。


「色々考えて、こうするしかないって結論も出た。……だから、仕方ないなって」

「……如何にもおまえらしい。だからこそ……俺は、信じて託そう」


 弟が、腕を振り上げる。

 淡白な言葉に相応しく、躊躇いのない動き。


「そうだ。おまえならば、どれほど酷な選択になろうとも……大神の血を絶やすことはない」


 水面が揺れた。


 次郎と瓜二つの顔が、微笑を浮かべて水底へと沈みゆく。

 受け止めた腕は、既にびっしりと黒い毛に覆われ、鋭い爪が月光に輝いている。


 弟は、兄を喰らった。


 水面に浮かんだ月が消え、刹那の間にまた現れる。

 月の光は、ただただ穏やかにそこに在った。

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