第24話 衝突
須藤早苗は、暁十字の会……ひいては、矢嶋源三郎の狂信者だった。
年齢は東郷晃一とさほど変わらず、娘が1人いる。
夫が吸血鬼に殺されたことが、彼女の「信仰」の始まりだった。
彼女にとって吸血鬼のみならず「異形」はすべて悪であり、暁十字の会は正義だった。
愛した人が異形の牙により無惨な死を遂げた。その事実に変わりがない以上……
誰が、それを咎められるだろう。
***
1980年代、テレビは大衆の娯楽として強大な影響力を誇っていた。
「お茶の間でテレビを流しつつ団らん」と、いわば理想の家族像が全国で共有され、統一的に日常の背景として流される映像は「常識」を形作ってゆく。
だからこそ、人間が設立した人間のための組織が、それを利用しないはずはなかった。
「……と、言うわけなので、もしかしたら明日モミジテレビに陽岬学園が映るかも知れません」
通勤中に取材を受けた。身近な場所がテレビに映るかもしれない。……若い好奇心を駆り立てるには、充分すぎるほどの言葉だった。
おおー、と歓声を上げる生徒を尻目に、九曜だけは静かに竹田を見つめる。やがて、すっくと立ち上がった。
「……えっ、どうしましたか犬上さん」
制止に振り返ることすらせず、少女は廊下へと駆け出した。……犬の鳴き声は、絶え間なく耳元で異常を知らせている。
「(ヒトならざる力は弱体化されている……はず。持ち込める武器も限定している……でも……想定外はある……)」
嫌な予感が汗となり手のひらを湿らせる。
──呪ってやる
……なぜか、幼い頃に聞いた怨嗟の声が蘇る。
──ぼくはおまえ達を許さない……
少女の姿をした兄は、血反吐を吐き、血走った眼で事切れるまで叫び続けた。
……もう随分と前の話だが、幼かった九曜の記憶にはしっかり刻まれている。
犬上の家は呪われている。神に縋ったところで、贄を捧げたところで……逃げられはしない。
「犬上。教室に戻れ」
その声音は、「竹田」のものより随分と冷たく低く響いた。
「……猫を被らなくていいのですか、竹田女史」
立ち止まり、背後にちらと視線をやる。……九曜を呼び止めている女は、先程の「竹田」とは別人のような顔つきで言葉を返した。
「ふん、犬に憑かれたお前がそれを言うか。……怪物風情がよく言えたものだ」
壮年の女は先程の慈愛に満ちた瞳を嘘のように凍てつかせ、九曜の言葉を鼻で笑う。
「猫を被ったわけじゃない。私にとって、ここの生徒達は愛しい人間の子らだ。……だが、お前は違う」
「……差別反対です。恥を知りなさい」
ばちりと鋭い視線が交錯する。
「何してんの2人とも。喧嘩?」
……が、歩いてきた晃一の声で殺気は霧散した。
「何かあったのですか」
「不審者つまみ出してきたトコ。大したことじゃないし、気にしないで。……早苗ちゃんには、後で報告書出すし」
へらへらと笑う晃一をじとりと睨めつけ、「竹田」は教室へと帰っていく。キッと、今度は九曜が晃一を睨んだ。
「学園内での派手な動きは協定違反です」
「えー、それは俺に言われても困るけどなぁ」
いてて、と脇腹を押さえながら、晃一は廊下の奥に視線を投げる。クロードはとうに退散したし、シャルロットも教室に戻らせた。
「さすが早苗ちゃんだねぇ」
「彼女の扇動の腕は確かです。……気を付けなければ」
「それで、学園から出る度に記憶を奪っちゃうワケね」
「……。安全のためですから」
探るような視線をひらりと交わし、九曜も教室へと戻っていく。……その手が震えていたことを、晃一は見逃さなかった。
選ぶべきは、己の立場だろうか、……それとも、出会ってしまった小さな温もりだろうか。
もしくは、「命」を殺め続けた者として背負うべき運命だろうか。
2階の教室に目を向ける。……シャルロットも同じように選択を悩んでいると知ってか知らずか、男はいつもより数段重い足取りで歩み始めた。
遅れて教室に入ってきたシャルロットに、友人ふたりは心配そうな視線を向けた。……その表情は懸念に曇っている。
恩人が必死に守ろうとした一族。
ようやく手に入れた穏やかな居場所。
まだよくわからない、土着の神の末裔。
太陽は傾いていく。
……手にしたい光を、どこに探すべきなのだろうか。
6月はまだ長い。
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