幽霊の妹と温泉旅館で同居します。

伊月優

第01話 ♨ 幽霊姿の妹 ♨

――明後日から高校生になる上川勇は、幽霊の妹に出会った。




四月上旬。新しい物を感じさせると共に、学年も新しくなり責任感がより増える季節。

また、去年までのことを思いださせてしまう季節でもある。うれしいことも悲しいことも同時にだ。



勇はこの季節になると思い出してしまうことがある。それは妹のことだ。今から約六年前。この時期に二つ下の妹を病気で亡くした。

よほど悲しかったのか、事実を受け止められなかったかはわからないが、大好きだったサッカーを止めてしまっている。




今、勇は、自分の部屋にあるベッドに寝転がって、漫画を読んでいる。彼は端正な顔立ちでスタイル抜群。全体的に爽やかな雰囲気の少年である。


彼は明後日から高校生になる。勇が通う高校は、住んでいる場所から少し離れた私立高校である。

有名な学校ではないが、その高校の近くにある町の景色に、心を動かされたため受験した。偏差値もそこそこといった所だ。




それから数分後、漫画に飽きたのか、何かを思い出したのか、勇の部屋にある机に向かい始めた。机にある高校の教科書に目を向ける。


明後日の高校に備えて教科書などを指定バックに入れている。

今までとは違う環境。知っている人は誰一人いない。そういう緊張から、ため息が自然と出てくる。



「はぁ~、新しい環境だもんな。友達出来るかなー。」



こんな勇の悩みを聞いてくれる人はいない。なぜなら家に誰もいないからだ。

勇の母親は服のデザイナー。毎日服のデザインを考えなければいけないので家に帰ってくる時間は遅い。


父親は、アメリカで仕事をしているため、家に帰ってくるのは年に一、二回くらいである。日本に帰国しても三時間くらいですぐにアメリカへ出国してしまう。




そんな不満を両親に言っても今すぐ変わるということはない。高校で友達がで出来るか不安だ、なんて理由を言っても呆れられてしまう。むしろ小学生か、と怒られてしまう。


そのようなことはなるべく考えたくない。そう思ったのかスマホをいじり始めた。

イマドキ、理由がなくてもスマホをいじってしまう。現実逃避をしたい時なんて、もってのほかだ。



するとインターホンが鳴る。勇はスマホを置き、不機嫌そうな顔をしてゆっくりと一階に降りてくる。ちなみに勇は二階建ての一軒家に住んでいて、何一つ不自由なく過ごしている。


誰かと思い、だらしなく靴を履き、ドアを開けると……そこには誰もいなかった。

いたずらか、と思い、ドアを閉めるが何か引っかかる思いがあった。開けた瞬間に何かが入り込んできた気がしたからだ。




数秒自分が感じたものは何だったのかと玄関にたったまま考え込んでいたが、風だろうと勇は思い、ドアを閉めた。


そして上に戻ろうとしたところ、ちょん、と何かが勇の肩に触れた。勇以外誰もいない家で何かが触れるなんてまずありえない。

確かに感覚はあった。辺りを見渡すがもちろん何もいない。いるわけがない。



すると、床からヒョイっと白い物体が姿を現す。急に何かが飛び込んできたので勇はそのままひっくり返り、床に倒れる。


痛た……と勇は少し強く打ち付けた頭をさすり、さっきの物が何だったのか確認する。

今のは人間にはできない芸当のはずだから。



すると近くにいたのは白い服をきて宙に浮いている美少女。付け加えると、細身で、身長は浮いているので何とも言えないが、160といった所か。あと、巨乳。

白い服、浮いている。これから連想できるものと言えば、そう幽霊である。しかし、今は午後四時。そう夕方である。

夕方に幽霊が現れたとしても、そんなには怖くはないと思う。




勇は目の前に幽霊がいることよりも、人が浮いているということに驚いていた。数十秒が経過したがいまだに勇は何が起きたのかを理解しきれていない。

その二人のやや長い沈黙を破るかのように美少女が口を開く。




「久しぶり! お兄ちゃん。いや~何も変わってないね。ただそのまま大きくなったって感じ。」




⁉ まっさきに勇の頭にはクエスチョンマークが浮かびあがった。

知らない美少女にお兄ちゃんとか言われたら萌えるぜ! みたいな方は例外として、知らない人にお兄ちゃんと言われたら混乱するのが当たり前である。


勇は遠い親戚なのか、心優しいデリバリーのお姉さんなのかとあれこれ考えを巡らすが、混乱するだけだと、変な考えは捨てる。




「えっと、単刀直入にいうけど、誰だ?」

「え⁉」




美少女は残念そうに、何かを訴えかけるように可愛い顔で勇を見つめる。勇はさらに美少女に追い打ちをかける。




「デリバリーのお姉さんなら頼んでないので、お引き取り願いますか?」

「だからなんで変な想像しかしないの! 妹の玲奈!」




いやいや、それはいくら何でも……と勇はこの美少女が自分の妹だということを否定する。肯定する気はない。


まあ、とりあえずリビングで話を聞こう。ここで話してもどうしようもないと、提案する。




「なんで、お兄ちゃんの部屋じゃないの?」

「知らない美少女を部屋に連れ込んだら誤解を招く。まだ、妹だと信じてないからな。」



何だかんだで一階にあるリビングに美少女を案内した。リビングにはキッチン、テーブルなどがある。

とりあえず変なお客さんとはいえ、お客さんなのでお茶を出す。それが礼儀だ。

美少女は浮いていたが、普通に地面を歩くことも可能のようだ。



椅子に座り、話を聞く。最初から話そうとしていたでので、勇が止めに入り、途中までの流れを説明していた。

玲奈がお茶をすすり終え、勇のことを澄んだ瞳で見つめる。



「そんなに信じてくれないんだったらこれから妹だって証拠を言えばいいんでしょ?」

「そんなに怒りっぽくなるなよ。まあ話だけは聞いてやる。」



勇にはまだ余裕の笑みが浮かんでいる。証拠なんて言えるはずがない、この時の勇はそう思っていた。

しかし、次の玲奈の言葉を聞いた瞬間余裕の表情は無くなった。




「名前は上川勇。小学四年生の頃に妹の玲奈を亡くして、大好きだったサッカーを止めている。そして今は中学を卒業して明後日から高校生。」

「なぜそれを知ってるんだ?デリバリーのお姉さんにしては知りすぎているような。」

「だから私は、デリバリーの人でもないし、勇にぃの知らない人でもないって言ってるじゃん!」




玲奈は顔を赤くして、勇の妹だということを伝える。さすがに女の子なのでこの辺でやめておこう。

そして勇は自称妹の玲奈を信じることにした。なぜなら勇の妹にここまでしてなろうという人はいない。

仮に百歩譲っていたとしても、あまりメリットはない。だからこの幽霊が妹だと信じるしかない。


決定打となったのは勇にぃと呼ばれたことだ。


「まあ、信じてやる。だってそこまでして俺の妹になりたい奴なんて玲奈くらいしかいないだろ?」

「……え? あ、うん。」



一瞬、玲奈の瞳は丸くなり驚きに揺れていた。少しだけ沈黙が続いたのは、考えもしなかった勇の返答のせいだろう。


これで、小学四年生の頃のように、いつも通り妹と生活を…… なんてできるはずがない。

まずはこの家にたどり着いた経緯を話してもらわなければ。しかも幽霊だってことはこの世に未練があるってことだし。




「ま、久しぶりだし慣れない空気があるのも当たり前だ。思い出話でもしながらここに着いた経緯を話してもらいたい。」

「うーん、まずここに来たのは……」

「……」




どのようなことがあるのかと勇は覚悟して唾を飲み込む。




「ここに来たというよりも気づいたらいたって感じかな。」

「なんだよ、それ。」



勇は期待の眼差しを玲奈に向けていたが、徐々に目に宿る光は消えていった。

そんなのお構い無しにに玲奈は話を続ける。



「それでなんかこの家見たことあるなぁーって思って勇にぃに会って現在に至る。」

「お前な……幽霊だから許されることであってな、普通だったら訴えられてるぞ。」

「ねえ、」



玲奈がまだ話を続けたんだ、見たいな感じで割り込んでくる。



「おい、話は終わって……にゃ、にゃい。」



玲奈に両方の頬をつねられ、優しいようで若干強いような、力で引っ張られる。

勇は幽霊に頬をつねられるなんて初めての体験なので動揺はしていた。




「妹の話のことを優先してよー、せっかく会えたんだし。」

「ま、そうだな。というか餌を頬張るリスみたいな顔するな。」

「え、そんな顔してた? ……って、地味に話をそらさないの!」

「わかった。聞いてやるから。頬をつねるのやめろ。」




勇のその言葉を聞くまで、玲奈は勇の頬をつねっていたままであった。

あ、忘れてたと言い、素早く手を引っ込める。



「あ、でも少し待った。なぜ玲奈はデリバリーのお姉さんなんか知ってたんだ? だって記憶は小学二年生までだろ。その時から知っていたのなら別として……」

「向こうの世界で地球のことを見守ってたの。それで何というか……いろいろな知識を学んで。でも、これ以上言うとダメだからこの辺にしとく!」



向こうの世界とはどのような世界なのだろう。いつも以上に頭を働かせてる。もちろんそんなのは想像つかない。百聞は一見に如かずだ。


またどうして教えてはダメなのだろうか。そういう決まりなのがあるかもしれない。

また、そのようなことを聞いて玲奈の機嫌を悪くさせるわけにもいかず、また時間があったら聞いてみようと、今は喉まで出たがっている疑問をグッとこらえる。




「で、本題なんだけど……私がいない間にどんなことがあったのか軽くでいいから教えてくれない?速く文化に馴れとかないと。」




そして勇は二時間も玲奈のために使ってあげた。ゲームがいろいろと進化したことや、近くの施設が、別の建物になったとか、スマホを買ってくれたことなど。


玲奈は女子なのであまり興味を示さなかったが、自分が小学校や中学校に体験した話などを聞かせると目を輝かせて、夢中になっていた。

ちなみに、玲奈は地球を見守っていたと言っていたが、それはほんの少しの時間だけだったらしい。



話も一段落ついた所で時計をふと見ると、時刻は午後六時半を示していた。

そろそろ母親が帰ってくる時間である。いつもは何も感じないが、今日は特別であった。

そう、玲奈がいるのだ。母親は玲奈のことが見えているのだろうか、なぜか心配になってくる。



その後、数分もたたないうちに母親が帰ってきた。


「ただいま。夕飯すぐ作るから待ってって。」

「おかえり。」


勇たちは玄関で母親を優しく出迎える。スーパーで食材を買ってくるのでそれを冷蔵庫に入れたりしなくてはいけないので少し慌ただしい。


近くに玲奈がいるというのに母親は無視している。無視をしているのではなく、見えていないのだが。

久しぶりに母親と玲奈が再開してほしいという願いは残念な形で終わってしまった。



なんか切なくなるので勇は玲奈に自分の部屋で過ごしているようにと、母親の目の届かない所で玲奈に伝えた。

なぜなら一人で喋っているように母親から見られてしまうからだ。



玲奈は成長しているので、勇の気持ちくらいはわかっている。

で、玲奈は口には出さずに部屋に移動した。



リビングに戻った勇はテーブルにチラシが置いてあるのを目にした。

そこには『神田旅館、入居者募集中!』と書いてあった。

旅館なのに入居者とはどういうことだろう。自然と勇はそのチラシに興味を持つ。




勇が興味を持った理由は、旅館があまりにも豪華だったこと、入居者募集中という言葉が謎だったこと、そして、勇が通う高校にとても近かったことだ。

この神田旅館に興味を持った勇は料理を作っている母親に尋ねてみる。



「なあ、母さん。このチラシいろいろな意味で面白いね。」

「あ、そう。よかった興味を持ってもらえて。」

「……? どういうことだ母さん。」



料理をするのをやめて勇の顔を見る。



「勇も、もう高校生なんだし、一人暮らししてみない? 他にも理由はあるけど。」



考えていたのとは違う回答。というか思ってもみなかった回答。


勇はすぐに決断を下すことはできない……

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幽霊の妹と温泉旅館で同居します。 伊月優 @20040311

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