第一章 1年B組

第一話 入学試験

 自分にとって故郷とは武術の町で、悔しい思い出しかなかった。そんな町の門を背にして、風流れ白群が行く草原を一人で見ていた。人々が通る場所は草が枯れ、土が露わになって道になった。そして、俺の立つ大地は北方最大の華の国だ。

 今日俺は故郷を後にしてマルタ魔導学園の入学試験を受けるために国を発つ。全ては俺の生まれた町を、更には散々俺をボコボコにした姉弟子を見返すために。本当はそんな事はどうでも良かったのかもしれない。


          ***


「君が鈴風(リンフォン)君だね。僕の名前はグラ―ディオ。君の実技試験を担当する事になった者だよ」


 グラ―ディオと名乗った男はその逞しい右腕をスッと伸ばして見せた。俺がその手を見つめていると試験官は不思議そうに俺を見る。きっと挨拶なのだろう。俺の国には無かった文化だが、マルタ魔導国に来るにあたり色々とマナーを学んでおいてよかった。インチキマナー講習に出た意味をやっと実感した。今でも胡散臭いと思っているけど。

 右手を差し出すと想像以上に強い力で握られ「痛たた」と声が漏れた。俺もそれなりに鍛えていたが、これには面食らった。グラ―ディオ試験官は「すまん、すまん」と笑っているが、こっちは全然笑えない。


「そんなに緊張しなくていいさ。これが最後の試験なのだから」


 グラ―ディオ試験官が言う通り、筆記試験は午前に全て終わり最後の試験がこの実技なのだ。筆記試験の感触としてはあまり良くは無かった。合格点には届くだろうが、この実技で点数を稼がねば落ちる可能性も大いにあった。


「まぁ、勝つことが全てじゃないよ。始めようか」


 勝つことが全てじゃない? 冗談じゃない。勝ち負けは今の俺にとって全てであり、死活問題なのだ。絶対に勝ってやる。勝ってみせるさ。でなければ故郷を出た意味は無い。


 腰を落として構えを取った。体を半身に左手を前に出す。拳も手全体を結ぶのではなく、指先だけを曲げる。俺の拳法擬きが何処まで通用するか。道場での日々を振り返れば、嫌な思い出しか無く、もう振り返らない。

 流れる風は冷たく、吐く息が流れていくのが見える。遠くの風景が徐々に近づき、変わっていくのを見ているとやはりここは浮遊島なのだと思い知らされた。やがて風に潮の香りが乗り始めた。海の上を飛んでいるのだろう。魔導国の超技術はすげぇや。


 マルタ魔導学園は浮遊島ドラシル島の上に存在する教育機関で、全世界から魔法や魔術等を扱える人材を発掘し、育てる事を目指している。それ故に浮遊島で探しに行くのである。


「八極拳というのだったか、紅花(ホンファ)君を思い出すな」


 ホンファというのは俺の道場の姉弟子でよく散打に付き合わされたという嫌な思い出しかない人だ。この学園に来た目的の一つで、見返すのが最優先事項とも現時点では言えた。


 試験官の武装はグラディウスと円盾か。魔導学園と聞いていたが、近接武器なら何とかなるかな。正直、遠距離で砲台みたいになられたら俺には辛い相手となる。


 始まるや一気に距離を詰め、足を余り上げない震脚から右の手のひらを押し出す川掌(せんしょう)。拳法擬きと言ってもそれなりに功夫を積み重ねているのだ。基本こそ全て。


「ヤーッ!」


 どんッ。


 円盾に防がれた。試験官は円盾の強みを最大限に利用している。俺は勢いのままに腕から肩口までを試験官の横をすり抜ける。試験官は余裕な様で追撃を行わない。そこから何とか踏みとどまり、技を無理やりに繋げにはいる。

 重心を再度下げると右足を踏み込んで頂肘(ちょうちゅう)、肘撃ちを放つ。次の攻撃に備えて左手は腰に添える様にしている。これが外れれば肩をぶち込むか、両手を押し出す事もするが、中途半端に修めた俺の八極拳では程度が知れている。


 ガっドーン。


 肘が円盾の中央に炸裂した。一瞬教官がよろめくが、直ぐに体勢を立て直す。流石は戦士系の試験官である。


 ここまでで、俺が攻め続けて一本を取るのが難しいと見た。足を止めて試験官に待ったと手のひらを見せる。


「グラ―ディオ試験官。貴方から攻めては貰えないだろうか?」


 試験官は目を見開いた。同じ驚きの表情でもその意味合いは違うのだろう。けれど、俺には仕切り直した上で、教官の攻撃を利用する方法でしか一本を取れそうになかった。


「君が私に一撃を加えればいいんだぞ? 俺から一本取られれば不合格なんだぞ」


 やっぱりそうなるか。普通に考えれば攻めてくれと言われれば、相手はこちらの事を変態か阿呆か、はたまた何かあるのかと思うだろう。大半は前半二つだろうが、試験官はどう思うだろうか。


「一本取られれば諦めます。だから、お願いします」


 頭を下げると剣を持った手で頭を掻くと、


「珍しい受験生だな。攻めてくれ、なんて。そこまで言うのなら私から攻めよう。しかし、私が危険だと判断したらそこまでだからな」


 試験官の言葉に俺は力強く頷いた。そして、背水の陣を敷いた


「グラ―ディオ試験官、感謝します」


 試験官はグラディウスを掴むとじりじりと距離を詰め始めた。くるくると回される剣と視線の先を追いつつ、右手で腰をまさぐる。


 視線を僅かに下げると影が動いた。姿勢を低くし、盾を前面に押し出した突撃だ。


 左手を出したまま、右手に俺の最大火力にして、俺的初見殺しの道具をポケットから取り出す。八極拳から逃げた俺が磨き続けたこの攻撃を叩き込んでやる。外せば終わりだと思う心を意識の外に放り出す努力も同時に重ねた。


「何もしないで試験は通れないぞ」


 盾が俺の腹側にスライドし始めた。盾の向こうに金色の瞳が覗く。そして、次に来るのはグラディウスによる突きだろう。


 想像通りだ。しかし、鈍く光る剣を視界に入れると生唾を飲み込んだ。兄弟子たちの六合大槍による修行を見た事はあっても、実際に刃物と対峙するのは初めてだった。


 冷汗が流れ、動悸が速くなっている。自覚もある。だけど、やらなければならない。あの背を追い越すために。


「降参するか?」


 教官の低く、俺を心配する声が鼓膜と足を震わせた。


(負けたくはない。ここにホンファ姉が居るなら尚更、負けたくはねぇ)


 緩やかに肩を使い、弧を描きながら、纏(てん)の応用を左の肘で行う。今使える防御法はこれ以外にない。駄目なら諦める。それだけだった。


 鈍く光る剣は俺の長袍(チャンパオ)の肘部分を切り裂いた。裂かれた袖からは鉄製の肘当てが顔を覗かせる。少ない火力を底上げし、尚且つ防具としても使える様に隠しておいたのが役に立った。


「なッ⁉」


 僅かに表情を歪ませた試験官であったが、直ぐに体勢を立て直し、構えを取った。


 流石は戦闘の試験官だ。俺ならそのまま倒れて逃げるか、諦める。けど、あの隙を好機と攻めたら返り討ちだっただろうな。


 その間に右手の指に挟んだ細い針と細い特殊な糸を地面に打ち込んだ。


 まだ、試験は始まったばかりだ。


 大きな円を描くように体を捌きながら、試験官の攻撃をいなす。左手を相手に向けた半身の姿勢を維持。


 散打のおかげで何とか攻撃は捌けているな。良し、この調子だ。


「どうした、どうした? 攻め手を欠いて試験は通らんぞ?」


 一撃一撃の威圧感はホンファ姉よりもない。あるのは刃物に対する恐怖心くらいのもので、殺気が乗っていない分何とかなっていた。


 時折、大きく左足で踏み込んで左の肘で裡門頂肘(りもんちょうちゅう)を叩き込んだ。同時に右手は一直線に後ろに伸ばしてバランスを取りながら、全身を後ろに飛ばすべく左足を踏ん張る。


 しかし、利き手でない上に苦手な攻撃では火力は期待できない。結果は直ぐに出た。


「どうした? 先ほどよりも浅いぞ」


 教官は八極拳を知っているのか。ある一定の距離以上は詰めては来ない。これでは牽制も意味をなさないか。なんとかこちらのペースに持ち込みたい。


 踏み込んだ左足で一気に体を後ろに飛ばすと、三つ編みのお下げが肩から体に掛かる。これも武器になるのだが、ここでは使えない。


「ホンファ君の事もあるから楽しみだったが……」


 んーッ!


 いつも比べられていた。相手は女の子なのに比べられて、劣等感しか抱かなかった。だから、俺は八極拳から逃げた。けど、それはホンファ姉から逃げるためではない。だから、ここに来た。


 下がって回避するだけに見せる。それから、バランスを整えつつ、田植えの様に糸を通した細い針を地面に打ち付けた。糸には龍脈からのエネルギー、この国で言う所の魔力が流れている。けど、これだけでは意味を持たない。


 地面にぐるぐると円弧を描くように立ち回る。すり足の様な歩法の結果として出来上がった物で、当然教官もそれには気が付いているだろう。しかし、俺のやろうとしている意味は理解していないだろう。ならば、チャンスだ。


「ん? 何をしている? 八極拳にこの様な戦い方は無いだろう」


 最後の刃とのやり取りを終えると渦巻の中心に俺と試験官は立っていた。風には潮の香りとすり潰された草の匂い、更には抉られた大地の匂いも混ざる。潮の香り以外は今までの練習で何度も嗅いだ、慣れ親しんだ匂い。心が安らぎ、鼓動もいつも通りに戻っていく。


「これが俺の最大火力にして、唯一の武器」


 腹の底から響くように声を出し、腰をガクッと落とし込む。


「特殊な龍脈だったから心配だったんだ」


 一番外側の始まりの糸から青い炎の様な光が走り始める。それは徐々に勢いを増し、周囲の草も土も焦がし、俺の足元に辿り着く。


「螺旋魔法か⁉」


 マルタ魔導国では、そういうらしい。俺はこれを単に渦巻きと呼んでいる。


「登龍昇波(ドンロンシォンブォ)!」


 一気に龍脈から流れる魔力が俺を走り抜けていく。全身が焼けるように熱いが、ここまでくると心地よい。そして、龍脈から溢れる魔力が俺を通して龍に成っていくのを感じる。この高揚感だけは最高だ。


 一息に試験官の懐に飛び込んだ。相手から見れば一瞬で俺が消えた様に見えるだろう。

 足から膝、膝から腰、腰から肩、肩から肘。魔力は俺の体を通り道として暴れ、奔流は右掌を通して教官の顎を捉える。

 青い龍が教官の顔を抜けて天に昇った。そのまま龍は彼方へ消えてゆく。


 や、やった。登龍昇波が決まった。けど、連発は効かないな。しんどいな。それに、痛い。


 体中の骨、血管、筋肉が悲鳴を上げている。俺の体は結構丈夫に出来ているが、これだけは何度修行をしても同じ結果だ。


「うっ、うぅぅっつッ」


 その声に相手が居た事を思い出した。


「し、試験官。大丈夫ですか?」


 起き上がろうとする試験官に肩を貸すが、やられた試験官よりも俺の方が足腰ふらふらで逆に俺が肩を貸される立場だ。


「おいおい。一応俺がダウンして、君が唯一試験官を撃破したのにこれではどちらが勝者か分からんではないか」


 試験官の声には負けた悔しさよりもどこか嬉しさの様な色が見える。負けたのに、おかしな人だ。


 これが俺の入学試験での実技の顛末だった。

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