第51話 その姿は
なんとかミルの危機を救うことができた。だがそれは、一時的なものであり、危機的状況なのは変わりない。
それに、立ち上がれたとはいえ、万全な状態とは言えない。まるで自分の倍の重さがある鉛でも背負っているかのように、体全体が重い。
「てめぇ……生きてやがったのか」
まさか僕が生きていたとは思わなかった男は、苦虫をかみ砕いたような顔で僕を睨んだ。だが、ふらふらしている姿を見て、わずかだが、安堵を見せた。
「ククッ、どうした?辛そうだぞ?」
「うるさい……。早くその手を離せ」
「離せ?なら、力ずくでやってみろよ」
そう言った男の掌から、サバイバルナイフ程の刃物が飛び出てきた。服の中からではなく、掌からナイフが出てきたことに、僕は驚きを隠せなかった。
「驚いたか?驚いただろ?これが俺のスキル『武器生成』だ。ありとあらゆる武器を、体のどの部分からでも作り出せる」
「……なるほどね。そんなブカブカな袖のどこにナイフを隠してたんだと疑問に思っていたけど……。武器を生成できるんだから、何もないところから武器を出すなんて、造作もないよな……」
男は、生成した武器をミルの首筋へとあてる。剣先がミルの肌に触れ、ツゥーっと赤い線が出来る。
「ッーー!!」
「ほら、どうした?離してほしいんじゃないのか?」
「お前っ……!!」
男の下卑た笑みに殺気が沸き立つ。今すぐあいつの顔面をぶん殴ってやりたい。だが、殴ることはおろか、一歩を踏み出すことすら出来ない。そんな自分がもどかしくて、情けなくてーー
「あぁあああ!!」
だからこそ、自身を奮い立たせた。両手で片足を持ち上げる。その足を前に持っていき、形だけ一歩踏み出した。それは、踏み出すとは違うかもしれない。だが、一歩歩けたのは事実だ。
「くっ……」
しかし、もう片方の足が前に出ない。そのままバランスを崩し、地面へと転がる。顔面が地面に接しているから、口の中に土が入り込み、じゃりっとする感触に不快感を覚える。吐き出いたいが、吐き出した瞬間、別の土が口の中に入り込んでくる。
足に力が入らない。だけど、こんな事で立ち止まっていられない。
僕は腕を使い、体を地面にこすりつけながら男との距離を詰めていく。
足が動かないなら、這いつくばってでも進め。自分可愛さに、出来ない理由を探すな。出来る事を探せ。そして、救え。自分が守りたいと思った人を、全力で、命を賭してでも守り抜け。
「そんな体で、どうしようってんだ……っよ!!」
「ぐはっ……!」
男は、そんな僕を踏みつける。だけど、僕は進み続けた。あれがある場所に辿り着くために。
「おらぁっ!!どうしたっ!?俺を捕まえた時の威勢はどうしたんだよっ!!」
圧倒的な優位を確信しているからか、全然警戒をしていないようだ。だから、
--その隙を突いた。
「っ!?な、にしやがったてめぇ!!」
男は、急な痛みに困惑する。
僕の手に握られていたのは、短剣だった。その剣先は、男の血で赤く染まっている。
「なぜ剣を持ってやがる!?お前は剣を抜く素振りなんてーー」
「僕は剣を腰からは抜いていないよ」
「ッ……!?まさか!?」
男は、辺りを見渡す。しかし、あるはずの物が、どこにも刺さっていなかった。
「あの時投げた剣か……!!」
「いくら警戒をしていなくても、剣を抜かせてくれるとは思わなかったからね」
男のナイフを弾くために投げた剣は、運が良かったのか、男の近くに刺さっていた。僕はそれを見つけ、男に反撃出来るなら、この手しかないと思ったのだ。
僕がしてやったりの顔で笑ってやると、男は顔を真っ赤にした。何の抵抗もできないと思ったやつに、不意打ちだからと言って、攻撃を食らったのが癇に障ったらしい。
「こっの!!死に損ないがぁ!!」
「がふっ!?」
男に思いきり蹴り飛ばされ、再び地面を転げる。だが今度は、腹部の強烈な痛み付きだ。吐き気も先程と比べ、尋常ではなく、事実黄色い液体が口の中から吐き出された。酸っぱい臭いが口の中に広がる。
「お前を痛めつけるのはもう終わりだ!!この女もろとも皆殺しにしにしてやらぁ!!」
「やめ……ろ……!」
男は、自らの体内から生成したナイフを握り締め、腕を振り上げる。体は動かない。助けに行く事も、剣を投げ弾くことも、今の僕には出来ない。
(何かないか……!!何か打開策は……!!)
「……私を、使ってください」
「レイ……!?」
そう言ってきたのは、レイだった。だけど、体が動かない今、レイが剣になっても、あいつをぶちのめす事が出来ない。それは、レイ自身も分かっているはずだが……。
「……私があなたを支えます。どんな逆境も乗り越えられるように。あなたが、もう何も失わないように」
レイが手お握ってきた。僕は、それに応えるように、レイの手を握り返した。強く、強く。
「だから、前を向いてください。あなたは、わたしの英雄なのですから」
「っーー!!」
レイの体が発光する。それは、初めて武器化した時と同じ光。いや、それよりもより強く輝いている。力が、レイから流れてくるのが分かる。
「死ねぇぇぇ!!」
男が、ミルに向かってナイフを振り下ろす。ミルにナイフが当たろうとした。その刹那ーー
風が吹いた。ありとあらゆる物を包み込んでくれる、聖母のような優しい風が。
「なっ!?」
しかし、その風が吹いた瞬間、男が持っていたナイフが、一瞬にして砕け散った。まるで飴細工が壊れるかのように。
「何も失わない。どんな事をしてでも守り抜いてやる……」
風が吹く方向にそれは立っていた。目は血のように赤くなり、右手は、強引に溶接したかのように、剣が歪に融合していた。
「拓……さん?」
そんな拓の姿を、ミルはただ眺める事しか出来なかった。
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