第50話 目覚め

 レイは、自分の血液が入っている瓶をアスレに手渡す。

 アスレは瓶を受け取ると、「ありがと」と短く礼をした。アスレは、受け取った瓶の中に、布を入れた。布は、レイの血液を吸い、赤黒く変色していく。

 目を閉じ、意識を集中させる。


「創造は神の御業なり。破壊は魔神の所業なり。創造と破壊を司る二伸よ。私に力をーー」


 それは、呪文とも詠唱とも言えない言葉だった。言葉を紡ぐ度、淡い光が、アスレの体を包み込んでいく。


「錬金術ーー合成」


 アスレがそう呟くと、アスレを包み込んでいた光が、一気に布に吸い込まれ、輝きだした。


「これが……錬金術……」

「そう。物質を一度細分化して、別のものに再び構築するのが錬金術。まぁ、物質と同等の価値がないと無理だけど」

 

 瓶の中は、布ではなく、赤黒い液体になっていた。

 魔法には、物質を創造するのもある。しかし、ある物質を全く別の物質へ変える魔法は、レイが知る限りではない。

 それに、もし同等の価値がある物質を他の物質に変えられるのだとしたら、その利用方法は無限だ。ーーもしかしたら、このスキルを我が物にしようとする人も……。レイは、そこで考えるのをやめた。考えないようにした。

ーーそれは、多分アスレ自身がよく知っていると思ったから。


  アスレは、手に持っていた瓶を逆さにして、血液を拓の体に、水を与えるようにかけだした。その行動にレイはぎょっとするが、アスレがかけた血液は、まるでスポンジが水を吸収するように、拓に染み込んでいく。


「これは……」

「驚いたでしょ。ポーションと同じように液体に魔法をかけたの。成功してよかったわ」


 ポーションには。薬草の他に、吸収性を高める魔法をかける。ポーションを使うときは。それなりに危機的状況の時だろう。そんな時に、徐々に回復するポーションに、何の価値があるだろうか。 そのため、時間短縮のために吸収性を高め、即効性を付与した。


「あとは、この人次第だわ」

「……拓さん」


 レイは、目の前で手を組みひたすら祈った。今まで神様に願ったことのないレイが、強く、強く願った。自分の愛しの人が、無事目を覚ましてくれることを。


◇ ◇ ◇


 --ここはどこだろうか?

 空中に浮いているような、水中で漂っているような、そんななんとも言えない浮遊感を感じていた。

 寒い。熱い。寒い。熱い。そんな矛盾した感覚が、順番に等間隔で訪れる。不快極まりない感覚だが、何故か体を動かす気力が出ない。

 真っ暗な空間。ここはどこで、何日で、何時なのか。何もかも分からない。いうなれば、無の空間だろうか


(何か……しなきゃいけない事があったような……)


 朧げな意識の中で、ふとそんな事が頭に浮かんだ。だが、それはどんな事なのか、思い出せない。


(眠い……)


 瞼が重くなっていく。このまま微睡みに身を任せるのも悪くないか……と、抵抗らしい抵抗はせず、そのまま瞼を閉じる。


『--。-ーー』

「ぇ……?」


 先程まで何も聞こえなかったこの空間に、誰かの声が響いた。


『-ーーて』

「だ……れ?」


 その声は、徐々に僕に近づいてきているようだった。右から声が聞こえたと思ったら、いつの間にか左から声がする。まるで、僕の周りを縦横無尽に動き回っているようだ。


『ーーーあげて』


 それは、とても美しく、優しい声だった。よく鈴の音のような声と聞くが、まさにこの声の事を言うんだろうと、直感的にそう思った。


「だれ、だ……?」


 掠れた声で、声の主に問いかける。姿は見えない。声で女性だという事がわかるが、逆に言えばそれ以外分からない。


『ミルをーー助けてあげて』

「っ……!?」


 しかし、返ってきた言葉は、たった一つの願いだった。それを聞き届けた瞬間に、声は聞こえなくなる。

 ミルを助けてあげて。それは、ミルが危険な状況だと説明するには時十分だった。


「……けよっ!!」


   僕は、全身に力を入れる。起き上がろうとしても、まるで何倍もの重力に抑えつけられているかのように、全身が重い。


「動けよ……!!」


  腕を持ち上げるたびに、骨が軋む。足を持ち上げるたびに、激痛に襲われる。だけどそんな事は、今はどうでもよかった。


「動けぇぇぇ!!!」


 思いきり体を起こすと、目の前が白い光で覆われる。波が逆流しているかのように、光に暗闇が吸い込まれていく。暗闇が全て吸い込まれた瞬間、光が激しく輝きだした。ーー目覚めの時だ。


◇ ◇ ◇


「ミルさん!!」


 男は、ナイフを振り上げ、今まさにミルを刺し殺そうとしていた。

 まだ、拓は目覚めない。かといって、今から助けに行っても、絶対に間に合わない。

 絶体絶命の状況。


「死ね」


 男のその一言を合図に、ナイフが振り下ろされる。

 しかし、その時に拓の指がピクリと動いた。


「ぁ……」


 それは、いつ投げられたのか、近くにいたレイもアスレも気づかなかった。気づいた時には、ガキンと金属同士がぶつかる音が響き渡った後だった、


「おかえり……なさい。拓さん」


 それは、レイにとって、ミルにとって、待ち望んだ光景だった。


「うん、ただいま、ミル」


 そこには、立ち上がって剣を構える、拓の姿があった。







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