第49話 救うために

 遡ること数十分前。

 ミルが、男を引き付けてくれているおかげで、レイは拓の治療に専念できた。

 いや、専念できると言ったが、レイには専門的な技術があるわけではないし、専用の器具があるわけでもない。だけど、ここで何もしないという選択肢は、レイにはなかった。

 まずレイは、ミラス王国で買ったポーションをバッグから取り出した。ポーションは球状のガラス瓶に入っており、飲み口は栓で塞がれている。

 栓を取ると、キュポン小気味よいとを立てて外れ、中に入っている青色の液体を拓が刺された傷に振りかけた。


「っ……うぅ……」


 ポーションを振りかけた傷が、まるで水が蒸発したような音を立てて塞がっていく。


「やっぱりダメ……。表面だけしか塞がらない……」


 確かに傷は塞がり始めた。しかし、それは表面の筋肉が修復されただけで、内臓近くの筋肉は修復されていない。それに、あと一つ決定的に足りないものがあった。


「血も出しすぎてる……このままじゃ……」


 思った以上に、拓は血を流しすぎていた。例え傷が完全に塞がっても、立ち上がることすら困難だろう。出来るなら、私の血を分けてあげたいとレイは考えたが、もし血液の型が違っていれば、さらに状態を悪化させてしまうと思い、その選択肢を捨てた。それは絶対にダメだと。


「……とりあえず、あるだけのポーションを……!」


 レイは、バッグから今あるだけのポーションを全て取り出し、かたっぱしから栓を開け、傷口にかけた。中には口から摂取するタイプのポーションもあり、そっと口に注ぎ込む。

 口から摂取するポーションで、内臓付近の筋肉が塞がると思うだろうが、口から摂取すると、体全体に行きわたるから、治癒の効果半減し、特定の場所を治癒することが出来ない。 傷口は、完全に塞がったとは言い難いが、応急処置程度には塞がった。次は、傷に雑菌が入らないように、包帯を巻きたいが、今手元にはない。レイは辺りを見渡し、何か包帯の代わりになりそうな布を探した。


「ダメ……どれも汚れている……」


 どれも土や泥などで汚れており、とても包帯になりそうになかった。


「んっ……!」


 レイは、自分が着ているワンピースのスカートの端をビリっと破った。ある程度の長さまで破り、拓の傷口に巻ききつける。これで傷口の応急処置は完了した。


「血をすぐに増やすなんて、絶対に無理……」


 しかし、すぐにでも血を与えなければ、失血多量で命が危ない。レイは、考えて考えて考えた。拓を救うための手を。しかし、やは血を一瞬で増やすなんて、無理難題にも程があった。


「誓ったのに……!絶対に失わないって誓ったのに……!」


 レイは、自分の手から命が零れ落ちているような錯覚に襲われた。必死に消えないように、失わないように、必死で掴もうとしているのに、少しずつ命が零れ落ちていく。


「いやだ……」


 拓の胸にそっと手を当てると、心臓の音が徐々に小さくなっていく。自分は何もできないのか?救ってもらったのに、私は拓さんを救えないのか?そんな自問自答が頭の中で延々と繰り返される。


「まだ、手はある」

「ぇ……?」


 視線を上げると、そこにはアスレが立っていた。

 先ほどまで取り乱していたが、落ち着いたらしい。しかし、まだ恐怖は残っているようで、手が小さく震えていた。顔色も悪く、明らかに具合が悪そうだった。


「……大丈夫ですか?」

「今は私の心配をしている場合じゃないでしょ。早くしないと、この人死ぬよ」


 死ぬという単語を聞き、レイの身体が強張る。改めて言葉にされ、死への実感が強まる。


「手があるって……どうするんですか?」


 レイは世間知らずといえ、ある程度の知識はある。魔法の知識も例外ではなかった。レイの記憶では、血を奪う魔法はあっても、血を譲渡する魔法はなかったはずだ。魔法でも難しいのだから、何か道具でするなんて不可能だ。もし可能でも、血液の型の問題もある。


「血を作るの。どれだけ失ったか分からないから、とりあえず2リットルくらい作ってみるわ。何か、いらない物ない?」


 アスレにそう言われ、レイは辺りを見渡す。すると、先ほど包帯の代わりにしようとしていた汚れた布が目に入った。レイは、こんなものでいいのか?と疑問に思ったが、とりあえずアスレに渡すことにした。


「次に、液状の物はない?」

「液状の物……」


 レイは、バッグの中を探る。しかし、バッグの中には空のガラス瓶だけがあった。先ほど拓に使ったから、ちょうど切らせてしまった。近くに湖や川があればよかったのだが、そんな都合よくはいかない。


「……少しお待ちください」


 レイは、拓の腰に携えてある短剣を引き抜くと、なんと自分の手首を切り裂いた。


「なっ!?」


 まさかの行動に、アスレは絶句する。

 レイの手首からは、赤い血が流れており、その切り傷が痛々しく主張していた。そしてその血を、空になったガラス瓶に入れていた。


「……どれくらい必要ですか?」 

「えっと。その瓶だったら、底が埋まるくらいで大丈夫……」


 レイの行動にも驚いたが、その躊躇のなさにも驚いた。拓を助けるためだからといって、まさか躊躇なしに手首を切り裂くとは思ってもみなかった。それも、さも当然かのように。

 アスレは、そんなレイに薄気味悪さを感じた。どんな経験をしたら、自分の腕を躊躇なしに切り裂けるのか。アスレには想像できなかった。ーーだからだろうか。


 薄気味悪さと同時に、期待を持ってしまったのは。

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