第48話 あの日の言葉
私の呼びかけに応えてくれた精霊さん達が、私の周りを飛び回る。
まるで私を守るようにして飛び回る精霊さん達を信じて、目の前の男に集中する。
拓さんが不在での戦闘。初めての一人の戦闘に、無意識に体中が強張る。頬に汗が伝い、心臓の音がうるさい。足も震え、出来る事ならこの場から逃げ出したいというのが本音だ。
--だけど、逃げてはいけない。少しでも、時間を稼ぐんだ。
「ちっ!このっ!!」
男は、飛び回る精霊さんたちを払い除けようとする。しかし、小さく素早い精霊さん達を、そう簡単に払い除けられるはずがなかった。
しかし、そもそも精霊さん達は戦闘が得意な種族ではない。体は小さいし、力も弱い。今こうして戦ってくれているのは、私を守ってくれるため。無理をさせているだけだ。
「皆、ありがとう……」
そんな精霊さん達に、私はお礼を言うしかできなかった。だから、私だけ何もしないわけにはいけない。精霊さん達が体を張っているのだ。私も体を張らないと!
「やぁぁ!!」
木材を腰辺りで構え、男に向かって走っていく。拓さんの見様見真似だが、今は真似でも何でもいい。
「光の精霊さん!お願い!」
私がそう叫ぶと、光の精霊さんが光り輝く。急に目の前で光りだした事で、男は思わず目を瞑る。その隙に、私は男の懐へと入る。そして、木材を思いきり横に振り、男の腹を殴る。
「ぐぉ!?」
暗闇からの腹への衝撃。まさかの一撃により、男は後ろへよろめく。腹を抱え、苦しそうに悶える。
そこに、すかさず二撃目。木材を振り上げ、薪割の要領で、男の脳天け振り下ろす。命中した瞬間、ドコッと鈍い音がなり、男は動かなくなった。
「……やっ……た?」
男が動かなくなったのを確認した瞬間、身体の力がふっと抜けた。手から木材が落ち、静寂の中でカランカランと音を立てる。
力なくその場に尻もちをつき、ふぅ……と深く息を吐く。まだ鼓動が早く、手が震えている。この震えは、緊張や恐怖の余韻だと思うが、恐らくそれだけじゃない。
「レイさん!私、やっーー」
「ミルさん!危ない!!」
「え?」
その言葉と同時に、太い腕が私の首を強引に締め付ける。そして、目の前にナイフを突きつけられ、恐怖と混乱で目を見開く。まさかの状況に、頭が真っ白になった。
「なん……で……」
たしかにさっき気絶させたはずだ。脳天に一撃を入れたのだ。気絶まではしなくても、しばらくは動けなくなるはずなのに……!
「ガキの一撃で気絶する殺し屋がいるわけねぇだろ。おめぇぐらいの打撃なら、今まで何度も経験してんだよ」
「----!」
過信していた。己惚れていた。初めての勝利に、浮ついていた。だから、最後に注意を逸らしてしまった。少なくとも、拓さんが起きるまでは見張っておくべきだった。
自分の不甲斐なさに、ほとほと呆れる。出来る事なら、先程の勝利に浸っている自分を殴りつけたい。
「この、うようよ浮いているやつも、俺に大した攻撃もできないようだな」
精霊さん達の力が小さいことにも気づかれた……!この短い時間に、精霊さんの力量と、この状況を作り出すために作戦を考えていたって事……?
拓さんに一度敗れたから気づかなかったけど、この男はヤバイ。
--最初から、この男に勝つなんて、私には出来なかったんだ。
「依頼には入っていないが、お前たちも死んでもらう。不安の種は早めに摘んでおかねぇとな」
そう言うと、男はナイフを振り上げる。まるでスローモーションのように、ナイフの動きがゆっくりに見えた。
「ミルさん!!」
私は、何も出来ないまま、ただナイフを見つめる。体は動かず、息が苦しい。
そんな時、脳内で声がした。
ーーミル。あなただけでも逃げて。そして、生き延びて。生きるのが辛いと思うかもしれない。心が折れてしまう事もあるかもしれない。それでも、ちゃんと生きて。必ず守ってくれる人に出会えるからーー。
それは、遠い遠い記憶。優しい声音で、しかし、しっかりした意思で。私にそう言ってくれた、私の今はいない愛しい人。
「お……母さん」
涙で滲む視界に、お母さんの影が見えた気がした。無意識に、その陰に手を伸ばす。ありえないと分かっていても、お母さんが私に笑いかけてくれたような。--そんな気がした。
「死ね」
その一言を合図に、ナイフが振り下ろされる。
ガキンッ!!
しかしその瞬間、金属が何かに当たる音が聞こえた。男が持っていたナイフが、宙を舞って地面に突き刺さる。そして、それと同時に短剣が地面に転がっていた。そして、その短剣には見覚えがあった。
「っ……!うぅ……」
それを見た瞬間、涙が溢れ出た。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、なんと声を掛けたらいいか分からない。お礼か、気遣いの言葉か。かけるべき言葉は色々あったはずだ。だけど、私はあえてこの言葉を選んだ。
「おかえり……なさい、拓さん」
「うん。ただいま、ミル」
そこには、立ち上がって剣を構える、拓さんの姿があった。
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