第47話 やるべき事

「さぁ、聞かせてもらおうか。なんの目的で僕たちを狙い、このスラム街を爆破さした?」


 僕は、男の首筋に剣を突き立て問い質す。男は奥歯を噛みしめ、こちら睨みつける。しかし僕は、そんな事に構うことなく、静かに言葉を放った。


「早く言え。僕は気が短いんだ」


 出来るだけ相手に考える時間を与えないのが、取引などのコツだと何かで読んだ記憶がある。……あれ?詐欺のコツだっけ?まぁ、どっちでもいいや。そんな信憑性のかけらもない事を実行したが、これまたどうして、上手くいってしまった。


「……俺は何も聞かされていない。金で雇われただけだ」

「誰に雇われた?」

「……」


 男は黙り込む。なるほど、雇い主を言わないとは、雇われ暗殺者としては優秀だろう。しかし、今僕が求めているのは、そんな態度ではない。


「早く言え」


 剣先を男の首筋に押し当てる。男の首筋から鮮血が流れ、僕の剣を赤い液体が伝う。


「--ドゥエルド。確かそう名乗っていた」


 観念したのか、男は吐き捨てるようにして雇い主の名前を言う。ドゥエルド……何故か分からないが、その名を聞いた瞬間に、なんとも言えない不吉感を感じた。その名を聞いたのは今が初めてのはずなのに、体の芯が、本能がその人を拒絶した。


「なん……で……、、、あいつの名が……」

「アスレちゃん?」


 アスレちゃんの顔色が青ざめ、絶望に染まっていく。身体を小刻みに震わせ、肩を抱き、何かを恐れているかのようだった。

 あまりの取り乱し方に、僕はアスレちゃんに視線を逸らしてしまった。


『危ないっ!!』

「えっ……?」


 誰かが叫ぶ声。次の瞬間、腹部から鋭い痛みと熱を感じた。腹部に視線を向けると、小型のナイフが腹部に刺さっていた。血が徐々に溢れ出し、血が外に抜けていくのを感じる。


「っ!?」

『拓様!!』

『拓さん!!』


 堪えようのない嘔吐感を感じ、思わず吐き出すと、血塊がごぼっという音を出しながら地面へと落ちる。

 視界が眩みだし、その場にバタンと倒れこむ。もう、指の感覚がない。声も出せない。ーー何も、出来ない。


「くくくっ……神経毒が回っているようだな。雇い主から貰っといて正解だった」


 もう脅されることない男は、邪悪な笑みを浮かべながらクククッと笑う。男は、笑いながら僕の腹や頭を蹴りつける。何度も何度も何度も。


「やめてぇぇ!!」

「っーー!?」


 横から、男に目掛け何かが降ってくる。男は、それを間一髪のところで回避する。


「なにすんだこのガキ!」


 そこにいたのは、棒状の木材を持っていたミルだった。振り下ろしたのは、どうやら手に持っている木材だったようだ。

 何故武器化が解けているのかと一瞬不思議に思ったが、単純に考えて、僕がこんな状態なのだ。当然、ミル達の武器化が自然に解けるのは、ありえない話ではなかった。


「きゃっ!」


 バキッと鈍い音と共に、ミルの体が吹っ飛ぶ。当然、受け身の取り方が分からないミルは、勢いに任せて地面を転がる。見ると、ミルの体には細かい傷が無数にできていた。 


「ミ……ル……」


 それは、声にすらなっていなかっただろう。息を吐いただけ。口で形を作っただけ。

 名前すら呼べない自分に、心底嫌気がさす。自分の不甲斐なさを嘆く。

 もう、僕は意識を保てないだろう。視界が霞みすぎて、真っ白な光景が広がっている。思考も徐々に停止していく。このまま僕達は、この男に殺されるのだろうか。また、僕は誰も守れないのだろうか。


 一粒の涙が流れた直後、僕は意識を完全に手放した。


 ◇ ◇ ◇


「拓さんっ!!」


 私は急いで、拓さんの下へ駆け寄るが、横たわっている拓さんを見て、言葉を失う。

 腹部に痛々しく存在を主張するナイフが刺さっている場所から、止めどなく血が溢れ出してくる。

 どう考えても、どうやっても、私では助けられない。


「どうしよぅ……わたしっ……どうしたらっ……!」


 何をすればいいか、どうしたらよいか分からず、涙を流してしまう。

 怖い、怖い、怖い。

 拓さんが死んでしまうことが、どうしようもなく怖い。


「助ける……絶対に……!」


 涙を流し、ただ狼狽えてるだけの役立たずの私とは違い、レイさんはまだ諦めていなかった。

 レイさんは、持っていた布を傷口に当て、血を止めようとする。レイさんは、今自分が出来る事をしようとしている。そんな彼女の姿に、はっとする。

 普段敬語で話す彼女が、敬語で話す事を忘れるほど必死なその姿に、先程の自分の情けなさに恥ずかしくなった。


「私に、出来ること……」


 焦るな。自分に出来る事を考えるんだ。そう自分に言い聞かせ、今何をするのが最善か考える。


「精霊さん、私に力を貸して!」


 私は精霊さんを呼び出すと、赤く光っている精霊さんにお願いをする。


「精霊さん!あの男を倒して!」


 私に出来る事ーーそれは、男を引き付ける事。私には医療の知識があるわけでもないし、薬草等の知識もない。悔しいけど、拓さんにしてあげられる事はない。なら私に出来る事は、レイさんが拓さんの治療に集中出来るように、男の気を引くことだけだ。


「なんだこいつ!!あっつ……!」


 赤い精霊さんが男の周りを飛び回り、男が煩わしそうにする。

 精霊さんには、それぞれ属性というのがあるらしい。赤い精霊さんは火の属性を、青い精霊さんは水の属性を、緑の精霊さんは風の、黄色の精霊さんは光の、紫の精霊さんは闇の属性を持っている。


「やめろっ!このっ!」


 火の精霊さんは表面温度が高く、触れるだけで火傷をしてしまう。精霊さんは、普段なら絶対に人の害をなさないが、今は私たちのために、身体を張ってくれている。それが、私にはとても心強く思えた。


「いくよ、皆!」


 私は他の精霊さんも呼び出し、戦闘態勢に入る。私は今日、初めて精霊さん達と戦う。


ーースキル取得【精霊使い】


 



 






  


 

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