第46話 敵

 家が焼け焦げる臭いが、僕の鼻腔を侵してくる。あまりの不快感に顔を顰めるが、今は気にしている場合じゃない。

 炭素を多く含んだ黒煙が、僕達の視界と道を遮る。正直、今自分がどこを走っているのかすら不明だ。この黒煙の中で、それも一度しか行っていない家に行くのだ。かなり厳しい。


「精霊さん……私達を導いて!」


 ミルがそう叫ぶ。すると、どこからともなく小さな白い光が現れ、僕達の前を飛び始めた。その光は、黒煙の中でも輝きを主張し、見失うことはない。


「あれは……」

「精霊さんです。あの子が、私達を導いてくれるはずです」


 ステータス用紙に書かれていた『精霊会話』というスキルの効果だろう。そういえば、ミルと初めて出会った時も精霊を使っていたな。

 そんな事を考えながら、目の前の白い光を追いかけると、不意に視界がクリアになる。何故急に黒煙が晴れたのか疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。


「これ……は……」


 目の前に広がっていたのは、巨大なクレーターだった。直径30m程の溝がそこにはあった。木も草も家もない。燃えるものがないなら、黒煙も出るはずもない。

 一瞬、スラム街を出てしまったのか、道を間違えたのかと思ったが、ミル曰く精霊が道を間違えるはずがないと言う。なら、ここは目的地のーー


「なん……で……家が……」


 アスレちゃんの家ということになる。アスレちゃんは、目の前の光景に呆然としている。


「ーー!アスレさん、危ない!?」

「えーー」


 レイが叫んだ瞬間、斧が飛んできた。その斧は、アスレちゃんの足元にに突き刺さり、次の瞬間煙となって消滅した。僕は、アスレちゃんを抱き抱え、斧が飛んできたと思われる場所から逃れるように、壁の遮蔽部の影に隠れた。

 しかし、隠れたからといって、攻撃が止むわけではない。とめどなく投げられる斧は、僕達が隠れている壁を壊していく。壁が無くなるのも時間の問題だ。


「くそっ!どこだ……!!」


 斧が飛んできている方向は分かっている。しかし、その斧を投げている本体が見えない。投げられている方向を見ても、ただただ壊れた家が建ち並ぶだけ。斧が投げられる寸前を見ても、投げているであろう腕はおろか、人影すらない。まるで、透明人間のようだ。


「何かの魔法か……?」

「透明になる魔法……『インビジブル』かもしれません」

「それって、光の屈折を利用して透明化になる魔法だよね?でも、あれって使える魔法使いは限られてるって聞いたけど……」

「という事は、少なくとも相手は手練れって事か……」


 それも、一人とは限らないという可能性があるから厳しい。そんな事を言っている間にも、絶え間なく壁に斧が突き刺さる。

 どうにか出来ないものかと思考を巡らせる。相手が見えないのなら、攻撃は当てられないし、敵は僕達に攻撃を当てやすくなる。絶対的不利。この状況を打破するには、まず相手を視認出来るようにしなければ……。


「光の屈折を利用か……そういえば、中学の時に光の屈折とかやったな」


 光の屈折と聞いて、中学の記憶を引きずり出す。あまり詳しく覚えていないが、何かヒントになる事は……。あぁ、くそっ!科学の先生、もっと詳しく教えてくれよっ!!


「光……そっか!その手があった!レイ!今すぐ剣になれる?」

「……もちろんです!」


 レイはそう言うと、目を閉じて集中する。そして、徐々に体が発光し、準備ができた事を示していた。僕はレイに触れ、レイは剣の姿に変えた。


「ほぇ〜……やっぱりレイさんも武器になれるんだ……」

「そういえば、ミルの前で剣の姿にするの初めてだったね」


 僕は剣を構え、ある作戦を実行する。


「レイ、光の魔法を」

『……了解です』


 剣が輝きだし、魔力が集まっているのが分かる。


『我が身に力を与えよ。全てを切り裂き、道を開け!ライトニングソード!』


 剣が一層激しく輝き出す。そして、その光輝く魔法を、正面にいるであろう見えない敵にではなく、真上へ放った。真上に放たれた光の魔法は、辺り一帯を照らしながら空高く昇っていく。


「……!見つけた!!」


 僕は、空に放たれた光の魔法ではなく、放たれたことによって照らしだされる辺り一帯に目を凝らしていた。すると、先ほどは見えなかった黒いフードを被った男が、家の影に隠れているのを見つけることができた。確認出来る敵は一人。他に隠れている様子はない。


「ミル!準備を!!」

「えっ、あっ、はい!!」


 上に昇っていく光の魔法を眺めていたミルは、急に声をかけられ一瞬慌てたが、すぐに武器になる準備を始めた。

 ミルの体から光が溢れ出したのを確認し、ミルの肩に触れる。すると、ミルはライフル銃の姿になった。


「逃すかっ!!」


 男は、インビジブルが解かれてしまったことに気づき、急いでその場から離れようとした。しかし、それを逃すほど僕は馬鹿ではない。

 ミルのライフル銃の引き金を引き、男の足元を狙う。足元に銃弾が飛んできた事に驚いた男は、バランスを崩し、その場で尻餅をつく。男が起き上がる前に接近し、レイの剣で男の首筋に剣先を突き立てる。


「くっ……何をした………」

「その魔法って、光の屈折を利用した魔法らしいね。一方向の光を屈折させて、透明化する。なら、満遍なく光を照らせば屈折は起きなくなり、透明化は出来なくなるって事」

『なるほど、だから真上にライトニングソードを……』

「そういう事」


 男は、悔しさに奥歯を噛み締める。だが、僕には関係ない。


「さぁ、聞かせてもらおうか。なんの目的で僕達を狙い、このスラム街を爆破させた?」



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