第45話 異変
「何を……言って……」
僕が何を言っているのか、本当に分からないといった様子だった。まぁ当然だろう。ついさっき出会ったばかりの、それも元凶である人間に「君のヒーローになる」なんて言われたのだ。もし僕が言われる立場だったら、アスレちゃんと同じ反応をしたと思う。
「ふざけないでよっ!!私のヒーローになる?お母さんを助ける?そんなの無理に決まってる!!」
「なんでーー」
「分かるわよ!あいつらに連れていかれた人達は皆帰ってこなかった……!!きっと……お母さんも……」
ギリと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。手を強く握り、少し震えているようにも見える。それは、悔しさなのか、怒りなのか、憎しみなのか……あるいは全部なのかもしれない。そんな複雑な感情を押し殺してるアスレちゃんを見て、心が痛くなる。
「……『女性の亜人は、高値で売れる』これって、女性の亜人が、滅多に手に入らないからだと思うんだ」
「……だから、何」
「もし、滅多に手に入らないのなら、雑に扱わないはず。まして、殺すなんてするとは思えない」
「そんなの、楽観的に見てるだけだよ!!世の中そんなに思い通りなんてならない!今までがそうであったように!!どうせ、生きていても、どっか遠いところに売られて、そいつに殺されている可能性だって……!」
「それでも、僕は信じるよ。アスレちゃんのお母さんが生きてるって」
楽観的でも、希望的観測でも、僕は信じたい。少しでも救いの可能性を。
アスレちゃんの瞳から、涙がこぼれる。小さく嗚咽を漏らし、蹲った。その涙は喜びか、悲しみか。だけど僕は、喜びであってほしいと思った。皆が諦め、自分自身ですら諦めそうになった、母親の生存の可能性。その可能性を、自分ではない誰かに肯定してもらったという喜びに。
「本当に……お母さんを助けてくれるの……?」
「約束するよ。必ずお母さんを助け出す」
不安そんな顔をしているアスレちゃんを、安心させるように微笑んだ。アスレちゃんは、涙をぬぐい、何かを決心したような表情になった。
「ねぇ、私もーー」
そう言った瞬間だった。空気を振動させる程の爆発音が聞こえたのは。
「何だ……!?」
僕達は、爆発音が聞こえた方向を一斉に見た。視線の先には、黒い煙と炎が上がっており、空を黒く染め上げていた。そして、その爆発が起きた場所はーー
「街が……!!」
アスレちゃん達が住んでいるスラム街だった。アスレちゃんは、即座にごみの山から飛び降り、スラム街に急いでいた。僕達もアスレちゃんに続くように、ごみの山を下りた。レイとミルにはこの山を降りるのは難しいかと思い、またしても、二人を抱えて飛び降りた。
スラム街に行く道中、なんとも言えぬ不安が、僕の胸の中を支配する。--頼む、皆無事でいてくれ。そう願う事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
スラム街に着くと、そこは酷い惨状だった。家は燃え、人は逃げまどい、街全体が恐怖で染め上がっている。中には、家族生き埋めになってしまったのか、泣きながら瓦礫をどかそうとしている人もいた。まさに悪夢のようだ。
「大丈夫ですか!?手伝います!」
僕は、瓦礫をどかそうとしている人にそう言い、柱だったと思われる木材に手を掛け、思い切り持ち上げる。すると、わずかに木材が浮き、下に小さな男の子が見えた。額から血を流し、うぅ……と呻いている。
「レイ、ミル。あの子を連れてこれる?流石に、この柱を持ち上げながらはキツイ……」
「……分かりました」
「任せて!」
二人はそう言い、浮いた木材の間から、男の子の元へ向かっていく。比較的華奢な体をしている二人は、難なく男の子がいる場所まで進んでいけた。しかし、そこで一つ問題が生じた。
「っーー!拓さん!この子、足が他の瓦礫に挟まっています!」
「えっ!?どかせそう!?」
「やってみます!」
レイとミルは、男の子の足を挟めている瓦礫に手をかけ、どかそうと試みる。しかし、非力な女の子二人には、瓦礫をどかすことなど出来るはずがなかった。押しても引いてもびくともしない。
「なんでっ……動かないのっ……!」
自分たちでは動かすことが出来ないと分かっても、意地とでも言うように、何度も持ち上げようとする。重さで傷がついたのか、手が血で滲んでいた。
「嬢ちゃん達!俺も手を貸すぞ!」
周りにい男の人が、外側から瓦礫をどかし始める。そのほかの人達も、「俺も」「僕も!」と、次々と瓦礫をどかすのを手伝ってくれる。今、この時だけは、誰も人間とか亜人とかを気にせず、一つの命を救おうと一つになっていた。
「もう……少し……!」
最後の、男の子の足を挟んでいる瓦礫を、皆で持ち上げる。少しずつ瓦礫が持ち上がり、足との間に隙間が生じた。
「……今です!手を!」
レイが男の子へ手を差し伸べ、それに応えるように男の子も手を伸ばす。レイは、弱々しい手をしっかり握りしめ、思いきり引き寄せる。レイ達が瓦礫の下から出たことを確認して、持っていた瓦礫を離す。
「ザーク!」
「お父さん!」
救出された男の子は、お父さんと思われる男性と、無事を確かめるように抱きしめ合う。お互いに涙を浮かべ、救えて本当に良かったと思った。
「あれ?そういえば、アスレちゃんは?」
男の子を救出する事に夢中になり、アスレちゃんがいなくなっている事に気づかなかった。急いで辺りを見渡すが、見当たらない。だけど、アスレちゃんの居場所は、だいたい予想はつく。恐らく、アスレちゃんの実家だろう。
僕達は親子に別れを言い、アスレちゃんの家へ急いだ。
ーーいつまでも、家が焦げる臭いが、鼻にまとわりついていた。
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