第44話 君のヒーロー

「これは?」

「アスレが描いた絵本だ。母親から聞かされていた『ヒーロー』に憧れていたからな」


 アスレちゃんが描いた『ヒーロー』--それは、悪者に攫われた女の子を助けてくれる、とてもカッコよく、世に知れ渡っているヒーロー像。


「だがな、母親が攫われた時に言ったんだ。『ヒーローなんていなかった』ってな」

「攫われた……!?」


詳しく話を聞いてみると、数年前に食料や売れそうな廃棄物を探しに行って帰ったら、奥さんがいなくなってたそうだ。すぐに探しに行くと、家の横にある木箱の陰にアスレちゃんが震えてしゃがみ込んでいたそうだ。

 何があったのかを聞いてみると、知らないおじさん達が急に家に押し入ってきて、お母さんを連れて行ったと。アスレちゃんは、お母さんに隠れるように言われ、木箱の陰に隠れたそうだ。


「その話を聞いてすぐに分かった。連れて行ったのは奴隷商の連中だってな。亜人は捕えやすく、高値で売れる。特に女の亜人はな……。妻がアスレを隠さなければ、アスレも連れていかれていただろうよ……」

「そんな事が許されるはずが……!!」

「許されっちまうんだよっ!!亜人に人権なんてねぇ!!生きているだけ有難いと思って生きるのが俺達だ……!!」

「……亜人は、人間でも魔物でもないーー中途半端な存在というのが一般的な認識です。中には毛嫌いをしている人もいるでしょうね……」


 怒り、憎しみ、悔み……様々な感情が伝わってきた。当然だ……自分の妻を連れていかれても、取り返すことも、助けに行く事さえ許されないのだから……。


「もしよかったら、あいつを気にかけてくれないか……?何故か、あんたらには他の人間のような嫌な感じがしないんだ」

「でも僕、アスレちゃ嫌われてしまっているようですし……」

「あいつも、あんたらと話せば認識が変わるはずだ。頼む」


 男ーーアスレちゃんのお父さんは頭を下げた。本当は人間が嫌いなはずなのに。この人の願いを無下にするなんて、僕にはできなかった。


「僕でよければ……レイとミルはどう?」

「……もちろん私も行きます」

「あたりまえです」


 二人とも即答だった。亜人だろうと差別をしない二人を見て安心した。やはり、レイとミルは優しい子だ。


「あの、アスレちゃんが行きそうな場所って分かりますか?」

「アスレなら、ここを出て右にまっすぐ行くとごみ捨て場がある。そこにいるだろう」

「分かりました。それでは、行ってきます」

「ああ、よろしく頼む」


 ◇ ◇ ◇

 

 僕達は、男に言われた道を進んだ。やはり、道中にいる人達から、人間に対する憎悪がひしひしと伝わってくる。どんな仕打ちをされれば、こんな憎悪が膨らむのだう……考えただけでもぞっとする。

 しばらく歩くと、強烈な異臭と濁りきった煙が濃くなっていき、その源であるだろう広場が見えてきた。まぁ、広場かどうかも分からないくらいに、ごみで埋めつくされているが。

 

「臭いがきついですね……」

「ゴミ捨て場だからね……本当にこんな場所にいるのかな……?」


 とてもじゃないが、長時間いられる場所ではない。こんな場所にアスレちゃんがいるとは、到底思えなかった。


「……あ」


 しかし、積みあがって出来ごみの山の中で、一番高く積み上がってるごみの山の頂上に、人影が見えた。大きさからして、子供の人影だった。近づいてみると、やはりアスレちゃんだ。どこか物寂しそうに目をして、ぼんやりとしている。


「ねぇー!そこで何をしているのー!」


 大声で話しかける。しかし、予想通りとで言うべきか、返事も反応も、顔すらこちらに向けてくれない。やはり嫌われてるなぁ……と苦笑しつつ、僕達もごみ山を登ることにした。


「……この山、登りづらいですね……」

「まぁ、ごみで出来ているかね」


 ごみだけなのもあり、足場が非常に悪い。踏ん張るとすぐに崩れ、何度も下へと戻される。アスレちゃんは、この山登りきっているのだからすごい。何かコツがあるのだろうか?

 数回チャレンジしてみるが、やはり登りきれない。……いや、ちょっと待てよ。なんで僕達、バカ真面目登ろうとしているのだろうか。


「ちょっと二人とも、ごめんよ」

「……ん?」

「へ?」


 僕は、二人を両脇に抱え、地面を思いきり蹴った。何もバカ真面目に登る必要などない。上から行けばすぐに着くし。しかし、二人は急に抱えられ、高い場所に連れていかれたのだから、絶叫マシーンよりもスリルを味わっただろう。声にならない叫び声上げてるし。


「よっと」


 山の上に降り立ち、二人をそっと地面に座らせた。レイは、全身を震わせて固まり、ミルは目を回していた。……二人ともごめん。今頃になって、二人に対して罪悪感を感じた。

 そんな僕を、アスレちゃんは、目を大きくして呆けながら見ていた。


 ◇ ◇ ◇


 少し経つと、二人も落ち着いたようだった。しかし、急に抱えて飛び上がったことへの謝罪として、明日はレイと、明後日はミルと出かける約束をした。


「……何しに来たの」


 アスレが、僕達に顔を向けずに聞いてくる。先程は、僕の跳躍に驚いてこちらを向いてくれていたけど、今もう、前を向いてピクリとも動かない。


「……お話に伺いました」


 レイが、アスレちゃんの隣に座る。それに続き、ミルも逆側に座った。ここは女の子同士で話し合うほうがいいだろうと思い、少し離れた場所で立っていることにした。


「あなたのお父様から、事情は聞きました。人が嫌いな理由も、あなたのお母様の事も」

「あなた達には関係ないでしょ……」


 やはり触れられたくない話題なのか、冷たく言い放つ。冷静を装うとしているが、肩が微かに震えている。


「お父様から、あなたには『ヒーロー』がいたと聞きました。何で、『ヒーロー』がいなかったなんてーー」

「うるさいっ!私は、人間が嫌いなの!お母さんを奪っていた人間を、殺したいほど憎いの……!!だけど、あなた達は私を助けてくれた。恩を仇で返すような事はしたくないの……早く、私の前から消えて……」


 訴えるように叫んだ。もうこれ以上自分に関わるなと、そう言われている気がした。本当ならここで引き返すべきなのだろう。だけど、ここで引き返せば、後々後悔する……そんな気がした。だからーー


「僕がなるよ」

「なるって……何に……」


 悪者に攫われたお姫様を助け出す、アスレちゃんの理想の英雄に。


「君の『ヒーロー』になって、君のお母さんを助け出す」


 僕は、そう決心した。

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