第42話 零人の過去

僕の危機を救ってくれたのは、意外にも薬屋の店主であるマラさんだった。


「……邪魔しないでくださいよ」

「そういうわけにはいかないよ。その子には、依頼を受けてもらっているんだ。殺されちゃ困るよ」


 会話からして、ここで初対面というわけではなさそうだ。しかし、零人はあきらかに嫌そうな、鬱陶しそうな顔をしている。マラさんは、零人のそんな表情は慣れているのか、全く気にしている様子はない。


「いい加減やめな。こんな事」

「何度も申し上げてるように、それは無理です。犯罪者は、平気な顔で人を陥れる。誰かがやんなきゃ、被害にあった人は報われない……!!」

「……それは5年前の事を言っているのか?」

「……!!」


 零人は沈黙する。5年前……零人に何があったんだ?


「……今日はこれくらいにしておきます。だけど、僕はやめませんよ」


 零人はそう言い、仲間三人を引き連れて、どこかへ行ってしまった。それを機に、集まっていた国民も散っていく。そして、マラさんだけになった。


「大丈夫かい、冒険者君」

「ありがとうございます……助かりました。あと、自己紹介したんですから、名前ぐらい覚えてください……」

「悪いねぇ、名前を覚えるのは苦手なんだ」


 マラさんが手を貸してくれ、何とか起き上がれた。足がガクガクいっているが、今は気にしないことにする。


「何でここに?」

「たまたまさ。偶然この道を歩いていたら、君達が見えたから、止めに入っただけだよ」


  すごい偶然だな……。しかし、おかげで助かったのも事実だ。


「あの……、5年前の事って?」

「あぁ、そうだね……うん。あんたには話しといた方がいいかもな」


 マラさんはそう言って、5年前の話をし始めた。


「零人は、今はあんなだけど、5年前までは本当に素直で良い奴だったんだよ。持ち前の話術で誰とでもすぐに仲良くなって、皆から慕われていた」


 そう話すマラさんは、本当に慈愛に満ちた顔だった。


「だけど、あの事件が零人を変えてしまった」

「あの事件……?」


  しかし、すぐに顔を顰めた。


「5年前にある村に、大勢の盗賊が奇襲を仕掛け、女・子供は捕らえられ、男は全員殺された。そして、その村には零人も滞在していたんだ」


「っ……!?」


 予想以上に惨い事件に目を見開く。聞いているだけで胸糞悪くなる内容だ。


「だけど、零人がいたのに、なんで……!?」


 あれだけ強い零人が、村に滞在していて、これだけ酷い事件になるなんて……。とてもじゃないが、信じられなかった。


「あの時の零人はまだ、ここまで冷酷じゃなかったんだ。あの時の零人は、純粋すぎたんだ。誰よりも、何に対しても」


 純粋すぎた……?どういう事だろう。マラさんの言葉の真意が全く掴めない。


「あの時、村には零人と恋仲だった村娘がいたんだよ。とても可愛らしくて、純粋無垢な女の子だったんだ。入籍の話も出ていたんだ」

「……そこに、盗賊の奇襲が……」


「あぁ……」とマラさんは短く返事をした。


「そもそも、なんで盗賊が奇襲を仕掛けてきたと思う?」

「そりゃあ、村の食料とかを奪うためにーー」

「じゃあ、なんで女・子供まで捕らえる必要があるんだ?」

「それは……」


 たしかに、食料を奪うだけなら、女・子供を捕らえる必要なんてないはずだ。余計に食料が必要になるし、逃げるときに邪魔になるだけだろう。仕事に使うなら、女・子供より男を捕らえた方が良いに決まってる。


「零人は、奇襲を受ける前に、盗賊の一人を見逃してしまったんだ」

「見逃した……?」

「奇襲を受ける数日前、零人に数人の盗賊が奇襲をしかけた。まぁ、零人に勝てるはずもなく、瞬殺されてしまったがな。だけど、その盗賊が零人に「逃がしてくれ」と涙ながらに縋りついたんだ。それを、零人が受け入れてしまった」

「まさか、その盗賊たちが……?」

「あぁ、親玉に告げ口したんだ。やられたままが気に食わなかったのか、零人が身に着けていた装備を狙ったかは分からないがね」


 それを聞いた瞬間、僕は絶句した。だって、それってーー


「多勢に無勢ってやつだ。そん時はまだ、今の仲間とも組んでいなくて、一人で旅してたからな。100人を超える盗賊を、殺さずに相手するなんて無理だったんだ」


 魔物みたいに殺せるのなら、零人は決して負けていなかっただろう。だけど、零人の、人間を殺してはいけないという常識が、自分の甘さが村を壊滅させてしまった。そう思っているらしい。


「盗賊を追いかけようにも、気絶させられて、目が覚めたころには、全てが手遅れだったらしい」


 盗賊が、手間をかけてでも女・子供を捕らえたのは、恐らく、盗賊のーー


「……」


 言葉を失った。何も言えなかった。言えるはずがなかった。


「零人が悪人や罪人を許さないのは、自分を許せてないのもあるんだろうよ。あの日から、零人は心を捨てた。良心を捨てたんだ」


 明かされた零人の過去。救いのないバッドエンドな過去。

 レイ達を殺そうとしたのは今でも許せない。だけど、零人にも相応の理由があることを教えられた。


「あいつと仲良くしてくれとは言わないけど、あんまりあいつの事悪く思わないでくれな。本当は悪い奴じゃねぇんだ」


 マラさんは、それだけを言い残し、どこかへ行ってしまった。

 僕は、零人に言われた言葉を、延々と頭で繰り返していた

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