第40話 トラウマ
「日本って……」
昔から聞きなれた国の名前。誰もが知っている国。しかし、この世界では、誰も知らないはずの国の名前だ。
以前、日本の学校の制服を発見した時から、この世界に日本人が存在する可能性が高かったが、しかし、こんなにも早く遭遇するなんて、完全に想定外だ。
「拓っていう名前、ここではあまり聞かない名前だよね」
それに……と続ける。
「黒目黒髪もね。これだけ特徴が合えば、君が日本人って分かるよ」
確かに、『拓』って名前は、この世界では珍しいほうだろう。そして、勇者ーーもとい零人が、僕と同じ日本から来たことも分かった。だけどーー
「なら、なおさらなんで、そんなに簡単に命を奪えるんだよ……!」
同じ日本人だからこそ思う。零人は異常だと。
日本にも、人を殺してしまう人は何人もいた。だけど、ここまで簡単に人の命を奪える人なんて、あまりいないだろう。
「思い知ったんだよ。この世界で、日本の常識なんて邪魔でしかないんだって」
そう言っている零人の瞳は、どこまでも深く、何かを抑え込んでいるような、思わず怯えてしまいそうなほど、どす黒い色だった。
「さて、ここで質問いいかな?君も日本から来たって言うなら、当然もらったんだろ?神様からさ」
「君もってことは……」
「あぁ、そうさ。僕も授かったよ。神様から、特殊な能力をね!!」
零人がニヤリと笑い、持っていた剣を振りかぶり、僕に突進してきた。
「っ……!」
かろうじてロングソードで受け止めたが、半ば反射神経だった。
僕が剣を受け止めた瞬間、零人は、その剣を軸に真上に舞い上がり、脳天から蹴りを入れられた。
「ぐっ……!」
脳天に蹴りを喰らい、地面に叩きつけられ、視界がグラつく。
僕は、何とか立ち上がり、ふらつく足取りで剣を構えるが、零人との圧倒的な力の差を感じ、吐き気がする。
今まで、幾度となく修羅場を越えてきたつもりだった。越えてきたつもりだった。自惚れてた。慢心をしていた。
僕は、ただ強くなった気でいただけだ。
「さぁ、君も見せてよ。まだいけるでしょ?」
「くっ……!」
頭がぐらぐらする。恐らく、こうやって立ち上がれるのも、零人が手加減したのだろう。でなければ、脳天に蹴りを入れられて、立ち上がれるはずがない。零人は、僕がギリギリ立ち上がれる力加減で、僕に蹴りを入れたのだ。
「なんで……手加減した……?」
「ん?すぐ倒れてもらったら、見せしめにならないでしょ?」
飽くまで見せしめにこだわる零人に、恐怖すら感じる。本当にこいつは、元日本人なのか?
「ねぇ、君ってさ。ここに来る前まで、いじめられてた口でしょ?」
「なっ……!?」
「お?当たりかな?」
零人は、僕の反応を見てニヤリと笑う。
「だよねぇ。君みたいな人が、僕のクラスにもいたんだよ。誰かのために掃除当番とかしてさ、馬鹿みたいだったよ。挙句に、クラスの奴らにいじめられて自殺」
「……」
「まぁ、君もいじめられて自殺とかしたんじゃない?それで、特殊な力を授けられて、やり直せる!とか思っちゃったとか?」
図星を突かれ、ただ押し黙ることしか出来なかった。零人の言葉に、反論できなかった。
「無理だよ。変われっこない。どこの世界に行ったって、自分は自分なんだからさ。無理に変わろうとしても、それは仮面をかぶったピエロと同じだ」
「だから、お前も変われない。何もできないんだよ」
「……うるさいっ!!」
自分への劣等感や苛立ちで、正常な思考が出来なかった。無策に、無計画に、ただただ自分の感情をぶつける為に、零人に向かって突進していた。
ロングソードを振り上げ、零人に向けて振りかざす。零人は、なんてことないようにスルリと避ける。
僕は、振り下ろした剣を、Ⅴの字のように振り上げたが、零人は難なく避け
「やっぱり、こんなもんなの?」
見損なったような、呆れたような視線を向ける。その視線に、更に劣等感が募る。
(そんな目で、僕を見るな……!)
転生前のトラウマが、僕を侵食していく。
今、ここにレイ達はいない。武器になってくれる、一緒に戦ってくれる人がいない。
……僕は、一人だとこんなに弱いのか。
一人という事実だけで、こんなにも弱気になってしまう。これも、転生前の癖というやつなのだろうか。一人で何かをするのが、とても怖い。周りに、味方は一人もいない。
やはり僕は、何も変われていなのか……?
『……拓様』
『拓さん!』
「っ……!」
ふと、脳裏に二人の少女が横切った。こんな僕を、ダメなところだらけの僕を認めてくれた、心優しい少女達が。
僕は、剣を右手に持ち、零人に突進しながら、右上へ向けて剣を振り上げた。零人は、剣を躱すために、左に避けた。
「だから、何度やってもーーー!?」
しかし、左に避けた瞬間、僕が左手に持っていた短剣が、零人の腹部へ向けて直進する。零人は、すぐに手に持っていた剣で、短剣をガードする。そこにすかさず、真上から、右手に持ってた剣を振り下ろして、切りかかる。
「くっ……」
零人は、剣を避ける為に後ろへ退いた。初めて、零人が退いたのだ。
「たしかに、何も変われないのかもしれない。だけど、そんな変われない僕を受け入れてくれる娘達がいるんだ」
僕は、改めてその覚悟を口にした。
「だから、僕はその娘達を守る。お前を、ここから先には行かせない!」
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