第39話 名前

「君は誰だい?いきなり出てきて」


 金髪碧眼で、煌びやかな装備を着ている美青年の勇者が、僕達を、まるでごみを見るような目で睨みつけてくる。そして、背後には、その仲間も立っていた。

 一人目は、紫髪のショートヘアに、三角帽を深く被っている小柄な女の子。黒いローブに身を包み、豪奢な飾りが施されている杖を、華奢な手で握りしめている。 

 二人目は、金髪ロングの上品な洗礼された佇まいの女性騎士。凛とした赤目は、瞳の奥の炎を映し出しているようだ。細い体には不釣り合いな銀の鎧を身に着け、赤いマントと銀の鎧は、一国の戦姫を思わせる。

 三人目は、短髪で赤髪の男だ。鎧を身に着に付けていても分かる、鍛え抜かれた筋肉。盾を持っているのを見ると、タンクを担っているのだろう。男の佇まいが、歴戦の威厳が感じさせる。


「仲間が剣を向けられていたら、助けるのは当然でしょ」

「仲間?あぁ、その娘達か。仲間なら、早くどこかに連れて行ってよ。邪魔だからさ」

「人に剣を向けといて、謝罪の一つもないって、人として、勇者としてどうなんだよ」


 僕の発言に、勇者は気分を悪くしたのか、鋭い視線を僕に向ける。そしてすぐに、嘲笑に変わった。


「悪人をかばうのが悪いんだろ。そんな馬鹿な真似をしなければ、俺だって君の仲間に剣を向けるようなことはしなかったさ。つまり、自業自得ってやつ。分かるかな?」

「分からねぇよ。分かりたくもない。庇ったってだけで、無関係な人を巻き込む奴のことなんて。それにーー」


 僕は、勇者から視線を外し、猫耳の女の子を庇っている、レイとミルに視線を移す。


「レイもミルも、正しいと思っての行動でしょ?」


 僕の問いかけに、二人は迷いなく頷く。それを見て、「ならよし!」と告げ、また勇者に向き直る。


「もういいかな?君の仲間の後ろにいる害獣を、早く駆除しなきゃいけないんだ」

「この娘が何をしたかは分からないけど、少なくとも裁くのは、君じゃなくて国なんじゃないの?」

「それじゃだめだ。国は罪人にぬるすぎる!!見せしめをしないと分からねぇんだよ!!ああいう連中は!!」


 勇者の語尾が徐々に荒くなっていく。頭を掻きむしり、表情が怒りによって歪んでいる。


「君も邪魔をするなら、まとめて見せしめで殺してやる!」


 勇者はそう言って、剣を構え直した。僕も、腰に携えていたロングソードを引き抜き、戦闘態勢に入る。


「……拓様!今すぐ剣に……!!」

「いや、大丈夫。それに、今ここで剣に変身したら、余計な混乱が起こる。レイとミルは、その娘と一緒に安全な場所に」

「レイさん、行こう」

「……うん」


 レイ達が、猫耳の女の子と一緒に路地の向こうへと走ろうとした瞬間、勇者が距離を詰めてきた。


「逃がすわけねぇだろ!!」

「させないっ!!」



 剣を抜き、レイ達を追跡しようとした勇者を、ロングソードで食い止める。


「くっ!!」


 まさか止められるとは思っていなかったのか、勇者が少し顏を歪める。勇者はすぐさま後ろへ退き、僕との間合いを取る。


「早く行って!!」

「……はい!」


 勇者から視線を逸らさず、レイ達に逃げるよう促す。足音が遠くなり、レイ達がこの場から離れたことを確認する。


「ちっ、余計なことしやがって……」

「当然のことをしただけだ」


 お互いに剣を向けあう。周りの人にも伝わる緊張感。ぴりついた空気。

 勇者の仲間の一人、ローブをかぶっている娘が一歩前に出たが、勇者に「やめろ」と一瞥されると、ローブの娘はすんなり退いた。どう見ても仲間同士という関係には見えず、不思議に思ったが、今は余計な思考は捨てておくべきだ。


「国民のみなさん。今回の見せしめは、二人の少女と一人の男により邪魔され、汚らわしい獣人は逃げてしまいました」


 勇者は嘲るようにして、周囲に演説を始める。もちろん、剣は降ろさず、僕を見据えてだ。


「なので、今回は、この男に変更いたします。よろしいでしょうか?」

『やっちまえ!』

『勇者様~、頑張って~』


 周りの国民は、止めるどころか、僕の処刑を望んでいるようだった。四方八方から浴びせられる「死ね」と言われているような視線。


ーー誰も、見せしめで人が死ぬのに、疑問をもっていないーー


 その事実に本能が、気持ち悪いと、恐ろしいと言っていた。


「さて、国民の承認は得た。国民主義ってやつだ」

「国民主義って……それって……」


 聞き覚えがある単語に動揺する。そして、そんな僕を見て、勇者が二ィと笑った。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。冥土の土産に教えてやるよ」


 そう言って、後ろに控えてる仲間に目線を移す。


「杖を持ってるのが、アニア・セレンティ。金髪のがセレナ・アッシェンド。盾を持ってるのがアサルト・フェガ。そしてーー」


 勇者が、不敵な笑みを浮かべて名乗った。


「そして僕が、宇海零人。君と同じ日本出身だ。そうだろ?拓さん?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る