第33話 準備
服屋から出ると、空は夕日で赤く染まっており、思っていたよりも長い時間服屋にいてしまったと、思わず苦笑する。
結局、二人の服は、動きやすい服が良いと言っていたので、レイは白いワンピースの上に、青のコート。コートは動き辛いのでは?と思ったが、コートの生地は薄く、防寒のバフ魔法が付与されているらしい。なにそれすごい。
ミルちゃんは、黒のヒートテックの上に、赤色の大きめの半袖を着ている。ショートパンツに黒のニーソという、活発な女の子をイメージさせる服だった。うん。贔屓目なしに、二人ともめっちゃ可愛い。その分、お金もかかっちゃったけど、それを差し引いてもお釣りがくるほど満足感だ。
「……お次は拓様の服装ですね」
「へっ?僕は別に……」
「ダメですよ!拓さんの服だって、ボロボロなんですから」
そう言われ、僕は自分の服に目を落とす。この国に来た時、流石に制服のままだと動きにくいし、目立つからと、古着屋から適当に買った黒の長袖を着ていたが、ゴートとルベールとの戦いで、所々破けていた。今まであまり気にしなかったけど、確かにこのままはまずいな……。
「さっ、行きますよ!」
「あ、ちょっと……!」
僕は、レイとミルちゃんに手を引かれ、自分の服を買いに行った。服屋に入る前の僕達の立場が、すっかり逆になった事に苦笑する。でも、こうやって誰かに誘ってもらえるのは初めてで、とても新鮮な感じがした。
◇ ◇ ◇
レイ達の服で、所持金が心許なかったので、僕の服は、またもや古着屋で済ませることにした。古着屋にある服の値段はびっくりする程安く、今の僕達にはとてもありがたかった。どうやらこの世界では、服装などのおしゃれは、あまり重要視されていないらしい。だから、服はピンキリが激しい。
「……すみません。私達が高い服を買ってしまったばかりに……」
「気にしないで。僕はおしゃれとかよく分からないし。それよりも、レイやミルちゃんみたいな、女の子の服にお金をかけるべきだしね」
「……それより、一ついいですか?」
どこか不満そうに、ミルちゃんが話しかけて来た。少し頬を膨らませ、どこか拗ねているようだ。どうかしただろうか?
「私も、レイさんみたく、呼び捨てで名前を呼んでください!」
「えっ?」
急なミルちゃんの提案に、呆気に取られる。なんかこの会話デジャヴ感半端ないが、今は気にしないでおこう。
「えっと、じゃあ……ミル?」
「……!はいっ!」
やばい。恥ずい。改めて呼び捨てで名前を呼ぶなんて、恥ずかしすぎる。顔を真っ赤にしている僕をよそに、ミルちゃん……ミルは、とても嬉しそうに笑っていた。うん。喜んでくれたなら良かった。
「…………」
しかし、そんなミルとは逆に、今度はレイが不満そうな顔をしている。「どうしたの?」と声をかけても、「何でもありません」と答えて、それ以降だんまりだ。
ミルは、何かを察したのか、レイを見てニヤニヤしている。レイも、ミルに見透かされた気分になっているのだろうか、少し恥ずかしそうだ。当の僕といえば、二人の行動を理解しきれず、頭にハテナを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「所持金はあと銀貨5枚……やっぱり少し心許ないなぁ……」
財布代わりに使っている小さな袋の中を覗くと、銀貨が5枚ほど入っている。食料や服などでかなり使ってしまった。でもまぁ、隣の王都に行く途中で、例の鑑定で採れる薬草や、ミルの解体で手に入る魔物の素材を売ればいいかと呑気に考える。
歩いて数十分。僕達は宿屋に着いた。ミルの家にまたお世話になるという手もあったが、ミルが「あんなに自信満々に行ってきますと言ったのに、また戻るのは恥ずかしい」とのこと。まぁ、気持ちは分かる。
ミルの要望もあり、僕達は元々寝泊まりしていた宿屋に泊まることにした。そして、部屋に戻ろうとした時、ある問題に気づいた。それは、部屋の割り当てだ。
まだレイだけだったら我慢できたが、二人となると間違いなく眠れなくなる。それを危惧して部屋を分けようと提案したところ、二人は了承しなかった。
「……お金の無駄ですし、する意味もありません」
「そ、そうですよ!それに、寝る場所も三人で詰めれば寝れますよ!」
いや、そんな事されたら僕が保たないです……。色々考えた結果、やはり年頃の女の子が異性と不用意に一緒に寝るべきではないと結論づけて、部屋を分ける事にした。レイとミルは何故か最後まで僕を説得しようとしたが、僕はもう決めた。
「すみません。二つ部屋を借りたいのですが」
だから僕は、二人の制止を振り払い、受付に二つの部屋を頼んだ。
「申し訳ございません。現在、大変混雑していまして……部屋は一つしか空いていないんです……」
……え?
◇ ◇ ◇
部屋には入ると、やはりベッドは一つだ。二人だったらギリギリ寝れたが、三人となると無理がある。となると、自然に僕が床で寝ることになる。ここに布団あるのかな……と思ったが、受付の人が部屋に来て、布団を貸してくれた。どうやら三人以上のお客が一つの部屋に泊まる時などに支給しているらしい。とてもありがたい。
「じゃあ、僕は床に寝るから、二人はベッドで寝てね」
「……一緒じゃなかった」
「チャンスだと思ったのに……」
二人して、よく分からない事を言っているが、気にしないでおこう。明日にこの街を出発して歩くから、体力を回復させるのは必須だ。早めに寝ることにしよう。それに、服屋のこともあり、少し一人でゆっくり考えたい。
下で夕食を食べ、少し早いが寝ることにした。レイとミルも疲れたのか、眠そうにしている。
「じゃあ、火を消すよ」
壁に設置されているランプの火を消し、布団に潜る。目を閉じると、色々な事を考えてしまう。服屋にあった制服……あれは間違いなく日本の物だ。その持ち主は、今どうしているのか、無事なのか、そんな事を考えてしまう。考えても仕方ないと分かっていても。
横になった事で、眠気が一気に襲いかかってきた。僕はそれに抗う事なく、意識を徐々に手放す。そして数分後、僕は意識を完全に手放した。
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