第31話 魔王と新しい仲間

「……ほう、『支配の水晶』が破壊されたと」


 大陸の果て。空は常に赤黒く禍々しく、大陸の大半を占める森には血に飢えた魔物が住み着いている。希望や救済などを一切ない大陸。そんな場所に、それは建っていた。

 城と言うより、洋館に近いその建物は、この大陸の唯一の建造物だ。壁面はどす黒く、正面入り口に置いてある、二体の悪魔の石像は、この洋館の番人のように、威圧感を放ちながら佇んでいる。

 洋館の周りには、コウモリの群れが飛び回り、それも洋館の気味の悪さを強めていた。

 そんな洋館の最深部。他の部屋より数倍大きく作られている一室の中央で、魔物の角などが装飾されている玉座に座り、肘掛けに片肘を付いた男がいた。


「は、はい……。申し訳……ありません。ディルガ様」


 ディルガと呼ばれた男の前で、片膝を付き、こうべを垂れている、全身黒装束の男がいた。男の声は、ディルガに向けての畏怖により震えていた。玉座に座っている男の言葉一つ一つに、黒装束の男は恐怖していた。


「私は見張れと言ったはずですが?」

「し、しかし!武器の姿になる女を、いとも容易く扱う男が現れまして……!」

「武器をいとも容易く扱う男……ですか」


 ディルガには、必死に弁解する男の口から出た『武器の姿になる女を、いとも容易く扱う男』という言葉に、聞き覚えがあった。


「デュラン」

「はっ」


 ディルガの言葉で、即座にデュランがディルガの前に現れ、こうべを垂れて片膝を付く。ディルガは、デュランに向けて、ある質問を投げかけた。


「以前報告があった武器使い、そいつも武器になる女を連れていましたよね?」

「はい、確かに剣の姿になる女を連れていました」


 デュランのその言葉を聞いて、ディルガは口の端を釣り上げた。これは面白いことになりそうだと。


「しかし、それは任務失敗の理由にはなりませんよね?」

「ひっ……!」

 

 ディルガは微笑んでいたが、目は笑っていなかった。目の前でこうべを垂れている者を見る。震えているだけで、言い訳も、言い分も口から出ない。ディルガは「はぁ……、使えませんね」と、大きくため息をついた。そのたった一つの大きなため息に、黒装束の男の恐怖心は絶頂を迎えた。


「お、お許しくださっーー!!」


 それは一瞬だった。許しを乞おうと頭を上げたと同時に、自分の右腕が宙を舞った。グシャッと生々しい音を立てて、黒装束の男の右腕は地面に叩きつけられる。何が起きたのか、その一瞬では理解できなかった。だが、次の瞬間、変化は唐突に訪れた。


「があぁあぁあぁあああぁ!?」

 

 痛み。熱。どちらとも分からない、いや、どちらもなのかもしれない。その両方が一気に押し寄せ、ただただ絶叫するしかなかった。その場に蹲り、細かく震え、痙攣する。右肩からは、今でも血が滝のように流れている。


「ふふっ、魔王様もご趣味が悪いですね。すぐに殺さないなんて」

「帰りましたか、メール」


 かつかつと、甲高い足音を鳴らしながら、正面の廊下から、全身黒色のドレスを着た、赤髪紅目の女が歩いて来た。髪をカールに巻いており、どこか気の強そうな女だ。

 メールと呼ばれたその女は、ディルガの前で、今も痙攣している男を一瞥する。そこには同情や悲哀などの感情は一切なく、逆に楽しんでいるようだった。


「このゴミ、私がもらってもよろしいでしょうか?」

「お好きにどうぞ」


 ディルガは、目の前の煩わしい存在の所有権を、メールへ譲った。

 メールは、とても嬉しそうに「ありがとうございます」とお礼を言って、男の前に立つ。


「さぁ、お楽しみの時間よ〜」


 メールの表情が、嗜虐に歪んだ。頬を赤らめ、吐息が熱っぽくなり、瞳が潤む。

 メールは、右手を前方へと突き出すと、空中に魔法陣が生まれた。そして、その魔法陣に手を入れ、ある物を取り出した。


「これで、い〜っぱいお仕置きをしてあげるからね」


 手に握られていたのは、とても大きな鞭だった。しかし、ただの鞭ではない。ボディの場所には、鉤爪のような物が、無数に付いていた。

 メールは、舌で唇を舐め、鞭を振り上げた。


「がぁぁああぁ!?」


 バチィンッと、部屋中に大きな音が響き渡る。鞭で叩かれた場所を見ると、肉が抉れ、少しばかり骨も見えた。ボディに付いている鉤爪が、男の肉諸共引き裂き、男へ最大限の苦痛を与えた。


「趣味が悪いのは、どっちなのでしょう」


 男を楽しそうに鉤爪入りの鞭で叩くメールの姿を見て、ディルガはそう呟く。メールの鞭打ちで数分も耐えれたら大した者だ。しかし、そんな期待は数秒後には消え失せた。


「あらぁ〜?もう壊れちゃったの?」


 そこには、メールの鞭打ちにより、男だった物があった。鉤爪により肉は散乱し、骨は粉々に、頭部はある程度形を保ってはいたが、この状態で元は人だったと言っても、誰も信じないだろう。


「後でこれを、部下に片付けさせます」

 

 ずっと黙って、メールの一部始終を見ていたデュランが、肉片の塊を見てそう言った。


「いや、面倒くさいからいいですよ」


 そう言って、ディルガは指先に数センチくらいの黒色の球体を作り、肉片へと放った。そして、肉片に球体が当たった瞬間、肉片は一瞬にして消えた。いや、肉片だけではなく、その周りにもあった血液や骨なども消えていた。

 高熱の魔力玉。ディルガが肉片に放った球体の正体だ。骨は不純物を入れても、完全に消失するには1500度以上必要だ。それを一瞬にして消失させるのだから、ディルガが放った魔力玉は、1500度を大幅に上回っているのは確実だ。それも、近くにいたメールやデュランは消滅していない事から、繊細なる微調整したことになる。

 メールとデュランは、そのことに気付き、改めてディルガの規格外さを感じた。


「武器使い……面白いですね」


 そして、魔王ディルガは、武器使いーー伊藤 拓に興味が向いていた。


◇ ◇ ◇


「お世話になりました」


 時刻は多分お昼過ぎ。この世界に時計がないから、体内時計で大体の時間を計っている。

 僕とレイは、おばあさんとミルちゃんにお礼をする。昨日の夜、次に向かうなら、この国の門を出て西に行くとある、王都『ヴェリシア』に行くと良いと、おばあさんとに教えてもらった。

 この国で、必要な物を揃えてから行こうと思っている。食料や武器、防具の新調などだ。


「あの、拓さん。レイさん。またいらっしてくださいね」


 ミルちゃんは、スカートをギュッと握りしめて、寂しそうな、それでも微笑みながら送別してくれた。しかし、おばあさんが、そんなミルちゃんに声をかける。


「本当は、拓さん達と一緒に行きたいではないですか?」

「えっ!?でも、それじゃあ、おばあちゃんが……!!」


 ミルちゃんは、おばあさんの言葉に驚く。自分も行きたいけど、おばあさんが心配だという葛藤が、目に見えて分かる。


「私なら大丈夫ですよ。お城も取り戻せましたし、兵達をこき使えますからね」


 少しの軽口を言いながら、おばあさんは微笑んだ。ミルちゃんは「でも、でも……!」と、未だ葛藤している。それもそうだ。今まで一緒に暮らしていた人が、昨日まで敵に奪われていた場所に住むのだ。心配するなという方が、難しいかもしれない。


「私は、ミル様に沢山の物を見てほしいのです。色々な人に出会い、色々な場所に行って、色々な世界を見てほしいのです」

「おばあちゃん……」


 おばあさんの言葉に、ミルちゃんの意思は固まったようだ。ミルちゃんは、僕とレイの事を真っ直ぐ見据る。


「拓さん、レイさん。私も一緒に連れて行って貰えないでしょうか?」


 僕とレイは、ミルちゃんのその言葉を待っていましたと言うように、微笑んで言った。


「勿論!歓迎するよ。これからよろしくね」

「よろしく」

「……!はい!」


 ミルちゃんは、満面の笑みを浮かべた。そして、おばあさんの方に向き直り、元気に言った。


「おばあちゃん!行ってきます!」

「はい、いってらっしゃいませ」


 こうして、僕達の旅に、ミルちゃんが加わった。


 








 

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