第30話 二人の想い
(拓さんを家に呼んだのはいいけど、あまり話せなかったなぁ……)
私は、ベットに潜りながら、一人そんな事を考えていた。おばあちゃんに、「拓さんとは大切なお話があるから、先におやすみになってください」と言われ、若干不満を漏らしながらも、レイさんと一緒に部屋に入り、ベッドに体重を預けた。
窓から差し込む月明かりを眺めながら、今日の事を思い出す。
おばあちゃんからは、魔物に襲われたと聞かされていた両親は、実は既に死んでいた。そう聞かされた時は、あまり実感がなかったが、『支配の水晶』が破壊されたと同時に、全てを思い出した。思い出してしまった。
耳に残る罵詈雑言。
お父さんはすぐに異変を感じておばあちゃんと一緒に逃がしてくれ、お母さんは逃げる直前に、別れを惜しむように私を抱きしめてくれた。その時、涙を堪え切れなくて、泣いてしまったのを覚えている。
(会いたいな……)
無理なのを承知で、そんな事を思った。
両親の事を思い出して、気づいたら私は涙を流していた。
「……大丈夫?」
「ーーっ」
当然の声にビクリとする。恐る恐る声のする方を見ると、いつの間に起きていたのか、レイさんがこちらを見ていた。一見無表情の顔の中に、不安が見える。
泣いていたのがバレてないか心配になり、軽く目元を拭って、笑みを作れるほど心に余裕はないが、無理矢理笑みを浮かべる。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「……ううん、大丈夫」
そういえば、レイさんとちゃんと話すのは、何気にこれが初めてな気がする。どこか掴み所がない人だけど、拓さんとお互いに信頼していて、見ていてすごく羨ましい。
先程の事を追求される前に、何か話を振ろうと思った。
「そういえば、拓さんとは、いつ出会ったのですか?」
「……一週間前、私の村に拓様が訪れて、物資とか奪っていく魔王軍と戦ってくれたの」
「えっ!?魔王軍って……大丈夫だったんですか?」
魔王軍といえば、人類の宿敵であり、脅威であり、忌むべき存在だ。そんな相手と拓さんは対峙したらしい。今回の件で、拓さんの強さは十分に分かったけど、魔王軍と渡り合えるかと問われたら、誰もが無理だと答えるだろう。
「大丈夫……ではなかった。拓様は、私達のために全力で戦ってくれたけど、魔王軍には歯が立たなかった……。村は消滅して、生き残ったのは私と拓さんだけ」
無表情に語られたのは、思っていたよりも残酷な現実。そうなのだ。あんな強い拓さんでも、魔王軍には敵わなかった。それは、魔王軍がそれほど強大な脅威だと肯定している様なものだ。
「……でも、だからこそ、私達は誓ったの。強くなろうって。誰も泣かないように、苦しまないように……、皆んなが笑顔でいられるようにって」
「ぁ……」
それは、どんなに困難な道なんだろうと思った。皆んなを助けるって、どんなに強い覚悟で言ったのだろう。拓さんとレイさんは、決意を言葉だけでなく、行動で示した。行動で示してくれた。事実、私がここにいられるのは、拓さん達が助けてくれたから。
「……大丈夫なんですか?」
私はそんな事を聞いた。主語も何もない言葉だったが、レイさんは何も聞き返さず、天井を見上げる。
「……分からない。この先の事も、何もかも。……でも、一つだけ確かな事があるの」
「確かな事……?」
レイさんは、一呼吸置いて、自分に言い聞かせるように呟いた。
「……絶対に拓様だけは失わせない」
「っ……!」
……あぁ、いいな。恐らく拓さんも同じ事を思ってるだろうなぁと考える。お人好しの権化みたいな人だし。でも、そんな二人を見て、またも羨ましいという気持ちが湧き上がってくる。……これが嫉妬という感情なのだろうか。今までそんな感情など知らずに生きてきた。だからなのだろうか。この想いを抑制する事ができない。
「ねぇ、レイさん」
ずるい。レイさんだけ、拓さんの事を知っていてずるい。私の知らない拓さんを知っていてずるい。
「私にも、拓さんの事を教えてくれませんか?」
「……うん」
その時のレイさんの顔は、無表情ではなく、微笑んでいた。
私は初めて、恋という気持ちを知った。
◇ ◇ ◇
すっかり話し込んでしまった。ほとんどが拓さんの話なんだけど。
「へぇ、じゃあそのネックレスは拓さんがくれたんだ?」
「……うん」
話している最中、レイさんが「敬語じゃなくていい」というので、敬語をやめた。なんか友達とお泊まり会しているような気分になり、楽しかった。
レイさんは、首元から、碧色の宝石が埋め込まれているネックレスを見せてくれた。レイさんの瞳の色と同じで、とても綺麗だった。レイさんも、そのネックレスを愛おしそうに眺めている。
「いいなぁ、私も欲しい」
「……これはあげない」
レイさんが、ネックレスを胸元に隠し、こちらをジト目で見てくる。「取らないよぉ〜」と笑いながらじゃれ合う。私はそろそろ良いかなと思い、気になっているあの話を聞くことにした。
「……レイさんって、拓さんの事をどう思っているの?」
「……拓様の事を?」
少しの間だけでも、二人きりで旅をしていたのだ。その間に恋心が生まれてもおかしくない。いずれ恋敵になるかもしれない相手の情報を、今のうちに収集しておこうと思った。
「………………、……尊敬は、してる」
どうやら、少し考えて出た結論がそれらしい。でも、尊敬しているだけで、あそこまで信頼するかな?という疑問もある。
「本当に?尊敬しているだけ?」
「……うん」
曖昧な答えに、私の中にある危険信号がなり続けている。レイさんは、拓さんを尊敬しているだけではないと、私の勘が言っている。だから、少し罠を仕掛ける事にした。
「……私ね、拓さんの事が好きなの」
「!?」
レイさんは、目を見開いて、明らかに動揺し始めた。
「だから私、明日拓さんに告白しようと思うの」
「だめ!……だめ……」
レイさんは、徐々に声を小さくして、俯いてしまった。前髪の間から見える顔が赤くなっているのは、きっと見間違いじゃない。
「どうしてだめなんですか?レイさんは拓さんを尊敬しているだけですよね?」
なんか、反応が可愛いくて、自然とからかいたくなる。もちろん、明日告白するなんて嘘だ。私にそんな度胸ない。でも、レイさんの可愛い反応が見れるなら、その嘘も利用させてもらおう。
「それは……」
いつも冷静なレイさんが、ここまで取り乱すなんて、とてもレアなのではないだろうか?レイさんは、告白してはいけない理由が見つからず、そもそも自分すら何故止めたか分からないようだった。もしかすると、レイさんは無自覚なんじゃ……。
「もしかして、レイさんも拓さんの事、好きなんですか?」
「……私が……拓様の事を……?」
レイさんは、目を見開いて、一瞬固まり、徐々に顔が赤くなっていく。そして最終的にには、ボンっと何かが頭から出た。
「……本当に……?私は……拓様の事が……?」
あぁ、やはり無自覚だったかと苦笑する。そして、余計な事をしてしまったなと思った。自覚していないなら、レイさんが恋敵にならずに済んだからだ。
(……でも)
でも、やっぱりレイさんにも気づいて欲しかった。この、暖かくて幸せな気持ちを。
私は、自分の気持ちを制御出来ていないレイさんを見て、暖かい目で見守った。
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