第29話 お願い

「それは……本当なんですか……?」


 政府の関係者というあまりにも現実離れしている話に、頭の整理も込めて、確認するように問いかける。おばあさんは、「ええ、本当の事です」と頷いた。


「私は昔、政府の情報を管理していました。国の様子、周囲に蔓延る魔物の数、政府内にいるであろう敵国のスパイの容疑者リストを渡された時もありましたね」


 政府の情報を管理していたとなると、とても重要な役割だ。おばあさんは、政府にとても信頼されていた人なのだろう。適当な人がしていたなら、いつどこから情報が漏れるか分かった事じゃないし。


「でも、なんでそんな人がこの国に……?」


 少なくとも、おばあさんが言っている政府は、この国の事では無いだろう。もしこの国に政府があったなら、ルベールが入れ替わった時点で問題になっているはずだ。

 しかし、政府の人がこの国に住んでいるというこの状況も、考えてみれば違和感を感じる。この国も決して狭くは無いが、政府の関係者なら、もっと良い場所があっただろう。


「助けて貰ったのです。あるお方に」


 おばあさんはそう言って、優しい笑みを浮かべた。


「……先程話した三大魔道具の事や、隠し場所の事ですが、これは上層部にしか公開されていない情報でした。しかし、国の周辺や情報を管理していたのもあって、私にも公開されました」


 たしかに、色々な情報を管理していたのならば、必ずおばあさんが必要になるだろう。


「もしこの情報が漏れてしまえば、魔道具を悪用しようとする人が出てきてしまいます。それだけは、政府にとって避けなければいけない事だったのです」


 「しかし……」とおばあさんが続ける。


「ある時、その情報が外に漏れてしまったんです。原因は私にも分かりませんが、ルベールと関係があるのは事実でしょう」


 それも納得だ。ルベールの計画の前提として、支配の水晶の事を知らなければならない。外に漏れたのと、ルベールがこの計画を企てたのは無関係ではないはずだ。


「当然ですが、上層部は大騒ぎになりました。すぐに色々な対策を練りましたが、どれも解決には至りませんでした。もう既に手遅れだと気付き始めた頃、上層部は責任のなすり付け合いをし始めたのです……」

「…………」


 話を聞いただけで、当時の悲惨な光景が頭に浮かぶ。責任のなすり付け合いとは、どれだけ滑稽で醜かったことか。それをおばあさんは全てを見てきたのだ。情報を共有している者の責任として。


「そして出た結論が……私に全ての責任があるとして、極刑を与えるという物でした」

「なっ……!?」


 思わず驚きの声が出てしまう。全ての責任って……、あまりにも理不尽な結論に顔を歪める。当然、おばあさんはその人達を怨んでいると思ったが、ただ悲しそうな顔をするだけだった。


「私は隙を見て国から逃げ出し、近くに停めてあった馬車に乗せてもらい、国や街を転々として逃げていました。しかし、限界は絶対に来るもので、お金は底を尽き、体力も限界で道端で行き倒れてしまいました。しかし、ある人がそんな私を見て、自国に連れて帰って助けてくれたのです」

「もしかして、その人って……」

「はい、ミラス様です」


 ◇ ◇ ◇ 


 あれから、色々な話を聞いた。助けられた後、王城に連れていかれ保護してもらった事。そのお礼に自分の娘の面倒を見てくれと頼まれた事。その後にルベールによる襲撃があった事。ミラス王が殺された事。……ミルちゃんのお父さんが、ミラス王だった事。


「すみません、長々と語ってしまって」

「いえ、此方としても色々知れて良かったです」


 話に区切りがつき、おばあさんが申し訳なさそうに言った。僕はおばあさんにお礼を言い、そのまま席を立つ。


「そろそろ、僕も休みます。先程の話も、ゆっくり頭で整理もしたいですし」


 今はゆっくり休んで、改めて頭の中を整理したかった。僕は、廊下に続く扉の方へ向かうと、背後からおばあさんが話しかけてきた。


「あの、拓様達はこれからどうするつもりなのですか?」

「そうですね……とりあえず、この国を出たら近くにある村か国に行ってみたいと思っています」


 この国で、欲しいものは揃ったし、早ければ明日の昼にでも出ようと考えていた。その話を聞いて、おばあさんは真剣な表情で、こちらを見てきた。


「でしたら、一つお願いを聞いてもらえないでしょうか」

「お願いですか?」

「はい。ミル様を、一緒にご同行させて頂けないでしょうか?」

「ミルちゃんを?」


 思わぬ願いに驚く。僕達の旅は、冗談でも安全とは言えない。魔物と戦うのなんて当たり前、最悪今回のように手強い魔物や敵と戦う時があるかも知れない。それに、ミルちゃんは一国の王女だ。年齢は僕より下でも、王家の血を引く最後の一人だ。そんな人を、一緒に連れて行くのは、多少なり不安を感じてしまう。


「無理なのを承知です……!しかしこのままでは、政府に万が一見つかってしまった際、ミル様も一緒に殺されてしまいます……。拓様達と行動を共にすれば、少なくともミル様が政府に殺されることはありません。私と一緒にいるよりは、幾分もマシです」

「しかしそれだと、おばあさんが……!」

「私はもう先は長くありません。しかし、ミル様は違います。ここで死んで良い人ではありません……!ですから、よろしくお願いします……!」


 ……おばあさんの言いたい事は分かった。僕もミルちゃんには、本当は一緒に来て欲しい。だけど、おばあさんの事を考えると、誘うのを躊躇ってしまう。それに、もしミルちゃんを連れて行ってしまったら、おばあさんはどうするのだろう……。そんな色々な考えが頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。


「……明日、ミルちゃんに聞いてから決めます。最終的に決めるのはあの子ですから。それではダメですか?」

「……分かりました。引き止めてしまいすみません。では、どうぞごゆっくりおやすみになってください」

「はい、おやすみなさい」

 

 おばあさんは優しく微笑み、僕にお辞儀をする。僕も軽くお辞儀をして、扉を開き廊下に出る。廊下に出て手前の部屋がレイとミルちゃんが寝ている部屋だ。そして、その奥にある部屋が、今日僕が寝る部屋だ。

 僕は、既に寝ているであろうレイとミルちゃんの部屋の前で止まり、レイ達が起きないように、小さな声で「おやすみなさい」と呟く。そのまま自分の部屋に入り、ベッドに体を預ける。そのまま、ゆっくりと意識が落ちていくのを感じながら、僕は眠りについた。





 





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