第28話 英雄の凱旋
僕が外に出ると、城の前は大勢の街の人達でごった返していた。街の人達は僕を見るなり、まるでオリンピックが始まった時のように歓声が上がる。感謝や憧憬を含んだ視線が一気に僕に向き、コミュ力マイナスの僕は一歩下がってしまった。しかし、街の人達は、そんな事に気づいていないのか、口々に感謝の言葉を述べた。
「大変そうだね。冒険者君」
僕が、街の人達の反応にあたふたしていると、どこからともなくイシュタルが現れた。いつも通り、爽やかな笑顔をしているが、服は切り裂かれ、血が付いている。僕が離脱した後も、壮絶な戦いがあった事を証明していた。
「その血……」
「あ、これ?優秀な治癒術師に治してもらったから大丈夫だよ」
そう言いながらイシュタルは袖を捲り、腕を見せる。袖に血が付いていたから傷を負ってるものかと思ったが、腕には傷一つ付いていない。改めて魔法の規格外さを見せつけられた。
優秀な治癒術師というのが少し気になり辺りを見渡すと、道具屋にいた女性が傷を負った兵達に手をかざし、掌から淡い緑色の光が出ている。
「あの人が優秀な治癒術師?」
「うん。あの人、この街に来る前は結構名の知れた治癒術師だったらしいよ」
少し意外だった。初めてあった時は少し抜けているイメージがあったが、兵達を治療している彼女の顔は、真剣そのものだった。前に見たゆるふわな雰囲気が微塵も感じられない。
「あれは……」
ふと視線を外すと、彼女の近くに肩を抑えている兵がいた。そして、その兵には見覚えがあった。ミルちゃんが連れていかれた時に、レイも付いれていこうと近づいて、僕が思わず腕を切断させてしまった兵だ。どうやら、その腕も彼女の力により元に戻っているらしい。彼も、偽のミラス王に操られていただけなのか……。あとで謝りに行こう。
「ところで、冒険者君は何で街のみんながここに来たか分かる?」
「何でって……偽の王を糾弾するためとか?」
「いいや、英雄の凱旋のためだよ」
「英雄……?」
僕が困惑していると、イシュタルはふっと微笑み、言葉を続けた。
「ある街に、偽の王が誕生していた。だが、街の人々は記憶を改竄されているため、それを気づける者はいない。しかし、そこに何処からともなく冒険者が現れ、偽の王を倒した。ここまで言えば分かるよね?」
「それって……」
……僕達の事だ。でも、僕達はそんな大それた事はしていない。僕はミラス王が偽の王なんて知らなかったし、もしミラス王が本当に王だったら、僕達はただの反逆者だ。結果が良い方に傾いただけ。だから、素直に英雄という称号を受け取る気持ちにはなれなかった。
「冒険者君がこれをどう思っているかは分からないけど、街の人たちは大盛り上がりだよ。素直に皆んなの気持ちを受け取ってあげれば?」
「……そうだね。そうするよ」
その夜は、お祭り騒ぎだった。いつのまに用意したのか屋台などが出ていた。僕が屋台の前を通り過ぎようとすると、必ず呼び止められ無料で食べ物をくれた。申し訳なさもあったけど、それ以上に昼から何も食べてない故の空腹が勝り、ありがとうございますと言って有り難く貰った。もちろんレイとミルちゃんも貰え、三人で食べながら夜の街を歩いた。
◇ ◇ ◇
「そろそろ宿に戻ろうか」
「……はい」
流石に疲れが溜まり、いつもより早めに寝ることにした。レイも眠そうにしており、足取りがフラフラしている。ここから宿は少し離れているし、おぶったほうがいいだろう。僕は腰を屈め、レイは僕の背中にしがみつき、レイを後ろで抱えたまま腰を上げる。
「じゃあミルちゃん。僕達はそろそろ宿に戻るから、またね」
「あのっ、えっと……」
「ん?どうしたの?」
僕が宿に戻ろうとすると、ミルちゃんが何か言いたそうにしている。でも、言うのを迷っているのか、俯いてもじもじしている。僕は、ミルちゃんの言葉を静かに待つ事にした。
「もっ、もし良かったらですけど……私の家に来ませんか!?」
「ミルちゃんの家に?」
「あっ!えっと、まだお礼も出来ていませんし……そのぉ……」
顔を真っ赤にしてあたふたしている。何この子超可愛い。
「でも、親御さんとかに迷惑かからない?」
「っ……大丈夫です。私の家、おばあちゃんしかいないので」
ミルちゃんはニコリと笑ってそう言った。だけど僕には、その笑顔が無理矢理作っているように見えた……。
あまり詳しい事情は分からないけど、せっかくのお誘いだ。レイも早く横にさせてあげたいし、今日はミルちゃんのお言葉に甘えよう。
「じゃあ、お願い出来るかな?」
「……!!はい!」
ミルちゃんはそう言って、僕を自分の家に案内してくれた。
◇ ◇ ◇
案内されたのは、木造の大きな家だった。他の家より明らかに大きな家にビックリする。ミルちゃんに連れられて入ると、暖炉の近くで揺り椅子に座り、両手を握りしめて何かお願いをしているおばあさんがいた。
「ただいま、おばあちゃん!」
「お、お邪魔します」
僕は恐る恐る中に入る。おばあさんは、ミルちゃんを見るなり駆け寄り、ミルちゃんを抱きしめた。その目には涙が浮かんでおり、相当心配していた事が分かった。
「よく帰って来てくれました……すみません……お助けに参れなくて……」
「ううん。ごめんねおばあちゃん、心配かけちゃって」
ミルちゃんもおばあさんを抱き返し、お互いに無事を確認し合うように抱き合っていた。少しすると落ち着いたのか、おばあさんは僕の存在に気づいた。
「こちらの方達は?」
「拓さんとレイさんだよ。私を助けてくれたの」
「まぁ!この人たちが!?」
おばあさんは、僕の前でしわくちゃな手を重ねて、まるでお参りするかのように頭を下げた。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます……!」
「あ、頭を上げてください!」
僕はあまり感謝されるのは慣れていないらしい。街の人達の時もだが、なんか照れ臭い。おばあさんは、感謝を終えた後、僕の背中で寝ているレイに気付いた。
「まぁまぁ、こんな小さな子まで……。ささっ、この子はこの椅子に眠らせてあげてください」
おばあさんはそう言って、先程まで座っていた揺り椅子を勧める。いいのかな……と少し迷っていると、レイが少し寝苦しそうに「んんっ……」と唸る。僕は、おばあさんのお言葉に甘えて、レイを揺り椅子へと座らせた。揺り椅子の背もたれは外側に少し逸れており。寝るのにも適しているようだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、ミル様をお助けくださった命の恩人ですから。これくらいはさせてください」
おばあさんのご厚意に笑みがこぼれる。その後は、ホットミルクらしき飲み物をくれ、今までの経緯をおばあさんに話した。自分でも信じられないような話をしている自覚があったが、それでもおばあさんはしっかりと僕の話を聞いてくれた。
「おそらく、その偽の王はルベールという男です」
ルベール……たしか偽のミラス王と戦っている時に、何故か脳内に浮かんだ名前。この名前が偽のミラス王の名前だとしたなら、あの時の動揺も納得がいく。おばあさんが座っていた椅子から立ち上がり、引き出しを開け何かを探し始める。そして、ある一枚の紙を取り出し、僕の前へ差し出す。
「これは……」
その紙には、偽のミラス王……ルベールの顔と共に、指名手配と懸賞金の文字が印刷されていた。そして、懸賞金の額を見て驚く。懸賞金が金貨2000枚……!!この世界に来て日は浅いが、貨幣の単位ぐらいの知識は身に付いている。だからこそ、金貨2000枚という大金が現実離れした額だと理解できた。
「何故こんなに懸賞金が……」
「ルベールは、ある山から封印された三大魔道具の一つ、『支配の水晶』を持ち出したからです。三大魔道具は、一つでも世界の危機をもたらす強力な力を持っています。今回は、ルベールがこの程度で満足していたのが不幸中の幸いでした」
たしかにあの水晶は強力だった。本人の意思すら無視して従わせる……まさに魔の道具だ。しかし、一つ疑問が生まれる。何故そんな危ない物を破壊しないで封印なんて手段を使ったんだ……?事実、『支配の水晶』が持ち出され、危うく世界の危機になっていたかもしれないのに。
「あれを破壊しなかったのは、恐らくまだ政府の人達が魔道具に執着しているかでしょう」
おばあさんは、僕が思っていた事を察したのか、少し悲しそうにそう言った。
「たしかに魔道具は恐ろしい物です。しかし、それを自分が使うとなったら話は別です。今回の『支配の水晶』だってそうです。あの水晶を手にするだけで、全世界の人々は所有者に支配され、従わされてしまうでしょう」
そして、僕を見て微笑んだ。
「そして、あなたが水晶を破壊してくださり、本当に感謝しています、もし他の人達だったら、水晶を横取りしようとしたでしょう。ほんとうに、あの水晶を壊して頂き、ありがとうございます」
おばあさんはそう言って、深々と頭を下げる。
「い、いえ、そんな……!それにしても、何故おばあさんはそんなに政府の事情に詳しいんですか……?」
考えてみれば当たり前の疑問だ。普通の民間人が政府の事情を知っているわけがない。おばあさんは、僕の質問に答えるために、優しい口調である事実を告げた。それはーー
「私は以前、政府の関係者でした」
予想にしていなかった、とんでもない事実だった。
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