第27話 結末

「なんだあれ……」


 箱から取り出された水晶は、一眼見るだけでも良くないものだと分かった。禍々しい負のオーラが、僕の何ある警鐘を鳴らしている。ミラス王(?)は、その水晶を持ち、こちらを見て笑う。


「これはな……支配の水晶と言って、どんな獰猛な魔物も一瞬にして従順な僕(しもべ)となる。もちろん、人間もな」


 そう言うと、ミラス王(?)が手に持っていた水晶が光りだした。急な事に警戒したが、僕もレイもミルちゃんにすら変化はない。しかし、すぐに光の能力を思い知らされた。


「あれは……」


 先程僕達が出てきた部屋から、鎖で繋がれていた女の子達が出てきた。意識もしっかりとあり、操られているようには見えないが、彼女達の目からは先程見たときの恐怖が感じ取れない。逆に、強い敵意が僕達に向けられていた。


「さぁグズ共。そこにいる奴らを捕らえろ」


 ミラス王(?)がそう言うと彼女達は、僕達の腕や脚にしがみつき、僕達の動きを止めようとする。僕は無理にでも引き剥がそうとすれば脱出出来るだろうが、それでは彼女達も傷つけてしまうかもしれない。それに、レイとミルちゃんは自力での脱出は不可能だろう。どうするか迷っている間にも、次々に体にしがみつかれていく。


「急にどうして……!?」


 急に敵意を露わにした彼女達に困惑する。ミラス王(?)はそんな僕を嘲笑うようにして見ていた。


「『意識改竄いしきかいざん』の力だ。大勢の奴らを支配するには、この方法が手っ取り早いからな。まぁ、細かい指示を出せないのが難点だがな」


 そして……とミラス王(?)がニタリと下卑た笑みを浮かべる。僕はその笑みにとてつもなく嫌な予感がした。


「『従属化を起動。名はレイ。我の命令を忠実に従う駒となれ……完全支配!」』」

「っ……!?」


 ミラス王(?)がよく分からない言葉を紡いだ瞬間、レイは急に抵抗をやめ、レイを押さえつけていた女の子達もレイの拘束を解く。すると、レイはミラス王(?)の近くに行き、まるで当たり前かのようにミラス王(?)の隣に立つ。その目に光はなく、明らかに様子がおかしい。


「レイ……?どうしたんだ……?」


 僕が問いかけても、返事を返さない。ミルちゃんもその異変に気付き、戸惑いを隠せていなかった。ミラス王(?)は、僕の問いかけに答えるようにクックックッ……と喉を鳴らして笑った。


「こいつはもはや俺のしもべとなった。もうお前の名前も、思い出も、記憶も全部こいつの頭にはない。あるのは俺への忠誠心だけだ」

「そん……な……」


 レイは、無表情のままミラス王(?)の隣にいる。僕達になど目もくれず、ただ前を向いていた。それは、ミラス王(?)の言っていることが正しいと証明しているかのようだった。ここまでずっと一緒にいてくれたレイが、今は僕の隣にいない。そんな虚無感に僕は呆然とする。


「……まだ……です」

「……え?」


 だけど、この状況でも諦めていない子が一人、僕の隣にいた。女の子達に拘束されて身動き取れないはずなのに、その目には確かな闘志が宿っていた。そして、その闘志に反応するかのように、ミルちゃんの体が光り出した。


「ミル……ちゃん……?」

「これ以上……!あいつに好き勝手させません……!」


 その光には見覚えがあった。当たり前だ、レイもこの光によって剣の姿になったのだから。もしかして……!と目の前の希望に縋り、僕は手を伸ばす。


「ミルちゃん……手を!」

「ーー!はい!」


 僕とミルちゃんは、掴まれていた腕を無理矢理動かして、お互いに手を伸ばす。そして、僕の指先とミルちゃんの指先が触れ合った瞬間、光は一層輝きを増した。


『っ……!?』


 僕達を拘束していた女の子達は、突然起きた風圧に負けて吹き飛ばされる。同時にミルちゃんの体が形状をかえ、僕の手元に寄って来た。手元に来た光を握ると光が薄れ、中から黒く光るライフル銃が現れた。


「これは……」

『何これ……』


 ミルちゃんは、自分の身に起きている事に理解が追いついていない。僕は二度目だから何とか状況は把握出来る。でも、ミルちゃんもレイと同じ武器になれるのは驚いた。

 ライフル銃を見ると、上部にスコープらしき物が付いていた。覗いてみると、薄暗い部屋が鮮明に見え、奥に見える壁の小石一粒一粒がしっかりと確認できた。暗視に遠視は万能すぎる……。


「まさか……!そいつも武器になるとは……!」


 予想外のことが起き、ミラス王(?)が歯軋りをする。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、レイを自分の前へと立たせた。


「撃てるものなら撃ってみろ。その時は、こいつがどうなるか分からんがな」


 こいつを盾にすれば大丈夫。そんな考えがミラス王(?)の頭の中にあるのだろう。確かに、普通の人ならレイに当てずに、ミラス王(?)を撃つのは無理に等しいだろう。ーーそう、


「っ!?」


 僕が迷いなく発砲した弾丸は、レイを通り過ぎ、ミラス王(?)の頬を掠めて背後にある壁を抉った。突如鳴り響いた銃声と、真横を通り過ぎた弾丸に驚きミラス王(?)が尻餅をつく。幸い、レイも操られて驚きもしていない。僕は、二発目を撃つために再びミラス王(?)に銃口を向ける。


「貴様っ!こいつに当たってもいいのか!?」

「当てないし、当たらせない」


 僕には、『どんな武器でも使いこなせる加護』が付いている。ついさっき触ったミルちゃんの銃も、昔から愛用している銃のように手に馴染み、使いこなせる。ミラス王だけを狙い撃ちするなど造作もない。圧倒的不利を悟ったミラス王(?)は、プライドも恥も捨てて僕に命乞いをし始めた。


「お、俺が悪かった!!金ならいくらでもやるっ!!女でも好きに持って行ってもいい!!だから……!!」

「……本当に貴方は救いようがないな、あんた」


 『支配の水晶』を手放す気がない事を告げ、代わりに女や金をやるとは……どこまでクズなんだ。チラリと視線を向けるのは、風圧によって飛ばされて気絶している女の子達。あの子達を見るだけでミラス王(?)への怒りでどうにかなりそうなのに、こいつはレイやミルちゃんまで堕とそうとした。僕は、それを全て許せるような聖人様じゃない。


『拓さん……』

「…………」


 ミルちゃんが心配そうに声をかける。ここでミラス王(?)を殺すのは簡単だ。でも、それではダメだ。コイツには生きて罪を償ってもらう。死んで逃げるなんて許さない。僕は奥歯をグッと噛み締め、震える手を抑えつける。


「あっ……」


 僕は、ミラス王(?)に向けていた銃口を、尻餅をついた拍子に落としてしまったのか、床に転がっている支配の水晶に向ける。僕はそのまま引き金を引き、水晶は弾丸に当たり粉砕した。支配の水晶が粉砕した瞬間、何かが抜けたようにミラス王(?)は呆然としていた。


「拓様……?」

「レイ……!」


 支配の水晶が粉砕したことによって、支配されていたレイも正気に戻った。僕はミルちゃんを人の姿へと戻し、レイを抱き寄せる。レイは自分が操られていた時の事は覚えてないそうだ。でも、それでもいい。僕は、今胸の中にいる女の子を、一緒にいてくれた女の子を抱きしめた。


「戻ってよかった……」


 僕は、自分でも驚くほど掠れた声で呟いた。レイは、何も言わずに抱き返してくれた。それが少し恥ずかしくて、だけどとても嬉しくて。


「…………」

「「っ!!」」


 しかしすぐに、こちらをじっと見つめるミルちゃんの視線に気付き、ばっと離れる。ずっと見られてたと思うと、恥ずかしすぎて死ねる。穴がなかったら掘ってでも入りたい。


「ふざ……けるなよ……!」

「っ!!」


 ミラス王(?)は、放心状態から立ち直り、僕に鋭い殺気を帯びた視線を浴びせる。そして、何を思ったのか……そもそも何も考えていなかったのか、丸腰で僕に殴りかかってきた。


「ぐっ!?」

「あんたの負けだ」


 僕は、ロングソードをミラス王(?)の首の前に突き出す。そして、ようやく自分の敗北を自覚したようで、その場で崩れるようにして倒れた。


『おい!この部屋だ!』

『よくも今までいいように操ってくれたな!!』

「……僕達はもう必要ないね」

「……そのようですね」


 扉の向こうから聞こえる兵達の声。『意識改竄いしきかいざん』が解け、本来の敵を思い出したのだろう。気を失っている子達も一緒に出られたら良かったんだけど、流石に僕達だけではあの子達を運び出させない。後は、今から来る兵達に任せよう。


「さぁ、帰ろうか」


 僕は、ミルちゃんに手を差し伸べる。その瞬間、夜が明けたのか窓から朝日が溢れる。


「はいっ……!!」


 ミルちゃんは僕の手を握り、涙を流しながら笑った。僕とレイも釣られて笑った。僕達は、互いに手を取り合い、出口へと向かった。


 ーーこうして、一人の少女を救う物語が結末を迎えた。










 

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