第19話 自己犠牲

 僕達が街に戻ることには、すっかり日も沈んでいた。僕達は倒したケルベロスの素材が入ったバックを担ぎながら街の門を潜る。


「ん……?」


 門を潜った瞬間、ある違和感に気づく。


「……誰もいませんね」


 僕の違和感をレイが代弁してくれる。そう、いつもなら笑い声や怒鳴り声があちこちから聞こえるのに、今日は何故かシンっと静まり返っている。近くにあった飲食店を覗いてみるが、誰一人として姿が見えなかった。


「流石におかしいよね……」


 数人の失踪ならまだ分からなくはないが、これほど大勢の人がいなくなるのは異常事態だ。僕達は人を探しながら街の中を歩く。すると不意に、少しだが声が聞こえた。レイに目配せして確かめると、レイはコクリと頷いた。どうやら、僕だけが聞こえているわけではなさそうだ。


「あっちの方だ」


 僕達は声のする方へと向かう。徐々に声は大きくなり、気づいたら広場に着いていた。広場には大勢の人がいたが、ある場所だけは人集りはなく、一本線のようのになっていた。そして、その先にはーー


「あれって……」

「……ミラス王」


 この国の最高権力者がそこにいた。昨日と同じように、玉座にミラス王が座ってクチャクチャと何かを食べながら、背後と両脇に仕えさせている女の子に団扇を扇がせていた。


「なんでこんなところに……」


 あの時は王の凱旋というからミラス王が街を通ったのは分かる。だが、この状況はどう見ても凱旋なんてものではない。それは、状況だけではなく、街の人達も表情からも窺える。そして、ミラス王が何かを食べ終わった瞬間に空気が変わった。


「……………」


 ミラス王は、街の人達をじぃっと見渡し、ある場所で視線を止めると、パンパンッと手を軽く叩いた。すると、控えていたのか、少し大柄な男がミラス王に近づく。するとーー


「あの者を連れて来い」


 大柄の男は、そう指示されミラス王の前に連れてきたのは……


「いやっ……やだっ……」


 ミルちゃんだった。大柄な男に細い腕を掴まれ、ミルちゃんは出来るだけ激しく抵抗する。しかし当然、大柄な男の手を振り払う力がミルちゃんにあるはずもなく、ただ恐怖で震えながらミラス王の前に引きずられて行くだけだった。


「ミルちゃんっ!!」

「拓……さん……?」


 涙を瞳いっぱいに溜めているミルちゃんを見た瞬間、半ば反射的にその場から飛び出す。


「なんだ貴様!?」


 いきなり現れた乱入者に、ミルちゃんの手を掴んでいた男が僕を片手で捕まえようとする。しかし、先程ケルベロスを討伐してきた僕達にとっては、男の動きは遅く見えた。これならいける……!と思った瞬間だった。横から筋肉が幾重にも増幅された腕に捕まったのは。


「がっ……!?」


 突然の首への圧迫感に意識が一瞬白む。僕の体は易々と持ち上がる。揺らぐ視線で見ると、人間とは思えないほどの筋肉を持つ男が、こちらを何も言わずに見上げている。しかしその目には、明らかな殺意がこもっていた。


「拓さん……!」


 男は僕を掴んでいる腕を真下へと落とし、地面へと叩きつける。あまりの衝撃にガハッと血が口から吐き出す。それでもなんとか立ち上がろう とすると、すぐさま腹部に打撃が入る。


「ぐぁっ!?」


 僕の体は宙に浮き、数メートル飛ばされ、無造作に地面を転げ回る。


「よくやったゴート。ん?あれは……」


 ミラス王は、ゴートと呼ばれた男にボコられてる僕を嗤う。しかし、すぐにミラス王の興味は僕から、僕を心配して近寄ってきた“この子”に逸れた。


「可愛い子じゃないか」

「ひっ……」


 レイは、ミラス王の下卑た目に震える。そして、ミルちゃんを捕まえた男に、レイも捕えろと命令をした。男はレイに近づき、レイの腕を掴む。


「っ!!」


 男がレイの腕を掴んだ瞬間、僕はレイを掴んでいる男の腕を、剣を抜いて切断した。


「あ、ああぁぁぁあ!!腕があぁぁああ!?」

「レイに……触れるなっ!!」


 腕を切断されて、地面でもがく男。その様子に、街の人達もミラス王達も、誰一人として動けなかった。しかし、そこはやはり王と言うべきか。すぐさま状況を理解して指示を出す。


「何をしてるっ!!そこの反逆者をすぐさま取り押さえろ!!殺しても構わん!!」


 ミラス王がそう言うと、ぞろぞろとミラス王の背後から兵が押し寄せてくる。このままだと僕だけでなくレイも危ない。今はレイを剣にした方が、安全かもしれない。そう思い、すぐさまレイに剣になるよう指示する。しかしその瞬間、ある声が響き渡った。


「やめてっ!!その人達には手を出さないでっ!!」

「ミルちゃん……」


 ミルちゃんの叫びにその場の全員の動きが固まる。


「私を連れて行く代わりに、その人達を見逃してください……」

「っ!?何を!?」


 ミルちゃんはミラス王にとんでもない提案をした。すぐに辞めさせようとするが、押し寄せてくる兵が邪魔でなかなかミルちゃんの所に行けない。


「ふっ、いいだろう」


 ミラス王はその提案を受け、ニヤリと笑う。ある兵にミルちゃんを連れて行くよう命じる。それを受けた兵が、ミルちゃんに近づき、そのまま連れて行く。ミルちゃんは最初のように抵抗はせず、黙って男に連れていかれた。


「さよなら……拓さん……レイさん……」

「ミルちゃんっ!だめだっ!!」


 なんで、なんで……?そんな疑問が頭の中で渦巻き、ミルちゃんが連れて行かれるのを何も出来ずに見送った。





 




 



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