第17話 新しい情報

 鋭い殺気をじかに浴びながら、腰に携えている剣の柄を握る。神経を最大限に尖らせ、姿を見せない者への対応の準備をする。


「っーー!?」


 次の瞬間、茂みの中から黒い物が僕に襲いかかってきた。咄嗟に剣を前に構えて防御をすると、狼に似た獣が刃の部分に噛み付いていた。


「なんだっ……コイツ……!?」


 刃に噛み付いている獣を振り払おうとするが、狼とは思えない程の力で押し返され、ガチガチと刃と牙が迫合いになる。身体能力を底上げしてもらっているのに、この狼を押し返すことが出来ない。


「っーー!?ぐぁっ!?」

「拓様……!?」


 押されないよう踏ん張っている僕の横から、重い衝撃が加わった。僕は当然、目の前の狼への対処で精一杯だったので、横から来た衝撃に対応出来なかった。思いもよらない衝撃に僕の体は横へと大きく飛び、木に衝突し、そのまま地面へと転がる。背中からの衝撃が胸まで届き、一瞬息が詰まる。ゲホゲホッと咳き込みながら、胸を押さえ立ち上がる。


「なんだよ……あれ……」


 起き上がって見た物に僕は瞠目する。何故なら、先程の狼の首の付け根から、もう一つの頭部が生えていたからだ。先程の衝撃は、もう一つの首で頭突きされたものだと理解する。


「ケルベロス……」


 レイがそうポツリと呟いた。ケルベロス……僕の世界では『冥界の番人』として有名な空想上の化け物だ。しかし、僕達の目の前にいるケルベロスと呼ばれた魔物は、僕の知っているケルベロスとは所々に差異がある。僕の知っているケルベロスは確か、犬に近い見た目を持ち、体格も人間の数倍だと聞いた。蛇のたてがみで、竜の尾を持っていると。そもそも、ケルベロスの頭部は3つだったはずだ。


「ヴゥゥッ……」


 ケルベロスは僕達を見て低い唸り声をあげる。すぐに襲いかかって来なかった事が幸いし、なんとか体制を戻すことができた。僕は再び剣を構える。ケルベロスのギラついた赤い目が僕を睨みつけ、お互いにお互いの行動を読もうとする。


「ガァァッ!!」


 先に動いたのはケルベロスだった。獣の本能か、それとも狩人の本能か……獲物を視界に捉えて離さず、真っ直ぐ僕へと突進して来た。僕は二つの頭部を警戒しつつ、既の所でケルベロスの突進を躱す。ケルベロスはすぐには勢いを殺せず、僕が衝突した木に同じく衝突する。しかし僕との違いは、木がまるで棒切れのように簡単に折れ、ギシギシという騒音と共に地面へと倒れた事だ。


「うそだろ……」


 僕はその光景に思わず苦笑いをする。しかし、木が倒れるほどに強く衝突したのであれば、もしかしたら倒せたのでは……?と少しの希望が浮かぶ。だがそれは、何事も無かったように起き上がるケルベロスを見て一瞬にして砕け散った。一見あまりダメージを受けてないようだった。その事実に奥歯を噛みしめる。


「レイ!もっと離れた場所に!」

「で、でも!」


 ここにいたらレイにいつ標的が向くか分からない。少しでも離れた場所で身を隠していて欲しい。しかし、レイはそれを躊躇っていた。自分だけ逃げるのは嫌らしい。


「グァ……」

「っ……!?」


 ケルベロスは一瞬、レイを方向を見た。それは、まるで獲物を変えるように……値踏みをした。嫌な予感がして一刻も早くケルベロスを仕留めようと剣でケルベロスに斬りかかる。しかし、ケルベロスの方が一瞬動くのが早かった。


「待てっ!!」


 ケルベロスはレイの方へと真っ直ぐに走る。レイはケルベロスの急な攻撃に体が動けないでいた。このままだとレイは……そんな想像をする前に体が動いていた。


「やっめろぉぉぉぉ!!」

「グァ!?」


 僕は、左脚で思い切り地面を蹴る。右方向にレイはいる。右方向に……標的ターゲットがいる!加護のおかげで人間とは思えない程の脚力で右へと飛んだ僕は、すぐさまケルベロスの横へ付く。


「!?」


 ケルベロスは急に僕が横から現れ驚愕している。しかし僕は、そんな事おかまない無しに僕は剣を横へと薙ぎ払う。ケルベロスは剣に直撃しそのまま横へと体が飛ぶ。何も考え無しに横へ飛んだ僕は受け身が取れずゴロゴロと地面へと転がる。


「拓様!!大丈夫ですか!?」

「平気平気……」


 レイが心配して駆け寄って来たが、安心させるために二ヘラとおどけて笑った。それでも心配そうだったが、まだこの戦いは終わっていない。ケルベロスを飛ばした方から、カラカラと何かが動く音が聞こえ、まだ死んでいない事を悟る。


「くっ!?」


 立ち上がろうと足を踏ん張った瞬間、左脚からガクリと崩れた。どうやら先程の横飛びで左脚にとてつもない負荷をかけてしまったようだ。その事実に舌打ちをして、無理矢理立ち上がる。近くにあった木に寄りかかり、なんとか姿勢を保つことが出来た。


「……私を使ってください」

「ーーーー」


 レイは、ハッキリとした口調でそう言った。確かにレイの剣は強力だ。ケルベロスも圧倒できるかもしれない。だけど、グラインとの戦いで剣が……レイが傷ついた事が脳裏で再生され、決断を濁らせる。ここで使った方がいい……それは誰の目にも明らかだが、僕は……使いたくなかった。レイには傷ついて欲しくなかった。僕がいくら傷つこうと、レイのためなら構わなかった。


「……拓様は気づいておられないようですが……どうやら私の剣はようです」

「…………は?」


 それは、とてつもない情報だった。








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