第10話 決心

「そん……な……」


 目の前で村が爆発に飲み込まれて行く。その瞬間、とてつもない虚無感が胸の中を支配していく。まだこの村には大勢の人がいる。それを、この仮面男は無慈悲にも村ごと大勢の人を消し炭にした。


『お母……さん……』

「ーー!!」


 レイちゃんが消え入りそうな声でそう呟く。その瞬間、僕の脳裏に嫌な可能性が浮かび上がる。まだ、レイちゃんのお母さんが村の中にいたという可能性だ。また僕は……守れなかったのか……?


「ああぁぁああぁっ!!!!」


 気付くと僕は絶叫していた。それは、仮面男への怒りなのか、自分自身への怒りなのかは分からない。だけど、僕の心は怒りによってどす黒くぐちゃぐちゃになっていた。僕は怒りに任せに仮面男へと突っ込む。仮面男は、煩わしいと言いたげに僕を手で払う。たったそれだけの動作に、僕の体はまるで反発したかのようにあらぬ方向へと吹き飛んだ。受け身も取れず地面に強く叩きつけられる。


「ぐっ!?」


 男との戦いにより消耗していたのか、起き上がろうとしても体が言う事を聞いてくれない。しかし僕は、仮面男から目を逸らさずに睨みつける。殺気を込めた目で。


「あぐっ……デュラン……様……?」

「グライン起きたか」


 男が目を覚ます。生きていたのか!?……これはまずい状況だ。今の僕は二人を相手出来る余裕もないし、勝機も見えない。どうするか考えるも、仮面男への怒りが邪魔をして冷静に考えられなかった。


「デュラン様がいれば心強いですよ……!」


 そう言うと、男ーーグラインはゆたりと立ち上がり勝ちを悟ったのか、僕を見て嫌らしく笑う。どうにか体を起こそうにも力が入らない。……やはり僕ではダメなのか?異世界に来ても、僕は変われないのか?


「死ねぇぇぇぇっ!!」


 僕は死を覚悟して目を閉じる。しかし、次の瞬間ーー


「何を言っている?」


 ドキュンッ!!


 その音共に、ドサっと何かが地面に倒れる音がした。そっと目を開けると、目の前にグラインが倒れていた。見るとグラインの腹部に大きな穴が空いており、血が地面に広がる。僕が切りつけた時よりも明らかに多量に血が流れている。僕は何が起きたか分からず困惑する。しかし、それはグラインも同じだ。グラインも何故自分が倒れているのか理解に時間がかかる。


「は……?何で……?」


 その言葉と同時にグラインの命が失われる。それを、仮面男ーーデュランは見下ろしていた。まるで、ゴミ掃除をしたかのように、仲間を殺す事に何の躊躇もない冷酷な目で。


「こんなちっぽけな村一つで時間をかけているような奴に、利用価値はない。邪魔なだけだ」


 そう言うと、次は僕達を睨みつける。その瞬間、僕の体が動かなくなる。全身の毛が逆立ち、鼓動が速くなり、自然に奥歯がカチカチと鳴る。僕は恐怖を抱いているのだ。……デュランの存在に。


「お前も鬱陶うっとうしいな……消えろ」


 デュランは右手を前に出し、掌に魔力弾を溜める。そこで僕はある事に気付いた。レイちゃんとグラインと明らかに違う相違点を。


(あの男……詠唱をしていない……!!)


 レイちゃんとグラインは魔法を放つ際、詠唱の様な物を唱えていた。しかし、デュランは無詠唱で男に魔法を放った。それだけでも実力の差がよく分かる。魔法が使えない僕にとっては尚更だ。


 そして、魔力弾が男の手から放たれようとした瞬間、仮面男に異変が生じた。


「……承知しました」


 仮面男がそう言った瞬間、掌に溜まっていた魔力弾が霧散する。そして、またもやデュランが僕を睨みつける。


「魔王様からの直々の命令だ。今回だけは見逃せとの事だ。運の良い奴だ」


 それだけ言って、デュランはふっと一瞬にして消える。残ったのは呆然とする僕と、剣の姿になっているレイちゃん。そしてーー消し炭になった村だけだった。熾烈な闘いが終わった事への実感に包まれるのも束の間、爆発によって消滅させられた村の少ない残骸が僕の前に転がって来た。


「そうだ……まだ村に逃げ遅れた人がいるかも……」


 僕は動かない体を匍匐前進ほふくぜんしんみたいにして無理矢理動かす。少しでも希望が欲しかったのだ。しかし、すぐに誰かの手によって制止される。誰だ……?と思いながらも手の主を見ると、ボロボロになったレイちゃんだった。その顔は悲痛に歪んでおり、静かに首を振る。それは、村にいた人はもう助からないと言っているかの様だった……。


「ぁぐっ……ぅぅっ……」


 僕は自分の弱さや非力さを嘆いた。嘆いても仕方ないと言われるだろうが、今の僕にはそれしか出来なかった。泣いて泣いて泣き喚いた。本当に泣きたいのはレイちゃんのはずなのに……。


「ん……」

「……おはようございます拓様」


 いつのまにか寝てしまっていたらしく、重たい瞼を開く。その時、僕の後頭部に何やら柔らかい感触があった。開いた目の先には、レイちゃんが僕を覗き込んでいる。後頭部に柔らかい感触と、覗き込むレイちゃん……この状況は、夢にまで見た膝枕というやつだろうか。


「って、ちょっと待って?」


 確かに嬉しいシチュエーションだ。だが、見た目からして14歳くらいの女の子に膝枕されるのは、正直恥ずかしい……。男の、それも年上の尊厳が失われる気がする。しかし、僕の体はそんな考えを無視するかの様に動かない。これは、闘いでの消耗のせいか、それともこの場所が心地いいと本能的に思い、動きたくないのか……等とアホらしい事を考えた。


「……寝心地は悪くないですか」

「……最高です……」


 内心悶絶しながらも、今はレイちゃんに甘えさせてもらう。そして、少し前の事を思い出す。あぁ……そうだ。村が………そこまで考えた瞬間、また泣きそうになった。でも、またレイちゃんの前で泣くのはみっともないからグッと堪える。


「レイちゃん……ごめん……」


 このごめんには沢山の意味が込められている。村を守れなかった事、両親や村の皆んなを守れなかった事、レイちゃんに無理させてしまった事……。レイちゃんからのどんな罵倒も受け入れる覚悟だ。しかし、レイちゃんは優しく微笑み、僕の頬を優しく触れた。


「いえ……拓様がいなければ、私も死んでいたでしょう……。拓様は、私の命を救ってくださいました……。ありがとうございます」

「そんな……事……」

「いえ……確かに拓様は一つの命を救ってくださいました。私も生きてます。だから、そんなに自分を責めないでください……」


 この時僕は、なんて強い子なんだ……と思った。僕より辛いはずなのに、それでも弱音を吐かない。僕はこんなに弱くて脆いのに……。僕はこの時、レイちゃんを見て決心した。


「僕……もっと強くなる。誰も泣かせない、苦しませない……皆んなを笑顔に出来るように」


 右手を高く挙げ、拳を強く握る。すると、レイちゃんもその拳を優しく手で包んだ。そして、ふっと微笑んでーー


「……私もお手伝いします」

「……ありがとう」


 こうして、いずれ世界に影響を及ぼす事になる者達の物語が始まった。



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