第2話 症状

「うわっ、最悪……」


 目の前で生い茂っている雑草畑を見て、僕は落胆した。

 先生にこの校舎裏のベンチの雑草群をなんとかするように言われてから、重い足取りでここまで来たわけだが、まぁひどい。

 正直ここまでひどいとは思っていなかった。


「何故僕がこれをやんなきゃいけないのだ……」

 泣きそうである。

「はぁ、やりますか」

 1人でああだこうだと言っていたって仕方がないので、草をむしり始めた。

 最初は僕が今抜いている草たちに、なんだかやり場のない苛立ちをぶつける意味も込めて、思いっきり引っ張り抜いてやったが、そんなことをしてもただ疲れるだけなので、普通に抜き出した。


「……」

 無心になって黙々と引っ張り抜く。

 たまに出てくる、幼虫やミミズに多少ビビりつつ、我慢して作業を続ける。


 男なのになんて言われるかもしれないが、僕は虫が嫌いだ。なんか、うじゃうじゃしているのが生理的に受け付けない。

 なのに、こうして虫が出てくるところで草をむしらなければいけないなんて地獄である。


 それを考えるとまたこれを指示してきた先生に対して苛立ち感じたが、次は特に八つ当たりするわけでもなく、黙って我慢した。


プチップチッ。

「……」

プチップチップチッ。


 なんだか、中学の頃家で黙々と勉強していたことを思い出す。


「……」

プチップチップチップチッ。


 何かあるわけでもないのでリズミカルに草を抜いてみた。うん。面白くない。


プチップチップチップチッ。


 それでもやらない時よりはやった時の方が気分的に楽な気がするので、続けることにする。


プチップチップチッ。



 あまりに単調な作業のせいか、変なモードに入ってしまった。頭では全く違うことを考えていても手が勝手にどんどん草を減らしていぬのである。


「これが、ゾーンってやつか」

 ゾーン初体験である。


プチップチップチッ。


 気分乗ってきたと同時に作業能率もどんどん上がっていく。気がする。


 ふと、はたから見るとどう見えるのかと思った。

 考えても見ると、いかにもインドアな感じの長身長髪メガネが一人でウキウキしながら草むしりをしているのだ。

 なかなか、シュールである。


 こんな姿を見られてたらかなり恥ずかしい。

 でも、もしかしたらそれをきっかけに仲のいい友達とかができたりするかもしれない。ありえないか。そんなやつ、絶対ロクなやつじゃない。


プチップチッ。


 でもまぁ、一応フラグくらいは立てておくべきかもしれない。もしかしたら、本当にそんな出会いがあるかもしれないではないか。



「あぁ、こんな姿見られたくないなぁ」



 プチプチしながら、呟く。

 うん、誰もいない。僕は黙って続けることにした。



プチップチップチッ。


「あ、あのー……」


プチップチップチッ。


「そこの君ー」


プチップチップチッ。

プチップチップチッ。


「何してんの? って見ればわかるか、おーい」


プチップチッ。


 何か聞こえる気がする。きっとゾーンは普段以上の集中力を使うから疲れているのだろう。

 

「ちょっと! 無視はひどくない?」


プチップチップチッ。


「ねぇ!」


プチップチッ。


「ねぇ、君ってば!」


プチッ。


 唐突に肩を何かに引っ張られた。

 地面を見つめていた視線が自然と僕自身の肩に行く。

 持っていた草が地面に散らばり、しゃがんで作業していた僕は地面に尻餅付きながら振り返った。



 僕の肩を掴んでいたのは、とても可憐な少女だった。

 茶髪の綺麗な髪を後ろで一本に束ね、まだ幼さが感じられるが整った顔で、外国人の血が入っているのか綺麗なライトグリーンの目をした女生徒である。



「ご、ごめん。乱暴したかった訳じゃないんだけど……その、話しかけたのに返事来ないから」


 見ている人いたんだ。

 最初に感じたのはそれだった。


 そして、次に僕のあの症状が出た。



「うぁっ。あ……うぅ」


 お腹に激痛が走り尻餅をついていた態勢から、お腹を抱えた状態になる。


「うぅ、はぁはぁ……うぁぁ」


「ど、どうしたの!」


 そう言って女生徒が僕の背中をさすってきた。それがこの症状の悪化につながる。


「うぅぇぇっ! ぅぁ……はぁはぁっ、うぇ」


 胃から何かが込み上げてくる感覚。気持ち悪くて気持ち悪くて、でも止めることができない。

 口のなかには少しの酸っぱさと強烈な臭さが残る。目には涙が滲む。


「君! 大丈夫?」


 僕のことを心配してくれているのは分かる。でも逆効果どころか、僕の体調を著しく損ねるだけの行為にしかなってはいなかった。


 流石にこれ以上は我慢できない。

 僕は背中をさすってくれている女生徒の手を払いのけ、少し逃げるような形で距離を取った。


「え? 君何を」


 僕がそうした理由がわからないのか、困惑した目で僕を見て、また近づいて来ようとする。

 それに対して、僕は少し声を荒げて言った。


「今……はぁはぁ、ぼ、僕に近付かないでください……はぁはぁ」


「き、君? どうしたのホントに」


 凄く心配してくれているのは伝わってくる。きっと優しい人なのだ。でも、これ以上の接触は避けたい。でも、このままであればまた接触がある可能性だってある。

 今、僕が出来るのは、ただこの状況を免れることだけだ。



「理由…は、後で……はぁはぁ、説明しま…す」


 何とか、言葉を絞り出すとまた胃液が上がってきた。

 そして、それを我慢せずに吐き出す。


「うぇっ、はぁはぁ」


 日も暮れてきた夕方頃。

 静かな校舎裏で僕の呻き声だけが木霊した。

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