一章 理解者になりたい
第1話 マイノリティ
『LGBTに生産性はない』
ある議員が言って世論を騒がせた言葉だ。
確かに生物的な見解で見れば生産性なんてないだろう。僕もその意見に異存はない。
そして。
僕にも生産性はない。
先に言っておくが、僕は別に同性が好きだとか自分の心が異性だとかそういうことを言っているのではない。
そういったものとはまた別の
いわゆるLGBTと呼ばれる人達は少数だと言われているが、僕からみれば多数の部類である。
所詮恋愛の対象が異性ではないだの、どっちでもいけるだのそういった次元の話。
僕はそこにすら到達できない、社会的少数者という枠組みの中でも底辺な存在なのである。
性嫌悪。
それが、僕が社会的少数者である理由だ。
性嫌悪者は無性愛者と混合されがちだが、違う。
まぁ、違うと言ったって、どうせ他の人の感じ方は変わらないからどうでもいい。
僕もゲイとホモは違うと言われても、別にどうでもいいと思う。実際にその立場に立たないと分からないのが人間と言うものだ。
ともかく僕は「性」に対する抵抗が異常である。
普段生活しているときに、女性と話すだけで吐き気を催したり、男同士のする「下ネタ」を聞くだけで意識が遠のいたり、しまいにはただのカップルを見るだけで全身に蕁麻疹が出来たり。
時々によって症状は様々だが、僕はその「性」に対する免疫力が無さすぎるのだ。
同級生の子に告白されて気絶したこともある。エロ本を見せられて過呼吸になったこともある。
もうこりごりだった。
別に僕はそういうものが嫌いな訳ではない。だが、体が拒否するのだ。
ただそういう話を聞けば、一人でそういうものを想像すれば、女性と少しでも近付けば、体がまるで別の意志があるかのように、「お前の好きにはさせない」とでも言っているかのように、邪魔をしてくる。
どうしようもないのである。
小、中学生の時は僕のそれを気味悪がって近付こうとする人なんていなかった。
親には僕が『性嫌悪』であることを一切伝えていないので「彼女は出来た?」とか気持ち悪いことばかり聞いてくる。
かといって、人付き合いが嫌いか? と言われるとそうでもない。
人と関わることは好きだし、性的な話や行動をしなければ普通に話せるのだ。
しかし、相手と話すなかで自然とそういう話になる場合だってある。そもそもがこの体質だと人と関わるのは無理な話なのだ。
僕だって気持ち悪いと思わなければ、恋愛だってしてみたいし、エロいことだってしたい。
普通にそういうことをしたいのだ。
◇
「
そう言ってスマホで開いた下らないエロ漫画を見せてきたのは、
なるべくエロ漫画に視線を合わせないように悠希の方を向く。
「おお! それいいな!」
そして、話題に合わせて大きな声で返事を返した。
悠希は「そうだろう、そうだろう」と嬉しそうに画面をスクロールしていく。
正直「さっさとしまえよ」と内心でおもっているが、言わない。
僕は今、高校一年生。まだ入学して一月もしていない頃だ。悠希とは高校に入ってから知り合った。馴れ初めなんてただ席が近くて連絡先を交換しただけである。
僕は高校では一切、性嫌悪のことを話してはいない。
理由は単純。
嫌われるのが分かっているからだ。
今まで、僕が味わってきた経験からのことである。
仲の良かった友達だって、可愛いなと思っていた子だって、みんな僕のことを知った途端に逃げた。目の前からいなくなった。
そんなのはもうこりごりなのである。
「うわっ、またやってるよあの男子達」
「ホント、マジキモい」
周りの女子からは非難の目で見られる。
こっちだって、そんな目で見られて嬉しい訳ではない。
嫌いなものを見せられ、その上変な目で見られる。それでも、誰からも相手にされないよりはましだった。
「うっせ!」
少し声を張り上げて女子達に牽制する。
この距離感での会話ならなんとかなる。あまり近づくと気分が悪くなることもあるので要注意だ。
しかし、女子と少しでも話したり、こうやって言い合ったり、友達と下らない話をしたりするというとは本当に良いものである。
高校に入るまでそんなことできるなんて思いもしなかった。ほんの少しの我慢で僕もこうやって普通に生活できるのが嬉しかった。
僕が通っている東条学院高等学校は北海道にある、地域の中ではそこそこ名の知れた高校だ。また、自称進学校でもあるこの高校は北海道内でも10本の指に数えられるような場所だった。
僕なんかがその進学校に入学できたのはこの『性嫌悪』のおかげでもあった。
中学の頃、周りに距離を取られていた僕はとにかく毎日が退屈だった。
ゲームをやろうがテレビを見ようがそれを一緒に語り合う相手もいない。今の時代ネットの友達なんて当たり前だが、僕は相手が誰かもわからず、ましてや相手は異性かもしれないなんて考えるだけで気持ち悪くて、ネット上での友達なんて出来なかった。
そのおかげか家でやることと言えば、勉強。うちの中学校は過疎が進んでいて人数が少ないと言うのもあったが、テストを受ければ学年で一位。
特に学校生活で問題も起こさず、真面目に授業を受けていたこともあってか、北海道の内申ランクというやつでAからMまでの評価のうち、Aランクをもらった。
テストの点数とランクでかなり特をした感じではあるが、学校推薦というかたちで、面接を受けただけでこの自称進学校に合格したのである。
『性嫌悪』がなければ今僕はこうしていないとは思うが、かといってそのおかげで全てうまくいっているとは思いたくない。
だから僕は一つの決意を持って高校に入ってきたのである。
『彼女を作る』
どこかの童貞さんとかが掲げていそうなアホな目標。もちろん僕も童貞だ。
しかし、この目標はそういった意味では決してない。
『性嫌悪』の克服を第一においているわけである。多分実現不可能だとは内心でも思っている。でも、やってみたい。そのための我慢である。
「おい、綺人。女子なんかほっとこうぜ」
と、悠希が言ってくる。
「お、おう」
と言いながら軽く時計を見ると、もう授業が始まりそうな時間だった。
「あ、ヤバっ。ごめん悠希、席戻るわ」
「ん?あぁ、ホントだ。んじゃ、また後でな」
「うぃ」
また後で。もう一度あんな漫画を見るなんてごめんである。でも我慢だ。
少しため息が出た。
◇
放課後。
いつもなら、悠希に誘われて一緒に帰るところだが、今日はたまたま担任に呼ばれて一緒に帰ることはできなかった。
少し残念なところもあるが、下ネタ系の話に付き合わなくていいと思うと気が楽である。
「先生何の用事ですか?」
職員室の担任の机の前に来て、悠々と珈琲を飲む男の先生に向かって質問する。
「ん? あぁ、上臼井か」
自分で呼んどいてその反応はないだろと思いつつ、黙って先生の指示を待つ。
「お前、校舎裏にベンチあるの知ってるか?」
「ベンチ?」
聞いたことない。
そりゃあ、入学したばかりだからそんな場所を知らないのは仕方ないかもしれないと思うが、そうとも言えない。
そんな隠れたところがあれば、悠希が見つけ出して「ここは俺らの秘密基地だ」と今どき小学生でも言わないようなことを言うにきまっているからだ。悠希は一応、進学校に通っているから頭はいいはずだか、なんせ考えが幼稚なのである。
「えーと、そのベンチがどうしたんですか?」
「そこのベンチの手入れをしてもらいたいんだ。あそこ雑草とかひどくてな」
「は、はぁ。なんで僕に?」
「ん? だって、お前庭の手入れが趣味なんだろ?」
多分僕が受験の時に面接で「趣味は何か」と聞かれた時に「庭の手入れ」と答えたことを言っているのだろう。確か、この先生は僕の面接官だったから覚えているのだ。
もちろん、僕がそう言ったのは嘘なので、そんなことを言われてもどうしようもないのだが、面接で言ったことなので「実は嘘だった」なんて言えない。
僕は仕方なく、頷いた。
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