練り粉とパン粉

 開店前の食べ放題の串揚げ屋の店内で、彼はコップくらいの大きさの白い陶器の器に、水で溶いた乳白色の練り粉を注いでいく。一つ注いでは丸い盆の上に載せ、また一つ注いでは等間隔に置いて、盆の表面にフジツボのように着生させていく。粘質の練り粉を垂らさないように気をつけながら注ぎ、器の中で白化した沼の水面には、人を取り込んで凝固させる能力を隠しているようで、たやすく揺れずにいる性質は沈思しているようにも見受けられる。今は静かにしているこれらも、客の前に置かれると、ティッシュペーパーのごとく乱雑に扱われて、海老、豚、烏賊、葱、椎茸、蓮根、餅、鶉の卵等、様様な食材を突っ込まれることになり、テーブルに飛び散らされた練り粉は接着剤が垂れたような水滴を残し、器の縁には白い陶器が時間を逆行したようで、乾きをやめて溶け出したように薄い膜が幾層にもへばりついていく。蕎麦猪口はつゆを減らしていくだけの佇まいだが、こちらは量を減らしていくだけではなく、食べ放題の終了間際になると、すくい取られてテーブル端に退けられた器は、少ない練り粉を底に固まらせて、まるで溶岩によって固定された古の遺物のように態度を硬化させていて、忘れ去られていることを懸命に表している。それは随分ましだ。ある物は油に入れて揚げたはいいが、食べきれずに余った串の先を貯め込む食料廃棄容器へと成り変わり、多くがニスをやたらめったら塗りたくった焦げた茶色の衣に覆われたザラメの残骸をぶち込まれ、それだけでは色が足りないと気を利かせる人も多いので、サラダの緑を飾り、デザートの赤や橙で鮮やかにして、スペインの槍のような油に焼けた串をあちらこちらから突き刺して食後の満足をこのうえなく表現されるのに使われる。


 彼は掘られた台に嵌められた寸胴にレードルを入れて練り粉をすくう時に、隣の窪みに嵌められたパン粉の詰まった寸胴をちらりと見た。練り粉を一通り器に入れた次は、口の広い器にパン粉を入れる作業へと移る。練り粉に纏わりつかれた食材はパン粉に取り巻かれて油へと向かう準備は出来上がる。パン粉という名前で呼ばれている乾燥しきった食材は、天かすのように天婦羅を揚げる際に副次的に生まれてくる名と体が一致した食材ではなく、原初の意味を失って別の意味に使われる単語のように呼び名自体の性質をすでに失っていた。パンを細かくしたような形跡はとてもなく、衣をつける目的として生みだされた小麦由来の食材か、もしくはマーガリンのような擬似的な食材かもしれない。練り粉の性質と異なるパン粉は、しゃがれきった老婆の声のように水気がなく、寒天のような食物繊維の何かしらの素材で成り立ち、胡瓜ほどにも栄養があるとは思えない科学的な加工食品に思えた。パン粉はテーブルの上に運ばれて客の前に出されると、すぐにペットのトイレに散らかされて、どれよりも早くテーブルを汚し始める。乾ききっているからしつこく汚れをつけることはなくても、飲み物の水滴や、何かしらの油分や水分を含んで、溶けた蛞蝓にふやけてだらしなく散乱することになる。器の中のパン粉はまさに犬や猫に汚水をかけられたように、練り粉の残しに取り憑いて、まさしくペットのトイレと同じように小さな塊を浮かび上がらせて、串の先端にへばりつく気力を失くしている。効力を失ったパン粉の器は練り粉の器同様の扱いを受け、鉄板の上で炭化していくカルビ肉同様の過程を踏んで黒くなった串揚げを切り花に仕立てる羽目になり、白や焦げ茶、梅色のソースを放り込まれて、泥の混じった瘡蓋にもなる。


 彼は客の散らかしたテーブルを頭に思い描きながら、練り粉とパン粉の仕込みを終えた。丸い盆の全体に材料を入れた器を少しの隙間と置き、その上に盆を重ね、同様に器を載せていく。通常は二段ごとに仕込んで保管するのだが、彼は何の考えなしに、試しに三段の盆を重ねることにした。目論見通り三段に重ねた彼は、それを運ぼうと手にかけて少し持ち上げると、すぐに安定を失って上段の練り粉の器は崩れて、あたりにぶちまけられ、ついでパン粉の器を重ねた盆にも振動が伝わり、似たような崩れ方をした。斜めに傾いた盆に乳白色の液体がべっとり広がり、からっからのパン粉は盆全体を覆った。

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